道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか-
第68回 百折不撓で取り組むウルトラファインバブル -想定外の結果に心が折れそうになるが、チャレンジは続く-

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2023.12.01

1.はじめに

 前回の連載9月1日に話題提供するか、辞めるかを多いに迷った重大案件があった。それは、決して起こしてはならない道路橋架設中の桁落下人身事故である。私が執筆するか否かを迷った理由は事故発生の原因にある。事故が発生した直後に、テレビ放送局から私宛に出演依頼と共に事故発生時の状況資料が提供された。資料を見れば見るほど私の結論としては、ヒューマンエラーで発生した可能性が高いと感じた。と同時に、私が桁落下事故について解説する内容は、本連載「これでよいのか専門技術者」で書き続けている技術論とは異なった、人間本来の弱さを突く結論となることが予測でき、その時の私自身、書く意欲が薄れたからであった。しかし私が、今回の桁落下事故について何も書かずに過ぎ去ることについて読者は、「髙木さんは行政技術者であったはずなのに、自分自身を諫めるような記事は執筆出来ないのか。結局髙木さんは、公平・公正は口だけで、公的組織からの裏の力を恐れ行政側の責務を問うような記事は執筆できないのだ」と、評価されるだろうなと思ったのは事実である。

 しかし、事故発生から4か月が過ぎ去り、多くの人が忘れかけてきた11月の初旬に読者から、私がどのように今回の事故を捉え、私の意見を具体的に示してほしいとの声が届いた。私としては、私の連載を期待して待つ読者に対し、少なくとも今回発生した桁落下事故に触れ、私自身が考える事故発生の原因と今後について話題提供しなければならない、との思いが日増しに強くなっていった。そこで私は、2023年最後の話題提供となる今回、5か月前に発生した桁落下事故に触れて話題提供することとした。

『癸卯』の流れとは異なる、重大な案件

 桁落下事故とは関係の無い話から今回はスタートする。2023年(令和5年)の干支は、癸卯の年で、「癸」と「卯」の組み合わせであることから、これまで行ってきた努力が実を結び、2023年は勢いよく成長して飛躍する年になるはずである。過去の癸卯の年を調べると、慶長8年(1603年)には、NHK大河ドラマの主人公である徳川家康(どうする家康)が長年の努力が実を結び征夷大将軍となり、江戸幕府を開いている。また、昭和38年(1963年)には、トンネル技術を世に知らしめた『黒部の太陽』で有名な黒部川第四発電所(関西電力)が完成した年でもある。いずれも、百折不撓の精神で取り組んだ結果の大きな成果である。しかし今回発生した桁落下事故は、事故状況を調べれば調べるほど、技術者としての心の緩みが感じられ、基本厳守を怠っている情けない現状を我々に問うている。過去に発生したいずれの事故も起こしてはならないことは当然ではあるが、今回発生した事故は『癸卯』の流れとは異なる、これまで積み重ねてきたはずの橋梁技術者の日々の努力を無にする重大な案件であると私は思う。

令和3年度1号清水立体尾羽第2高架橋鋼桁上部工事について

 令和5年7月6日(木曜日)午前3時頃、静岡県静岡市清水区尾羽国道1号静清バイパス下り線建設の『尾羽第2高架橋建設工事』現場で架設中の鋼箱桁が落下し、作業員2名が死亡、6名が重傷を負う図-1に示す衝撃的な人身事故が発生した。


図-1 鋼箱桁落下事故状況:尾羽第2高架橋建設工事

 今回事故を起こした『尾羽第2高架橋建設工事』の発注者は国土交通省中部地方整備局静岡国道事務所であり、工事発注件名は、『令和3年度1号清水立体尾羽第2高架橋鋼桁上部工事』である。当該工事の請負者は、『名村・日塔特定建設工事共同企業体』であり、当該工事の落札予定額2,411,100,000円(税抜き)に対し、落札額が2,219,000,000円で落札比率は、0.92である。当該工事の落札比率0.92を見て思うことは、公的組織が設定している最低制限価格による契約案件で、応札業者はどのように対応したかである。そこで、当該立体区間の他の鋼桁上部工事落札額(一般競争入札・標準型)を調べると、清水立体清水IC第1高架橋鋼上部工事の落札予定額1,251,680,000円(税抜き)に対し落札額(㈱IHIインフラシステム)が1,146,600,000、落札比率は0.92、清水立体尾羽第3高架橋鋼上部工事の落札予定価格1,628,290,000円(税抜き)に対し、落札額(高田機工㈱)が1,494,500,000円、落札比率0.92、令和3年度1号藤枝BP潮高架橋鋼上部工事の落札予定額1,336,220,000円(税抜き)に対し、落札額(㈱駒井ハルテック)が1,227,960,000円、これも落札比率(0.92)と4件とも落札比率が同比率であった。同区間の令和3年度鋼上部工発注案件で入札契約方式が一般競争入札・標準型の落札比率が同じであることに対し私は、偶然の一致かもしれないが何か不思議な感じがし、行政技術者であった私として異様な感覚が脳裏を走ったのは何故であろうか。

 今回事故を起こした『令和3年度1号清水立体尾羽第2高架橋鋼桁上部工事』について工事内容及び事故状況について調べた結果を以下に示す。国土交通省中部地方整備局静岡国道事務所が公表した資料によると、事故は現場内の橋脚間(P3~P4)に作られた仮設構台上で、工場で製作した鋼製箱桁G1(長さ約63m、幅約2.5m、重さ約140t)を地組立し、同径間の海側端部に横移動させ、固定箇所へ降下させる作業中に発生している。事故は、ブラケット付きの鋼箱桁が架設中にバランスを崩し、作業員を巻き込んで約9mの高さから地上に落下する、通常では考えることの出来ない事象であり、人命を巻き込む最悪の結果となった。

なぜ事故は起きてしまったのか
 異なる両側の桁降下量、異なる支持方式

 今回事故を起こした尾羽第2高架橋は、清水立体の東京側に位置する尾羽交差点を跨ぐ立体化工事である。尾羽第2高架橋P2からP6間の橋長233mの鋼4径間連続箱桁橋の建設工事は、図‐2に示すように第一に二級河川の庵原川を跨ぐP4・P5径間(74ⅿ)を先行して架設し、第二にランプノーズに繋がるばち形状に広がる P3・P4径間(63ⅿ)を架設、第三、第四に先行架設した径間の両側に位置するP2・P3径間(49.5ⅿ)とP5・P6径間(44.5ⅿ)を架設し、4径間連続箱桁橋として連結・連続化させる工程で進められていた。


図-2 1号清水立体尾羽第2高架橋鋼上部工事

 今回発生した事故は、P3・P4径間の車線中央部に建設した仮設構台上で工場製作した鋼箱桁等を地組立てし、その桁を海側端部に横移動し、その後降下させ、P3側は支承に、P4側は先行架設した桁に固定する作業工程で発生した。先行架設したP4・P5径間は、先に示すP3・P4径間の仮設ヤード構台から当該径間に縦送りし、その後軌上梁+ジャッキによる方式で横移動させる架設方法である。事故を起こしたP3・P4径間は、先に仮設した径間とは異なって縦送りが無く、横移動(横取り)のみであるが、P3側は軌上梁、P4側はセッティングビームと始点側と終点側が異なる横移動方式を採用した。今回事故を起こしたP4・P5径間の架設工法自体は、過去に同様な架設は数多く行われていることから特殊ではない。このようなことから、当該架設工事も、過去に発生した架設事故発生のたびに安全対策等が見直され、国、学会及び関連協会等から指導されている種々な対策を遵守して施工すれば、事故発生の可能性は極めて低い、と私は判断する。

 しかし、これまで発生した数多くの桁落下事故と同様に、今回の鋼箱桁架設工事も構造及び工法の難易度が高いとは言えず、専門技術者にとって高度技術を要するとは思えない条件下ではあるが、想定外の事故が発生してしまった。今回発生した桁落下事故を受け、私なりに何故事故が起こったのかを考えてみた結論を以下に示す。
 今回対象の桁は、図‐3に示すように赤色に着色した断面の鋼箱桁である。


図-3 横取り架設工法の差異:P3橋脚部及びP4橋脚部

 事故発生の主因としては、図でも明らかなように、海側に張り出しブラケッを持つバランスが取り難い桁であったこと、横断勾配が海側の移動方向に向かって2.4%(桁横移動方向)あったこと、P4上の支承に固定されP3側に張り出している鋼箱桁に空間上で降下、連結すること、及びP3橋脚梁の海側端部(橋軸直角方向)に設置されている、周囲に余裕の無い支承に降下、固定する作業条件が重なったことが大きいと考える。横移動(横取り)、降下させて架設する桁の両端固定方法の差異から、図-3に示すようにP3部は横取り軌条梁、P4部はセッティングビームの採用と異なる横取り工法を採用したことは当然であろう。
 しかし、P3軌条梁方式側の桁降下量は1,760mm、P4セッティングビーム方式の桁降下量は、1,056mmと約700mmの差異があり桁降下時に調整が必要となる。図‐4に今回桁落下事故を起こした左右が異なる横取り装置のイメージ図を示す。


図-4 横取り架設装置のイメージ図:P3~P4径間

 P3側は、軌条梁の架設桁が乗った状態で横移動し、設置位置で仮受台に支持点が変わる。一方、P4側は、セッティングビームで吊った状態で横移動し、設置位置で仮受台に支持点が変わるが、仮受台はP4側の方がセッティングビームの分だけ高くなる。支持方式が異なり、降下量が異なり、仮受台の高さが異なる条件で調整装置のジャッキを連動させ、バランスを取ることが要求される架設方法である。以上が公表された資料を基に、私が分析した本現場特有の架設条件及び架設工法である。

 今回事故が発生したP3・P4径間の架設は、先行架設したP4・P5径間の架設計画を準用する資料を発注者である静岡国道事務所に提出し受理され、請負者である『名村・日塔特定建設工事共同企業体』が施工したと聞いている。
 今回事故を起こした桁架設の場合、片側が軌条桁で架設桁を支持する図-5に示す軌条梁架設工法、もう一方が桁を吊り上げる図-6に示すセッティングビーム架設工法を使用する場合は、架設桁の支持方法に差異があることから、特に移動量管理が重要となる。


図-5 軌条梁横取り架設装置:P3橋脚上/図-6 セッティングビーム架設装置:P4橋脚部

 また、P3・P4径間は、桁長が短くなってもバチ形状に広がり、片側に張り出しブラケットを保有することから偏心量もあり、さらに、横断勾配が移動方向に2.5%ある。私の想定では、河川を跨ぐ先行架設した隣接径間の架設計画を当該径間に準用するとしたことから作業員に心の緩みが生じ、その結果ヒューマンエラーが積み重なり、桁の横取り移動時の誤差が大きくなっていたのではと考える。そのうえ、今回の鋼桁架設工事は、施工時間帯が深夜で、架設時間を既設道路規制時間内の条件で設定され、セッティングビーム架設側が空間での桁連結であることから、桁連結にドリフトピンを使うなど時間を要し、施工余裕時間が少なくなる可能性が想定できる条件下での架設である。

仮受け架台等の安定確認を十分に行わずに扛上作業を行ったことが事故発生の起点ではないか

 私が、今回発生した桁落下事故について解説することを本連載の読者は、工事関係者でも無い私には遠慮することなくものが言え、私が考える以上の特別な事情や想定を超える隠れた真実が隠れている可能性もあるのに、安易に、そして好き勝手に持論を述べても良いのか、とお思いの方も多いと思う。しかしだからと言って、構造物の建設や修繕工事には事故は付きもの、事故対策は無用とまでは言わないが私が二度と事故を起こさないように警鐘を鳴らすことは必要ないと言えるだろうか。私は教育者の一人として、今回の事故を含め、これまで多くの事故を起こしている橋梁関連職種に学生や若手技術者は、余ほどの高収入が保証されない限り関わろうとする就職希望者は皆無になると思う。先日私は、関西地方で進めている道路建設事業や大規模修繕・更新事業を見てきたが、最先端の技術に取り組む若手技術者の意欲と熱意に心を打たれたばかりである。私は読者の方々にもう一度問う、本当にこれで良いのか。私としてはこれまでも、これからも橋梁を愛する技術者として、公平・公正な判断と発言、そして私の意思を示す本連載などに話題提供をし続ける信念である。

 先に示したが、当該区間で発注した鋼桁製作・架設工事の落札比率(一般競争入札・標準型)が0・92となっていること、工法が異なる先行架設の施工計画を当該架設に準用する施工計画書を発注者が受理し、受託者が計画書に基づいて施工したこと、緊急事態発生時に十分な対応が取れなかったことが何を意味するのか、受注者だけではなく、発注者である公的組織側も考える必要がある。

 今回の事故発生について私の推測では、バランスを取り難いG1桁を横取りし、降下させた時点で、架設前に想定していた許容誤差を超える橋軸直角方向移動量が発生していたと考える、ところが、このことに請負者側の監督員を含む関係者が気付かず作業を進め、張り出している先行して架設済みの桁仕口に、移動してきたG1桁の仕口を合わせる最終段階となった時初めて、想定以上に誤差が大きくなっていることが明らかに成ったと考える。この状態のままではG1桁の添接部の孔が合わず、ドリフトピンを打つことも出来ないことが明らかとなり、調整装置で横移動させ、何とか添接しよう試みたが思うように架設桁が動かなかった。そこで、作業責任者は、再度架設桁をジャッキアップによる扛上(こうじょう)作業を選択し、次に横移動させる方法によって所定の位置に据えようとしたのであろう。

 しかしこの時既に、当日予定していた架設作業時間をかなり消費してしまい、交通開放の時間(工事規制時間、既設道路交通開放が午前6時)が刻一刻と迫り、想定外の追加作業を行う関係者に考えや行動に余裕が無くなり、焦りからか必要不可欠であるはずの支持点、仮受け架台等の安定確認を十分に行わずに扛上作業を行ったことが事故発生の起点であろう。結果的にこの扛上作業によって架設桁がバランスを崩し、セッティングビームを含みコントロールを失ったことが鋼箱桁落下の主因であると私は考える。これまでの説明は、私の過去の経験から推測したものであり、真実とは異なっているかもしれないが、事実が明らかとなった時点で再度コメントしたいと思う。
今回の桁架設工事を含む全ての建設及び修繕工事に言えることであるが、想定外の事象が発生した時の対応としては、まずは全ての作業を一時中止し、原点に立ち返って冷静になって良く考え、十分な安全策を講じた後検討したステップを踏んで確実に作業を行うことが必要である。何事にも当てはまること思うが、パニック状態に陥った時の人間は、通常では考えられない誤った行動をとることが多く、それが大きな失敗を生むことは過去の多くの事例から学んでいる教訓でもある。連載本題前の導入部分となる、国土交通省中部地方整備局静岡国道事務所発注の国道バイパス建設工事・鋼箱桁落下事故の解説が随分と長くなったがここで、今回の本題であるウルトラファインバブルによる構造物洗浄の3回目、最終章の話題提供に移るとしよう。

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