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-分かっていますか?何が問題なのか- ㉝技術者育成と魅力ある業界に

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2018.01.01

2.メンテナンス時代に機能する人材の育成

 人材育成の対象となる技術者については、「必要なスキルの有無」を業務遂行能力の判断基準の一つとして明確にする必要がある。その理由として、個々のスキルについて個別に判断基準を設けるアプローチもあるが、公平な考え方をするならば共通の判断基準を設定することが必要である。そこで、該当する技術者のスキルレベルを要素技術、プロセス技術、マネジメント技術に分類して能力の有無を考えることとした。

(1)要素技術(スキルカテゴリー)とは?
 要素技術とは、スキルカテゴリーとも呼び、維持管理業務を適切に行うために必要なスキルとは何かを示している。これまでと同様に、表-6(スキルカテゴリー)を見てほしい。

 スキル項目を、第1階層から第3階層まで区分し、対象スキルが明確となった第3階層に詳細な知識項目を加え、該当する知識が何であるかが理解しやすい形としている。具体的に第1階層、鋼道路橋のメンテナンス(維持管理)を事例に考えてみよう。鋼道路橋のメンテナンスに必要なスキル(技術)は、第一段階(第2階層)では、変状(損傷、劣化)の知識、点検技術、診断技術、調査技術、維持技術、補修技術、補強技術となる。今回は表の制限から維持技術については省略している。第二段階(第3階層)では、調査技術であれば、表面の変状調査か、内部の変状調査か、あるいは特定の変状、疲労亀裂、防食機能の低下、腐食、高力ボルトの変状、変形かなどに細分化する。ここまで細分化してくると、調査方法として使える技術も明確となる。
 表面の変状を調査する方法としては、目視、大きな傷を調べる浸透探傷試験、表面亀裂の位置と起終点を調べる磁粉探傷試験や過流探傷試験、減厚した鋼材の厚みを調べる板厚測定(これには、ノギス、マイクロメーター、超音波、型とりなど)、腐食の進展を早める塩分等を調べる付着塩分量測定がある。表‐6で示したメンテナンスを大ぐくりした第1階層から、第2階層、第3階層と進むにつれて対象業務の遂行に必要なスキル、最終的に何を学ぶと第1階層に繋がるかが理解可能となり、知識項目として何があるのかが明らかとなる。今回は、鋼道路橋のメンテナンスを事例として示したが、コンクリート道路橋、トンネル、斜面、港湾施設、河川施設などなど第1階層に区分、それを第2階層、第3階層、知識項目と掘り下げることによって対象となるメンテナンス(維持管理)が分かり易くなる。以上が、要素技術の説明である。

(2)プロセス技術とは?
 次にプロセス技術とは、対象となる実務を適切に行うためには何が必要で、何をすれば良いかなどの過程を設計、改善する技術を指している。
 点検を事例として説明する。発生している変状(損傷、劣化)、例えば、鋼材の腐食が点検対象となれば腐食促進因子、塩化物イオンや水分などに着目する。対象の構造物が置かれている環境が凍結防止剤を大量に散布する地域としよう。このような環境下であれば、腐食現象を促進させる凍結防止剤に着目して点検するのが常道である。知識があれば、伸縮装置のある桁端部や排水装置周辺もしくは外桁の下フランジ上面などが、他と比較して凍結防止剤を含む水分や塵埃が堆積しやすく、腐食発生の可能性が極めて高いと判断できる。すると、数多くの部材や部位の何処に腐食が発生する可能性が高いとイメージでき、そのイメージを主体として点検作業を無駄なく行うことになる。見逃しや見落としのない点検作業は、技術者としての技術力や経験に裏付けられる理由はここにある。
 構造物を構成する全ての部材や部位を100%見たとしても、腐食要因や腐食の進行状態を知らなければ点検が十分とはならない可能性が高い。分かり易い劣化と言える腐食でさえ塗膜下の腐食状態は分かりにくい。これが、疲労亀裂であればどうであろう。私が常に口にする、点検とは見るのではなく、診る(看る)のだの真意がここにある。望ましい点検作業とは、技術や知識を主体として、対象構造物の変状を確認し、損傷や劣化状況に応じた適切な点検方法を選択し、的確な点検を行うことができるスキルを有する状態を指している。この場合、担当する技術者が「正確性」「効率性」等の基本的要件だけでなく、現地における種々な環境において「状況判断」等の応用力も含めて実施できる能力を有することが必要である。以上が、プロセス技術の説明である。

(3)マネジメント技術
 最後にマネジメント技術について説明する。これは対象施設の維持管理業務に関して投じる費用や必要な技術者、組織等を想像し、提案、実施できるスキルを指している。具体的には、施設管理者として重要な管理レベルの設定を事例とする。管理者には、国、地方自治体、第3セクター、道路会社、鉄道会社、民間企業などがある。ここにあげた管理組織は、施設利用者から使用料を徴収する場合、住民からの税で賄う場合、寄付行為等で成り立つ場合など種々ある。いずれの場合も、管理者責任を問われることのないように、管理瑕疵とならないように、が第一目標である。しかし、利用者や住民の目線でのサービスレベル確保を考えると、想定以上多大な投資が必要となる。例えば、図-1(道路施設の投資費用と健全度の関係)を見てほしい。施設管理者としては、利用者の費用と管理者の施設に投じる費用をバランスよく考えて最適ポイントを探し当て、管理運営することが重要なのだ。これには、論理的な手法である費用便益分析法などを使って判断する場合もある。ここに示したように、施設管理・運営、住民への説明責任、組織論、他の組織や関連組織の調整、報道等への適切な対応など工学的なスキルのみではない、マネジメントに関する技術がマネジメント技術である。ここに示した3つに分類したそれぞれを判断基準として、対象人材のスキルレベルを評価・判断して職務評価(人材評価)し、足らない部分や必要な部分を補う技術者育成を行うことになる。次に技術者育成に必要な人材育成ツールについて説明する。

(4)人材育成ツール
 職域上の責任ある立場の上司は、キャリアレベルで定義された「キャリア分布特性」や「キャリアフレームワーク」を参照して、指導対象の部下が位置するキャリアを確認し、キャリアレベルで区分けしている内容でチェックし、業務の貢献範囲や達成度などを基に現在のキャリアが妥当であるかの確認を行う。それとともに、各キャリアレベルで求められているスキルレベルに達しているかも併せて評価を行うことになる。当然、人事評価制度にもこの考え方を活用することが可能である。部下は、先に示した表-5を用いてスキル診断を自ら行い、現状のスキルレベルがどの位置にあるのかを上司に自己申告する。上司は、部下が望むキャリアレベルと、部下の現状のキャリアレベル及びスキルレベルを比較し、組織として必要な遂行能力や技術力に関して不足の内容や程度等をチェックし、必要があれば、この後説明する「人材育成ロードマップ」を活用して、現状のキャリアレベル、上位のキャリアレベルに到達する研修項目と必要となるレベルを指示、継続的・段階的に研修ロードマップ等に従って研修コースを受講させスキルアップを行う流れである。

(5)人材育成ロードマップとは?
 いよいよ技術者育成の最終段階となった。
 表‐7(スキルカテゴリーと人材育成ロードマップ)を見てほしい。

 先に示した要素技術、プロセス技術、マネジメント技術に対応するように研修コースを設定する、これが研修ロードマップで策定したロードマップを基に技術者育成を行うことになる。先のスキルカテゴリーの事例であげた「鋼道路橋のメンテナンス」で説明すると、研修コースは、鋼道路橋の変状メカニズム、点検・診断・修繕方法に関するケーススタディを学び、課題討議も交えて施設の望ましいメンテナンスに関連する最新の知識や技術を修得するとなる。研修コースに対比する人材育成のレベルは基礎理論レベル、応用理論レベルそして高度理論レベルの3段階に区分した。レベル1の基礎理論は、技術者としてあらゆる場面で役立つ基本的な技術修得として、鋼構造物・コンクリート構造物の基本を学ぶ段階である。レベル2の応用理論は、実務段階に入り、維持管理概論、構造物概論、鋼構造物の点検概論と既存構造物に接していなければ十分に理解できないレベルである。レベル3の高度理論は、実践部門の研修課程といえ、化学調査や計測モニタリング、使用鋼材に関する知識、診断のための測定や材料及び構造実験、対策方法の種類、特徴、効果などを修得する最終段階である。ここでは、読者が理解しやすいように鋼道路橋のメンテナンスを事例として選択し、説明したが、その他のスキルカテゴリーの人材育成レベル及び教育項目も是非見て、参考にして役立ててもらいたい。優れた技術者であるか否かの評価は、技術者のキャリアレベルとスキルレベルの両面から行い、2つのレベル4評価となる優れた専門技術者育成が必要である。育成されたレベル4の技術者は、ますます厳しくなる社会基盤施設を取り巻く環境において、種々な場面で機能し、リスク回避させ、住民から信頼される真の技術者との評価となるはずであり、ならなければいけない。
 いずれにしても、人材育成は容易なことではなく、今回、私はメカニカルな人材育成の考え方と手法を示したが、肝は必要となる要素技術を学ぶ技術者が意欲と職務を遂行する高いレベルのモラールを持つことが必要なのだ。今回示した人材育成の考え方は、その体系構造や種々のルールに基づく定義を策定したために、融通が利かないというイメージを持たれる可能性がある。また種々の資料から導かれた「標準:スタンダード」的で、かつ今回示した方法が使い勝手が悪いという印象を持たれる可能性もある。
 前回と今回を読まれた方々は、自らが関係している組織において私の私論を対比し、その有用性についての検証を行うことで、人材育成モデルケースとなる事例を構築することが可能になると思われるかもしれない。しかし、社会基盤施設の高齢化、厳しい財源等を考えると、適切に対応ができる柔軟な頭脳と幅広い知識を持った技術者が必要となる。そのためには、今回示した技術者に求められている役割と必要な人材の育成方法を参考に、例えば、「インフラスキルスタンダード:技術標準」を構築され、必要な人材育成や人事評価制度等に対応することが必要である。ここで示した「インフラスキルスタンダード」とは、組織の壁を超えて同じ土俵で必要なスキルを把握し、必要な人材の育成をする際の前提となる、人材に関する「共通の定規」という位置づけと考えてほしい。

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