道路構造物ジャーナルNET

②(続)鋼床版

鋼橋の長寿命化をめざして

NPO法人橋守支援センター
理事長

坂野 昌弘

公開日:2023.11.01

■はじめに

 相変わらず、世界の各地で戦争が続いているようです。
 昔、平和とは、戦争と戦争の間の休戦期間、と教わった覚えがありますが、戦争があることが、有史以来、普通の状態かもしれません。
 放っておくといつの間にか悪い状態になってしまうのは、維持管理と同じでしょうか。
 くれぐれも点検を怠ってはいけません。

 橋はインフラの要、と言われるとおり、戦争では(スポーツでも)、相手が最も嫌がることをやるのが正解ですので、よく橋が狙われます。クリミアの橋もそうですね。
 前回お話しした国道2号の淀川大橋も、前の戦争ではグラマンに落とされかけました。次の戦争では、ミグとかスホイ、あるいはカミカゼドローンでしょうか。

 地震は、自然現象なので、確率で表現されることが多いようですが、(とはいえ、丁半博打ではないので、ある程度のメカニズムが存在すると思いますが、人間が分からないだけかもしれません)
 戦争も、人間がコントロールできないという意味では、確率の世界かもしれません。地域によっては、地震といい勝負かそれ以上の結構高い確率になる可能性もありそうです。

●最近の疲労損傷の傾向

 最近、見せていただいた道路橋の疲労き裂を見て感じたことがあります。
 以前は、垂直補剛材やウェブギャップ板の上端部等、二次応力で二次部材に生じた比較的軽症のき裂や、ゲルバーヒンジなどの桁端切欠き部や主桁下フランジのソールプレート前端等、主部材ですがやはり二次応力で生じたき裂が多かったのですが、最近は、単純桁の支間中央付近や連続桁の曲げモーメント交番部の横構や横桁などを取り付けているウェブガセット板の端部のき裂が増えているようです。(山添橋などの横桁下フランジ貫通構造のH’等級よりは疲労強度等級が二つほど上です)

 一次応力(梁計算で求められる公称応力)によって一次部材に生じるき裂ですので、疲労照査の対象です。供用年数が50年を超える溶接橋梁が増えてきて、疲労照査に引っ掛かる領域に突入するケースが増えてきたのかな、という印象です。
 これまでは「疲労で橋は落ちない」と仰る方も多かったのですが、いよいよ日本でも疲労で橋が落ちる時代が近づいてきたような気がします。

●前回記事への反応

初回の記事をお読みいただき、幾つかご質問のメールをいただきました。
鋼床版の垂直補剛材上端部については、20年以上議論が続いてます。
解析や実験は、当然ですが、設定した条件以外の結果は得られませんので、
やはり、実物に学ぶ必要があると思います。
(解析は、いくらやってもき裂は出ないですし、実験も、条件が違うとニセモノのき裂が出たり、出るべきき裂が出なかったりします。)

また、TGVでPC桁から合成桁へ、と書きましたが、何故コンクリートの国フランスで鋼桁?とのご質問もいただきました。当時の向こうの答えは「合理的で経済的だから」でした。
確かに、合成桁は、引張に強い鋼と、圧縮に強いコンクリートの合理的な組み合わせ、と教科書に書いてありました。物事をシンプルに考えるか、ややこしく考えるか、あるいは何も考えないかの違いかもしれません。

細かいところまでお読みいただきありがとうございます。不思議なもので、反応があるとやる気が出てきます。今回も(勝手に)頑張ります。

 なお、前回、写真無の原稿を送ったところ、編集者から写真を付けろ、と要求されました。
詳細な写真や図面を見たい人は、参考文献をみて頂いたら分かるのと、読者の方は、橋の専門家と思いますので、文章を見ただけで構造が目に浮かぶと思い、敢えて(面倒なこともあり)写真は付けませんでした。
(写真を見たところで、分からない人は分からない、ということもあります)

 近年、分かりやすい授業をとか、分かりやすい資料をとか、言われることが多くなってきました。分からないのは教師(上司?)のせい、と言われる時代です。ただし、あまり分かりやすいものだけ見ていると、想像力が無くなってしまうことが心配です。

 そもそも、世の中、分かりやすいものばかりとは限りません。維持管理などは分からないものばかりです。分からないものを分かりませんというのは正直ですが、エンジニアはそれでは困ります。(植野さんがよく言われる「分かったふり」はもっと困りますが。)何とかしなければなりません。何とかする、遣り繰り、マネジメントですね。

 たまには、分かりにくい文章を読んで(分かりにくい人と話して)、想像力(と忍耐力?)を鍛えることも必要と思います。

●静岡の落橋事故について

 前回、最後に触れましたが、今回も私なりに無い知恵を絞って考えてみました。
 その後のニュースによると、最初の降下時に設置位置がずれているのに気が付き、その修正の際に事故が起こった可能性が高いようです。詳細については、報告書も出るようですので、そちらをご参照いただければと思いますが、以下に一般的なお話を少々。

一般的に、何事も一発で上手く決まればいいですが、大抵は上手く行かないことが多いので、上手く行かないときの修正能力が大事と思います。大型試験体の疲労実験でも、予想外の所から壊れることが多いですが、試験体は正直に一番弱い所で壊れているので、予想できなかった私がアホなだけです。

 何度か失敗すると、流石にやる前によく考えるようになるのですが、失敗しないと分からないのは我ながら情けないところです。失敗体験は大事ですが、実物で失敗すると被害が大きいので、実験やシミュレーションで、ということになります。

 架設などの際には、前もって、上手く行かないことを予想して、対応を練習しておくことも必要かもしれません。熟練者は経験で身に付いているのでしょうが、どちらにしても、特に若手技術者の技術力向上には時間が必要と思います。(ファイト一発!のように1本飲めば技術力向上!という薬が出来たらいいですが……)。失敗は成功の母と言いますが、その後の訓練が父でしょうか。

 以前、下路トラス橋の縦桁を交換するときに、縦桁を切断したら自重で垂れ下がると考えて下で受けようと待っていたら、逆に持ち上がってしまったということがありました。
 また、合成桁の主桁垂直補剛材上端部に補強板を付けようとして、取り付けてある対傾構の高力ボルトを外した際に、橋軸直角方向の動きに対しては外したボルト孔にドリフトピンを挿しておいたのですが、橋軸方向に動いてしまい、戻すのに苦労したこともあります。(若干スキューでした。)

 実際の構造物中には、架設時やその後の変状などで、目に見えない拘束力(不静定力)が内在しており、1か所解放すると、予想外の動きをすることを知りました。

 1枚のA4のコピー用紙をハサミで切ると2枚にそのまま分かれるだけですが、1枚の平らな鉄板を切断すると、跳ね上がったり歪んだりします。目に見えない残留応力の怖さです。

 橋も人も、見た目だけではなかなか中身までは分かりません。 やはり、机上だけでなく、現場でいろいろと体験してみることが大事と思います。

●架け替えの話

 また、ここで話が脇道にそれます。すみません。真直ぐ進むのが苦手です。
 前回、国道2号の淀川大橋で、架け替えせずに床版取り換えを選択した話に触れましたが、淀川最下流の阪神電車の淀川橋梁で架け替えの工事が進んでいます。
 何十年も前から計画はあったそうですが、まさか本当に実現するとは、と仰る方もいらっしゃいました。
その時々の社会情勢で、いろいろと浮き沈みはありますが、やはり根気強く諦めないことが大事というのが分かります。
 詳細については、7月28日に開催された「安価で確実な鋼橋の長寿命化に関する講習会」の発表資料が、主催者の土木学会関西支部のHPに掲載されてますのでご覧ください。https://www.jsce-kansai.net/?p=5376

 余部鉄橋のように周囲に比較的余裕がある環境と異なり、都市内での架け替えにはいろいろとご苦労があったことは、委員会での話題提供の際の質疑応答で伺っています(講習会でも若干触れられましたが、ここで披露するのは遠慮しときます)。

500億以上もかかって何が安価だ、というご意見もありましたが、橋単体ではなく、淀川や周囲の都市部の防災等を考慮すると結構「安価で確実」かもしれません。
鋼床版への取替えの時もそうでしたが、目先のコストではなく、インフラの要としての橋梁本来の機能を考えた長期的なコスト(広義のLCC)をしっかりと見積もるべきと思います。

●発注者責任について

 脇道に逸れたついでに、講習会の話題をもう一つ。

 「設計者の説明義務違反と発注者責任 ~阪神高速大和川線訴訟の判決を受けて~」という発表もありました。
土木関係では珍しく弁護士(と技術士の両方)の資格を持つ方に、委員会のメンバーに入っていただいており、発注者責任について日頃から議論いただいてます。(発注者責任だけだと発注者を非難しているように思われるので、気を遣って設計者の説明義務違反もタイトルに付け足しました。)
 委員会では90分ほどかけて説明いただいたものを、講習会では15分しかありませんでしたので、だいぶ端折った内容になりましたが、休憩時間等でも参加者の質問が絶えませんでした。
 一審では事故の過失割合が8:2で発注者側が高かったものが、二審では4:6と逆転して受注者側が高くなったことに対して、ここでは書けないような解説もありました。(すみません。会場で聴講された方に聞いてください。)

 以前も、工事で事故があった場合に、無理な工期と少ない経費の場合には発注者がギルティー等、考えても見れば当たり前と思えるような事柄について、委員会では法的な解説をしていただいてます。
発注者が損害賠償金を支払う際に、議会や株主総会等で承認されない場合には、担当者個人が支払うことになりそうですが、そのための保険もできてるそうですのでご安心ください。

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