道路構造物ジャーナルNET

新たに発刊した「道路橋防食便覧」のポイント

④金属被覆による防食・金属溶射

公益財団法人 東京都道路整備保全公社
一般財団法人 首都高速道路技術センター

髙木 千太郎 氏

公開日:2015.01.01

はじめに

 今回は、鋼道路橋の防食法として新たに取りまとめた『鋼道路橋防食便覧』の解説として最後となる「金属溶射編」である。先に紹介した溶融亜鉛めっきと今回解説する金属溶射は、塗装などの防食法と異なって道路橋を対象としては広く採用されている防食法ではない。しかし、他の鋼構造物や施設における防食法として種々な材料に採用され、実績があることから鋼道路橋の防食法として解説した。
 金属溶射とは、鋼材の表面を被覆する亜鉛、アルミニウム、亜鉛・アルミニウム合金、アルミニウム・マグネシウム合金などのコーティング材料を、加熱によって溶融させ、微粒子状にして加速し対象鋼部材の表面に衝突させ、偏平に潰れた粒子を凝固・堆積させることよって防食皮膜を形成する技術である。金属溶射法の構成と成膜機構のイメージを図-1に、金属溶射被膜の断面を写真-1に示す。


図-1 金属溶射法の構成と成膜機構のイメージ

写真-1 金属溶射被膜の断面

 橋梁に使用される金属溶射は、施工方法として熱源をガスとするガス溶線式フレーム溶射ガン、熱源を電源とするアーク溶射やプラズマ溶射が一般的である。金属溶射の被膜は、耐食性に優れ、成膜効率が高く、厚盛が可能で溶融金属めっきのような熱影響が少ないことから塗装に代わる防食法として期待されて開発された防食法である。金属溶射技術は、1909年(明治42年)にスイスで開発され、その後ドイツ、フランス及びイギリスで工業化され、1919年(大正8年)に我が国に導入された。日本では当初、鋼製の水槽、タンク類への防食対策として金属溶射が用いられたが、自動車、戦車等のマフラーパイプへ防食ではなく耐熱用皮膜として戦前は用いられていたが、戦後になると種々な材料に防食用途として用いられるようになっていった。橋梁の採用事例は、1963年(昭和38年)に皇居にある二重橋に採用されたほか、1972年(昭和47年)に、関門海峡を渡河する長大吊橋である写真-2に示す関門橋において、補剛桁の防食下地処理として亜鉛金属溶射が採用された。近年の金属溶射採用の橋としては、1990年(平成2年)に天保山大橋(鹿児島県)、1998年(平成10年)に、写真-3に示す海の中道大橋(福岡県)等があるが、いずれの橋も金属溶射皮膜の上からポリウレタン樹脂塗料などの塗装仕上げが行われている。橋梁の全面に採用した事例としては、2012年(平成24年)の福岡高速5号線(福岡県等)が亜鉛・アルミニウム合金及び擬合金による金属溶射が採用されている。


         写真-2 関門橋                    写真-3 海の中道大橋

 それでは、「鋼道路橋防食便覧」で示した金属溶射による防食法について解説することとする。

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