道路構造物ジャーナルNET

第87回 管理物を「群」としてとらえ、マネジメントしていくためには②

民間と行政、双方の間から見えるもの

植野インフラマネジメントオフィス 代表
一般社団法人国際建造物保全技術協会 理事長

植野 芳彦

公開日:2023.04.16

4.これから重要なマネジメント力

 マネジメント力をつけて行くには、前述したように、役所の人間は普段からやっているはずである。大手ゼネコンもそうであろう。一部の大手コンサルもである。しかし一件一件を考えている限りは無理である。これの思考を変えてもらえれば比較的簡単に導入できる。その時に面倒くさい理論中心の考えを入れてしまうと、拒否反応が先に立ち導入できない。難しく難しく考える方々が居るので気を付けましょうということであり、優しく優しく考えれば導入は可能である。古いことを言うが「将の器」という物がある、マネジメントの器も同じで、これを生まれながらに持っているものも居れば、そうでない者もいる。努力してつかみ取るものもいる。ある程度、天性のものもあり、経験と実績で学ぶものもある。


インフラマネジメントの今後の課題

 話を少し変えるが、国土交通省(建設省)制定の「標準設計」という物が有った。阪神大震災後に示方書を改定し、標準設計も改訂することとなり、時間がないということで、作業に取り掛かり、ちょっと進んだ時に、中止命令が出た。建設コンサルタント協会が、「標準設計が無くても設計できる。」「標準設計は画一化された設計になる。」「標準設計は使い物にならない。」と言ってきているので中止しろという命令であった。これに携わっていた私は憤慨した。その時、「もう、この国はおしまいだな。」と感じた。

 まずは、せっかくの武器をなぜ捨てるのか? ということである。そもそもが、この裏には、民間開発の設計用のソフトの充実と言うことがある。これは理解できる。しかし、未だにこれを使った設計ミスは続発している。そもそもが、ソフトは使う側の問題が大きいということが理解できていない。皆さんは標準設計の役割をご存じなのか? と言うことである。この辺が理解できないのならばマネジメント能力もないということになる。有って損になるものではない。単純に考えても武器は多いほうが良い。設計ツールは多いほうが良い。本当は「標準設計」という物ではなく「標準化の考え方」がエキスなのである。

 画一的になるのは当たり前で、高度成長期に大量に構造物を造るために、標準化によって設計制度の向上や耐久性・施工、コスト縮減をトータル的に考えたものであるからである。そして、維持管理性の向上も狙っていたのであるが、一件一件の設計にとらわれるとそれが見えなくなる。こう書くと、デザインをやっている方々は反発するだろうが、それは全くの別の思考である。デザインに関し反論するとすると、デザイン重視するとコストは割高になり、制作施工性は悪くなり、維持管理性も悪くなる。結果全体的に日本全国的に考えるとかなりな高コストにつながる。だから20数年前のこの時代にでも将来は予測できたはずであるが見通せない連中が、行った行為である。それで、デザインが必要と判断されたものは、十分に検討し良いものを造ればよいだけの話であり世の中の80%はそういう物ではない。ここで重要なのは「良いもの」と言う表現である。単に形だけではだめでトータル的に良いものと言う意味合いである。

 まあ、標準設計を要らないと言った方々は、後からくる維持管理の時代が見通せなかったのだろう。ここで、マネジメント能力が劣っていることがわかる。老朽化問題を検討していくにあたり、最大の問題は、一気に゛群“で管理していかなければならないという課題が管理者に突き付けられる。これまでの造る時代には、1つ1つ、1橋1橋対応していたわけであるが、造ったもの管理すべきものが、一気に多数既に存在しているので、”群“を管理していくわけである。しかし、どうも観察していると、この群れを忘れている。また、皆さん苦手なのである。1つ1つの場合はそれだけ見れば、よいがそうではない。そんなことをしていれば効率は悪いし生産性は上がらない。ましてや追い付かなくなっていく。あらゆる対応にマネジメント、戦略が必要なのである。

 韓国で高速道路のPFI事業の、マネジメントを行った時に、延長85km、橋梁105橋、トンネル15本、その他盛土等の設計を、工程上3か月ほどでチェックしなければならなかった。これも、1件1件、正攻法でやっていけば無理なので、設計された構造物の標準化を図り、異常値があるものを検出して詳細に確認した。実はこれは、日本においても会計検査等のやり方である。例えば標準域を外れた鉄筋量があれば、それは特殊な事情があるか?間違いであるからである。そういったやり方を提唱し、実施した。これは今後の、維持管理でも応用できると考えているが、活用法、運用法が重要なのである。

 標準化と言う考えは、多数のものを造ったり管理したりするのに優れた方法である。これを理解できないのは、合理化と言うことが理解できない、時代遅れでありシステム化を考えれない方々である。マネジメントの一環なのである。日本が戦争に負けた理由にもつながる。もう少し言うと、否定はしてもかまわないが無くすべきではなかった。特に官庁は、自らの武器、判断材料、指標を自ら捨てたのだ。そういう短絡的な思考だから、負けに向かっている。申し訳ないが新技術もマネジメントも理解は無理である。考え方が明治なのである。

 標準設計そのものと言うよりも考え方が重要だったのだが、それが理解されない。ISOと言うとこれもまた、批判する方々が大勢居るが、これの中でも「標準化」と言うのは重きを置かれている。生産性の向上を考えるときに標準化と言うのは重要である。ここから理解ができていないので、進むのは困難である。結局グローバルな思考ができないのである。
 なぜ標準設計の話を書いたか?これは「面倒くさい論理に行きたがるのを簡単に簡単にしていく」とはどういうことかを示した事例である。

5.まとめ

 平成26年の道路法の改定による、橋梁などの「全数近接目視点検の義務化」から、10年、第2ステージに突入したと言われている。第1ステージにおいて点検の結果は、全国で評価Ⅲが約10%であったとの報告がなされている。つまり、全国で7万橋ほどの橋梁が評価Ⅲであることになる。さらに、このうちの約70%が地方自治体(市町村)の橋梁である。(約5万橋)
 第2ステージは、実際の補修をどうするか?監視するのか? 治すのか? と言うことになっていく。点検・診断とは違い、補修工事には足場なども必要になってくるので、費用がけた違いになっていく。そして、補修材料や補修工法の選定が課題となり補修工事を実施しても、現場の状況などによって早期再劣化の問題が出てくる。治したはずが治っていない。これは、簡単に言ってしまえば、かけた費用が無駄になることになるわけで、ただでさえ、財政が厳しいのに、予算が見えない状況に陥っていく。そんなことをやっていると、ただでさえ財政が厳しいので後回しと言うことになりかねない。補修設計をコンサルに発注し、その提案に従い補修材料と補修方法を決定し補修していくのが、一般的なわけだが、私が気になるのは、コンサルは補修材料を開発しているわけでもなく、補修工事をやっているわけではない。どこまで理解できているのか? というところだ。

 「無駄を覚悟で実施する」と言う手法ももちろんあってよい。たとえば、かなりなものにひび割れ注入が結構早期から実施されてきたが、その効果は一体どうなっているのだろうか? 再劣化は起きていないのか? 検証が必要な時期に来ている。ここで、意地悪を言うと、現在一般的に公共工事の瑕疵担保期間は10年である。

 4月8日のNHKスペシャルでも取り上げられたが、最近、「橋梁トリアージについて聞きたい」と言うのが増えてきた、私が10年前に唱えた時は反対もあった。少し表現がきついかな? と思いつつも危機感をあおるために、戦略的にきつい表現にした。最近は論調も変わり、「やはりトリアージは必要ですよね。」と言うことを良く言われる。私とすれば、「もう遅い」のである。すでに、10年が経過点検は3巡目、第2ステージと言われる中で、トリアージを改めてやってもね。ただし、もちろん見直しは必要である。見直しは実施している。東日本大震災において実際に、トリアージを行った、知り合いの医療関係者にその非情さと困難さを聞かされた。一番印象的だったとのは「身内や友人知人のトリアージはできない。」ということである。これをインフラに置き換えるとどうなるかと言うことも考えた。おそらく当事者たちは理解できずに反対する。それは十分わかっているので、時間をかけるしかない。ヒトの生死は時間も許さない。先日のNスペの番組中でコメンテーターが言っていたことは、耳障りの良いことで、実際の現場でも、コンサルや学識者は「合意形成」「説明責任」とは言うが、なかなか難しい。藤井市長の発言は非常にありがたかった。前の森市長同様、言い辛いところも言える方が尊敬に値する。私は勝手なことを言っても、批判だけで済む。批判されるのは若かりし頃から慣れている。しかし、市長は違う。

 正義をかざし、耳障りの良いことを言って、民心を得ても、社会の実際の将来像がどうなるのか考えないと、とんでもない状況が待っている。人口減少で税収減少の縮小社会においては、インフラも縮小せざるを得ないこれまでと違った考え方が必要である。不便な社会はみんなで許容していかなければならないだろう。
 このトリアージも、マネジメントも、生き物である。世の中の変化に応じて、変化させなければ意味がない。見直しが必要である。現に見直しは適宜実施している。

 読者の皆さん、何か相談があれば、相談に応じます。今回示された、“群”の管理とはそういうことです。従来型の考え方では、通じません。異端的発想も必要なんです。

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