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-分かっていますか?何が問題なのか-
第65回 景観を重視した歩道橋が大変形、なぜ?‐鳥の糞尿が鋼製橋梁の崩落原因となるのか?‐

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2023.03.01

想像を超える大変形に至った原因

 今回連載を読み進めている読者が大変形する歩道橋の注視すべき動きを理解できるように、私は図-11に上部構造と下部構造との接点、支承のストッパーが破壊し飛び散る状況を、動画から3枚抜きだし推移写真として示した。


図-11 支承の破壊形態(上沓と下沓を固定するストッパーが破壊し、分離した)

 黄色の破線で囲ったのが、大変形事故のエネルギーの凄さが実感できる、飛び散る支承ストッパーである。私が道林歩道橋事故の動画を見て力学的に分析した結論は、非常に大きなアップリフトと径間中央方向への水平力が作用したと考える。
 図-12は、上部構造と下部構造が分離し、変形が止まった安定した状態の支承部分を示す。図-13は、崩落が止まった翌日、明らかとなった上部構造と下部工の状況及び橋面上に飛んで残った支承ストッパーである。


図-12 崩落が止まった最終段階(支承部分)/図-13 崩落が止まった道林歩道橋と破壊したストッパー

 図-14は、鋼製台座が橋台から抜けかかった状態を示している。この写真から分かることは、内部鉄筋が全く腐食していないことや、コンクリート破壊面の真新しさから、今回起こった上部工の異常な動きで前方斜め上方向移動していることが明らかである。


図-14 破壊した鉄筋コンクリート橋台と抜け出かかった台座

 ここまで大変形後の上部工、下部工の現象を私の知見をもとに説明したが、上部構造と下部構造の分離が先か、橋台台座の破壊が先かが原因を明らかにするためには重要である。これについて私は、専門技術者の間では議論が分かれるであろうと考える。
 道林歩道橋の場合、アーチとしての特性が機能していたとすれば、アーチとしての軸力が橋台を後方に押していることから、図-15に示すように台座のアンカー部が斜め前方(径間中央方向)に引き抜かれるように動くことは考えにくい。


図-15 径間中央(河川側)に向かって抜け出ようとする鋼製柱

 しかし、道林歩道橋のように、ライズが小さくアーチリブの軸力が台座を後方へ押す力が小さく、冬季の温度低下によってアーチリブ長が短くなったと仮定すると、アーチ構造の持つ本来の軸力よりも桁橋としての曲げ機能が強くなったとも考えられる。この仮定が成り立つとすれば、桁構造としての曲げ挙動が強くなればなるほど支承部に水平力が大きく作用することになり、支承のストッパーが破壊に至ったとも考えられる。
 私が今回の大変形について種々な面から考えていく過程で、事故現象を見ているうちに大きな疑問が湧いた。それは、架設当初上方向のアーチ形状が、事故後吊り床版橋のような下方向のアーチ形状に変わったことである。今回の事故前後の外形を見れば見るほど、一般的な考えでは理解しがたい変形状態である。
 上方向にアーチ形状の構造物が下方向にアーチ形状となるためには、部材長(曲線長は直線長よりも長い)が瞬時に入れ替わることが必要となる。この現象が起こるのは道林歩道橋に、Snap-Through Buckling(スナップスルー座屈・飛び移り座屈)が発生した可能性がある。
 私自身、座屈に関する知識や知見も少なく、座屈現象の専門技術者でもないことから、今回Snap-Through Bucklingが発生したと明言はできない。しかし、大変形現象について説明している私に対し、私が特定するSnap-Through Bucklingについて読者から、疑問を投げかけられる声や、基本原理について何らかの説明が必要との声が感じられる。そこで、私が今回大変形となった現象としてSnap-Through Bucklingについてコメントするが、座屈の専門家ではない私の分析であることを差し引いて読んでもらいたい。
 座屈の一種であり、そしてオイラー座屈の一種であるSnap-Through Bucklingとは、荷重を受けた弾性体が、ある平衡状態から別の平衡状態に移行する不安定性の一形態を指し、今回のような上方向に凸状アーチの部材が力を受けると瞬間的に反対方向に曲がる現象である。より簡易に説明すると、円筒形状の構造体(物体)を他の方向に押すと、曲げ方向が突然反転する現象がSnap-Through Bucklingであり、この表現のほうが一般的に分かりやすいかもしれない。
 先にも示したが、アーチ構造が曲げ挙動に近づけば近づくほど上部弦材の支承部に水平力が大きく作用し、橋台の台座が先に破壊することによる動的挙動を原因として、瞬間的に自重より大きな荷重が作用する可能性がある。
 私としては、アーチ形状の鋼管上部工が弾塑性変形したと仮定し、最終強度後の耐力が低下する過程でSnap-Through Bucklingが発生したと考える。この現象は、塑性変形が板の局部に集中し,他の部分では弾性的な除荷が発生するためである。

 ここまで私の拙い技術力と最大限の想像力を駆使して、想像を超える大変形に至る原因を考えてみた。今回の道林歩道橋の大変形について、いずれ正しい原因と挙動を当該分野の専門技術者が分かりやすく根拠を示して解説すると思うので、私としてはそれを期待したい。それが何時になるかは分からないが、今回説明している私にとって、私の推測がどの程度的を射ているのか楽しみでもある。
 今回の大変形事故を見て思うのは、確かに景観を重視することは必要であり、他にない美しい外観の構造物を造りたい気持ちは十分に分かる。しかし、構造物には、基本的に守らなければならない事項が多々あり、設計者としてそれを疎かにしてはならない。今回大変形した道林歩道橋の設計者においては、景観を考えるあまり、必要事項を守ることが二の次になったのではないだろうか?
 現地を私は見てはいないが、先の図-8の架設空間を考えると、アーチに固執したとしても適正なライズ比によって架橋計画が可能と判断する。また、今回の事故を考えるに、鋼構造の研究・解析分野において残された課題はないとの発言をよく聞くが、私は座屈について研究する課題が残っていると考えるし、気が付いていない研究エリアがありそうな気がしてならない。

供用開始当初から中央部の沈下が大きく進展
 施設管理者、点検・診断業者の対応は?

 次に私が説明する先に関連する話は、私にとって、そして私の連載を読まれている読者にとっても、先に説明した事故分析と比較してより興深く、関心度の高い情報が道林歩道橋にはあった。それは架設当初から大きな問題?を抱えていたと想定できる事実である。
 道林歩道橋は、総事業費28億ウォン(日本円に換算すると2億9.5千万円)を投じて2016年5月末に供用開始(図-16参照)している。道林歩道橋は、支保工を設置して架設しているが、支保工を撤去した2016年4月12日から19日にかけて、径間中央の状態(図-16の黄色の矢印部分参照)を計測している。


図-16 道林歩道橋供用開始時の状況

 計測した結果は何と、矢印に示す径間中央部が設計よりも373mm沈下(桁下方向に沈下)していた。橋長と沈下した数値から言えることは、架設当初の凸形状アーチから、仮支点を除いただけで桁形状に近づいたことを示している。
 この変形を受け管理者である永登浦区庁は同年8月に安全性評価を行い、同時に再計測もしている。再計測で明らかとなったことは、支間中央の沈下値が476mmとなり、驚くことに4カ月で103mmも沈下が進行したことである。
 この時点で第一の問題は、初期点検を請け負ったコンサルタントが、「道林歩道橋は、構造的安全性には問題がないと判断される」と評価している点にある。アーチ構造を理解している技術者であれば、架設時に橋体を支えていた支保工を外した後、変形量がここまで進展すると異常事態と判断するはずである。
 作用している荷重は、確かに歩行者荷重もあるが、死荷重プラス温度変化が主である。その翌年の2017年1月17日には、橋台の支柱にある楔が破壊したことから、管理者は急遽破損した部品を交換するなど対策を講じている。しかし、その後も上部工中央の沈下現象は止まらず、橋面上の木製床版に多くのひずみが発生している。
 管理者が行った補修工事としては、2020年に1件、2021年に1件、2022年4件である。私が管理者であれば、歩道橋の通行を規制し、主構造にひずみゲージ等を使って応力計測を行い、耐荷力の算出と安全性・耐久性の診断を定量的に行うと思う。

 ここで、第二の問題として、専門技術者の大きな誤りと思える行動記録がある。昨年末12月に行なった安全点検による『道林歩道橋定期安全点検結果報告書』を見ると、「鋼製支柱を確認した結果、冬季の温度低下による収縮によって多少過度に移動したことが分かったが、移動を原因とする変状はなかった。しかし、道林歩道橋は、収縮余裕量が不足しており移動等による影響が懸念される」という記述がある。固定アーチの最も重要な橋台部分の変状について、あまりにも軽率な判断である。
 構造を理解している的確な専門技術者が上部工の変形と下部工の動きを見れば、道林歩道橋に何が起こっているのか分かるはずである。しかし、この報告書を取り纏めた点検業者の技術者は、最終的に道林歩道橋の健全性について「A等級(異常なし)」と評価している。供用開始当初から中央部の沈下が大きく進展している事実があり、路面上にまで変状が確認され、橋台にも変形を確認しているにも関わらず、点検業者の評価は「異常なし:A等級」である。
 社会基盤施設のメンテナンスにおいて最も重要な点検・診断において、誤った診断を行い利用できない事態に陥ることは、医師が患者を誤って診断し、その患者が救急搬送されEICU(救急集中治療室;Emergency Intensive Care Unit)行きとなると同等で、医師であれば誤診で訴えられる最悪の事態と言える。

 第三の問題として、最も大きな過失と考えられる管理者判断がある。それは、道林歩道橋を日々利用している住民や利用者は道林歩道橋が異常な状態となっていることを察知していたようで、昨年12月31日に「歩道橋の外形が変形しており、安全性に問題があるのではないのか」との住民通報が韓国警察緊急通報センター(112番)にあったとの記録が残っている。
 住民から提供された異常事態情報は、1月2日午後4時頃、警察緊急通報センターから管理者の永登浦区庁に情報提供されたが、管理者は対策を講じていない。住民から緊急通報された12月31日、通報者が撮った道林歩道橋の変形状態を図-17に示す。


図-17 ほぼ直線形状となった道林歩道橋

 図でも明らかに分かるように、道林歩道橋の外形は、架設当初の上側に凸形状のアーチではなく、ほぼ直線形状の梁へと大きく変化している。施設管理者は、日々の点検、定期的に行う点検、そして住民の通報などによって行う臨時点検を行い、管理している施設の状態を日々把握しているはずである。今回大変形した道林歩道橋の状態を一番よく理解し、健康を保つための措置を行うのは、誰なのであろうか?
 国内外に起こっている大惨事の多くは、事故発生の前に必ずと言っていいほど、それを示す異音やたわみ発生の前兆がある。これは、人の命を守る社会基盤施設が発する声にならない叫びなのだ。その声を聴くことができるのは、施設を見守る管理者であり、それができなければ管理者としての責務を果たしているとは到底言えない。
 この問題を重視した行政安全部(韓国中央行政機関)は、地方自治体が管理する類似施設物に対する全面点検を行う方針を示している。同様に、当事者であるソウル市は、永登浦区庁に対する安全監査を進めており、市内の全歩道橋に対する安全点検に乗り出しているそうである。

 ここで道林歩道橋の事故について整理すると、架設当初から道林歩道橋には異常と思われる事象がいくつかあり、施設管理者、点検・診断を請け負った業者(技術者)双方に問題がある。道林歩道橋の管理者は、点検によって得られた情報、特に注視すべき変状(主構造の沈下、支柱部材の破損、木製床版の変形など)に対して、原因を明らかにすることなく適切な対策を講じなかったことにある。また、住民等からの貴重な情報提供(通報)に対し、管理者としての対応が適切ではなかったことが、問題事項として最も大きい。
 技術的な面で見ると、点検を請け負った業者の技術者は、顕著に進行している変状に対して誤った診断・評価を行ったことにあり、行政技術者は誤った報告書に疑問を抱き、現地の状態を十分に把握しなかったことにある。
 今回の事故で私が大きな問題とするのは、歩道橋が崩落一歩手前の状態となったことではなく、どう考えても異常な状態といえる歩道橋の安全点検において、専門技術者が誤った評価を行ったことと、専門業者の報告書を疑問も抱かず受け取り、住民の通報を無視した行政技術者の姿勢にある。
 私が聞いている、韓国政府が構築した社会基盤施設に関する「施設の安全性と維持管理に関する特別法」2018年についても、施設安全管理の一元化と性能重視維持管理システムの導入を目的として進め、韓国全土に浸透していると聞いていたが、今回の事故を受け私は、これらが机上の空論で実効性に欠けているシステムとなっているのではないか、と疑問を抱かざるを得ない。
 隣国・韓国で起こった大変形事故を受け、国内に目を向けると、私は同じような事故、崩落に至る大事故が起こるのでは、と不安にかられる。その理由は、我が国も韓国と同様な体質と疑うような事象が山ほどあるからである。
 道林歩道橋の事故報道は、国内において注目度は低かったようではあるが、国や地方自冶体、高速道路会社、鉄道事業者などの行政技術者、民間企業の専門技術者は、今回の事故を『他山の石』とは思わずに、『明日は我が身』と考え、これを教訓として行動すべきである。
 今回、第一の話題提供の最後に道林歩道橋の現状を図-18に示すが、桁の沈下を止め崩落を防止する目的で仮設の支保工を設置し、恒久対策を講じるか、架け替えるかを検討しているようである。


図-18 仮設支保工で崩落防止措置を行った道林歩道橋

 図-18の状況を見て私の読者の多くは、高知県で崩落しかかり、急遽支保工で支えた図-19に示す犬吠橋の事故を思い出されたと思う。


図-19 仮設支保工で崩落防止措置を行った犬吠橋

 今回話題提供している道林歩道橋と以前話題提供した犬吠橋とは、建設年次、構造、事故原因には大きな差異があるが、点検・診断を請け負った企業の誤った健全度診断、住民からの通報に関する施設管理者の対応は共通点が多くある。
 さて、今回の歩道橋事故の説明を読まれた方々は、私が何を思い、何を言わんとしているのか理解したのであろうか? 今回話題提供している私の話を単なる物語と聞かずに、是非、今回の事故原因、管理者対応から得る警鐘を脳裏に止め、日々の業務に活かしてほしい。
 ここで、話題を大きく変えて、公表資料が少ないが誰もが知りたいと思っている話題を提供しよう。和歌山市が管理する紀の川に架かる『六十谷水管橋』が崩落した原因の一つとして挙げられている『鳥の糞害』についてである。

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