道路構造物ジャーナルNET

2017年新年インタビュー①

NEXCO西日本 熊本地震からの復旧、大規模更新事業の進捗を聞く

西日本高速道路株式会社
取締役常務執行役員(保全担当)

高倉 照正  氏

公開日:2017.01.01

 2017年最初のインタビューは西日本高速道路の高倉照正取締役常務執行役員(保全担当)にご登場いただいた。震度7が28時間という短期に2回発生するという未曽有の地震であった熊本地震後の余震が燻る中、夜を徹した点検、その後GW開始までに一部規制を伴い間欠交通ながらも大半の路線で復旧を成し遂げ、来年度末までの本復旧を急ぐ同社及びグループ会社、協力会社などの英雄的な努力を第一章で聞く。また、第二章では、熊本地震を踏まえたロッキングピアなどを有する跨道橋の耐震対策、並柳橋等の教訓を考慮した長大特殊橋の耐震対策を聞く。第三章では、大規模更新・大規模修繕事業の進捗状況や、床版取替・高性能床版防水を中心とした技術的課題とその克服、事業の円滑な進捗のための大ロット発注(IC間発注)などについて聞いた。(井手迫瑞樹)

前震発生後30分以内に幹部の参集を完了
 翌15日に点検完了 15日夜には復旧方針を固めたが……

 ――まず熊本地震についてお聞きします。前震の発生から本震まではどのような状況だったのでしょうか
 高倉常務 14日の21時26分に前震が発生しました。大阪ではそれほどの揺れではありませんでしたが、私ども本社でも22時頃には本社に参集し、状況把握に努めました。


前震直後の本・支社および熊本・大分高速道路事務所の災害対策本部

 現地では一斉にエリアメールが鳴り響いた後、天井が落ちそうな大きな横揺れが数秒続いたということです。収まった後に各自、防災対策室に参集しました。当日の総括責任者(所長)、総括指揮者(副所長)、班長(課長)は21時50分に参集を完了しました。それまでの間は残業中で事務所に残っていた所員数名が、社員への参集連絡と通行止め情報収集に追われていました。前震直後には熊本県内の高速道路は全て通行止めとなりました。
 事務所防災体制(非常体制)の本部を21時50分に立ち上げて、22時をもって参集した所員を順番に高速道路を点検するための道路点検班(5班10人)、SA・PA点検班(3班6人)、施設点検班(2班4人)、および一般道側から高速道路を点検する下回り点検班(1班3人)として出動させて、同時にグループ会社のメンテナンス九州(土木)、エンジニアリング九州(施設)、ファシリティーズ(施設)の各作業班も出動準備を開始し、順次交通規制、巡回点検、緊急作業に従事しました。
 22時5分には管制室から「九州道下り線177.7KP路面陥没に貨物車が嵌った」との情報調査指令が入り、レッカー車などを緊急派遣して翌7時14分には車両3台の移動、誘導を完了しています。幸いに負傷者はいませんでした。


路面陥没に嵌った車両の除去

 前震翌日の15日0時過ぎに南関~えびの間の詳細点検、1時には木山川橋の緊急点検をエンジニアリング九州に依頼し、木山川橋の緊急点検は夜を徹して行われ、11時までに完了しました。南関~えびの間の詳細点検は15班62人の体制を組んで8時から行い、24時に完了しました。
 この間、本部では緊急点検結果を受けて、15日の3時15分に支社と災害協定を結んでいる日本建設業連合会に対して現地立ち会いを要請し、7時~11時まで同団体から2人、九州支社の福永(靖雄)保全・サービス事業部長他で現地調査、打ち合わせを実施しました。
 前震後、直ちに被害状況の把握と緊急点検を実施し、段差や隙間が生じたジョイント部分などについて、敷鉄板などによる緊急復旧を実施し、前震発生後概ね12時間以内には、緊急車両の通行を確保できる対策を完了していました。そして、一般車両の通行も一刻も早く確保できるように、現地では15日夜には福永部長と内野雅彦所長(現本社保全サービス事業部保全改築課長)の2人で「応急復旧・本復旧工程(案)」を作成し、支社および本社に送付しました。ここまで済んでいたのですが……。

予想外の「本震」が発生
 再び徹夜の点検 府領第一橋が落橋

 ――予想外の本震が発生してしまいました
 高倉 16日1時25分に14日の前震を遙かに上回る長い横揺れが襲いました。私も本社に詰めておりましたが、1分位後に大阪でも大きな長周期の揺れを感じたことを覚えています。東北大震災の時にもそうした経験があったので、とんでもないことが起きたのではないか、ということを直感しました。今回の地震の特徴は36時間の間に震度6弱以上の地震が7回もあったということです。7が2回、6強が2回、6弱が3回です。いずれも大きな地震が平均間隔でも6時間ごとにあったわけです。その中でも現場を点検して復旧方針を立てるということを繰り返しやっているわけです。
 現地では、発生後の1時50分から夜間にもかかわらず、2班4人の道路点検班、1班2人の施設点検班、4班8人の下回り点検班およびエンジニアリング九州からの点検班1班5人を緊急出動させました。1時半には、お客様通報で大分道由布岳PA付近の切土が崩壊している情報が入りました。この対応に大わらわになっていた状況の中、本震前から夜間点検中であった施設課長から府領第一橋(跨線橋)が落橋しているという報告が入りました。
 なお9時半には、グループ会社の富士技建が秋津川橋の現地に乗り込み、ベント・サンドル工事に着手、22時には災害協力会社の三井住友建設が東原橋(インター橋)の現地に乗り込み、ベント設置工事に着手しました。
 16日夜間にはゴールデンウイーク前に一般開放させる復旧工程を作成し、4月29日9時の植木IC~嘉島JCT間の通行止め解除を持って、暫定的であり20㌔規制ではありますが、通行止めを解除することができました。
 ――前震時、本震時と言い、よく深夜の初動点検を敢行しましたね
 高倉 説明したとおり高速道路を上下から詳細に見ました。ただ、本震時には前震で損傷していたことや余震も頻発していたことから、より慎重に点検しました。点検する方々の安全性も考慮しなくてはならず、闇雲に行け、というわけにはいきませんから。とは言いながらも高速道路は早期に復旧しなくてはいけない、色々苦労しながらやり抜いたという感を抱いています。

木山川橋 「前震で開いていた遊間は?」「開いていません!」
 「本当か?」……「閉じている、なぜこんなことが起きるんだ」 

 ――木山川橋、秋津川橋の損傷は程度が大きかったですが、両橋の損傷状況は
 高倉 前震を起こしたのは日奈久断層で、どちらかというと南北に近い方向でした。本震を起こしたのが布田川断層でこれは東西に近い方向です。2つの断層が続いて動いたということで、地震の影響による桁の動きはだいぶ異なっています。有り体に言うと地盤の動きが逆だったわけです。こういう地震の発生は本当に経験がありませんでした。それが幸いした面もあるし、悪影響を与えた面もありました。


熊本地震の震源断層モデル

 木山川橋は、前震時に一部でジョイントの遊間が開くなど相当の損傷が生じていました。本震が起きるまでの間にそうした個所に敷鉄板を設置したり、沈下した橋台背面などに土嚢を置いたりしていましたが、本震が起き、そうした設備は完全に飛び散っていました。
 前述のとおり、16日の1時30分過ぎに府領第一橋が落橋しているという報告がありましたが、元々木山川橋のほうが厳しいと思っていました。前震時に60㌢ぐらい開いていたジョイント部があって、それがどうなっているかということが心配でした。そのため、本震後の点検の際は、現地では特に点検員に車上から降りて直近まで歩いて点検してほしい、と伝えてありました。そして第一報が「開いているところはありません」。「本当か!?」というやり取りがありました。俄かには信じられず送られてきた写真を見ると、本当に閉じていました。「何でこんなことが起きるんだ?」とその当時は現地では全く理解できなかったようです。(前震で開いていた)ジョイント遊間が逆に閉じており、かつ(桁が)せり上がっている箇所もありました。つまり本震は閉じてなお勢い余って進むほどのエネルギーだったわけです。一方、違う箇所でジョイントが新たに開いたということもありました。これは想像しろといっても無理です。


木山川橋の位置と橋梁概要および損傷概要(左)/桁上面および側面から見た損傷状況(右)

地震の際のエネルギーを示す桁と支承。桁の模様は前震と本震のエネルギーが倍ほど違うことを示す

 主桁は大半が支承(ピン・ピンローラー)から脱落しており、本震でさらに損傷が拡大しました。また座屈している箇所は上下線とも124箇所ずつに上りました。


全ての支承に損傷が発生するなど木山川橋は大きな被害を蒙った

 秋津川橋は、前震で、A1橋台背面の盛土部が既に崩壊・沈下していましたが、橋梁本体の損傷は軽微でした。現場では秋津川橋の状況には安堵していたのですが、本震後には、主桁がA2橋台パラペットに衝突し、支承、パラペット、ウイング、遮音壁などが相当の損傷を被るなど壮絶な状況になっていました。



秋津川橋背面の盛土損傷状況と被災から仮復旧までの進捗写真

秋津川橋の位置(左)/震災後の同橋のA1の状況

秋津川橋の復旧状況

 ――両橋ともまだレベル2地震対応の耐震補強ではなかったようですね
 高倉 橋脚の巻き立てなど下部工の耐震補強や桁連結装置の設置などは行っており、その効果により、落橋という最悪のケースを免れたと考えています。但し、被害が大きく復旧に時間がかかる状況を招いていますので、現在の道路橋示方書に示される耐震性能2を確保する必要があると考えていますし、本復旧はそうした対応を行います。

偶然居合わせた福永部長が陣頭指揮

 ――GWまでに良く仮復旧できましたね
 高倉 前震発生時から支社の幹部が丸三日間、熊本高速道路事務所内の防災対策室で過ごし、被災状況・復旧方針・業者選定・応援体制などに関する共通認識と情報共有を図ることができ、その後の速やかな応援復旧体制が構築できたと考えています。
 ――支社の福永靖雄保全サービス事業部長も居合わせたそうですね
 高倉 前震発生時の14日は、偶然にも熊本高速道路事務所に出張中で、八代市内に宿泊していました。地震発生時から17日まで責任者が現場で陣頭指揮をとれたのは、迅速な意思決定を取れることもあり、大きかったと思います。

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