道路構造物ジャーナルNET

⑥山陽新幹線コンクリート構造物の見える耐震補強

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2021.12.16

2、JR西日本の地震対策

 1995(平成7)年1月17日に発生した兵庫県南部地震により、JR西日本の鉄道は壊滅的な被害を受けた。
 構造物が崩壊した原因は、(ア)建設当時の設計基準で想定していた水平震度(0.2)を大きく上回る地震動の影響を受けたこと、(イ)建設当時の設計基準では、コンクリートが受け持つせん断力を現在の基準よりも過大評価していたためにせん断補強鉄筋量が少なく、結果として柱部材のせん断に対する安全度が、曲げに対する安全度に比べて小さくなり、柱部材が脆性的にせん断破壊したこと、が挙げられる。

 兵庫県南部地震では多くの建物が損壊焼失し、たくさんの方々が犠牲になられたが、発生時刻が未明であったために、幸いにもJR西日本のお客様の死傷はなかった。約2か月半に及ぶ復旧工事では、地震の影響による部材の損傷の有無や損傷度の把握、応急復旧対策の要否の判定、対策の速やかな実施、沿線地方自治体等との連携、復旧情報の発信などの初動態勢の構築が極めて重要であることを再認識させられた。
未曽有の惨禍となった兵庫県南部地震からの早期復旧においては、当時、東日本旅客鉄道㈱(以下、JR東日本という)の石橋忠良氏をはじめ元国鉄構造物設計事務所の所属メンバーの強力な技術支援により、在来線は4月1日(81日間)に、山陽新幹線は4月8日(88日間)に全線復旧が実現できた。

 兵庫県南部地震発生後のJR西日本の主な地震対策は、(ア)運輸省(当時)通達等に基づく構造物などの耐震補強対策、(イ)地震発生に伴い大きな揺れが想定される箇所への列車の進入防止対策の2つであった。
 その後、2004(平成16)年10月に発生した新潟県中越地震で、営業運転中の新幹線列車が初めて脱線したことを受け、国土交通省は、新幹線については前述した2つの対策に加えて、(ウ)脱線逸脱防止の減災対策を実施するよう指示した。
 兵庫県南部地震以降、運輸省および国土交通省から通達された地震対策に関わる主な通達等を表-2に示す。

(1)地震対策の考え方
①構造物などの耐震補強対策

 兵庫県南部地震(1995年1月発生)後から、東北地方太平洋沖地震(2011年3月発生)までの耐震補強は、地震は、いつ、どこで、どのような規模のものが発生するか分からないので、省通達に基づき「重要な線区の弱い構造物はすべて補強する。」という考え方に基づいている。

 表-2に示すように、重要な線区とは、当初は、新幹線およびピーク時片道1時間当たり10本の列車が運行されている在来線の線区であったが、後に、在来線においては結節駅となる駅舎建物などが耐震補強の対象となり、さらに輸送密度1万人以上/km・日の線区に拡大された。鉄道事業者は、省通達に基づき自らが定めた実施計画により計画的に耐震補強を推進してきている。

 東北地方太平洋沖地震発生後は、JR西日本はそれまでの省通達の考えを踏襲しつつ、可能な限り耐震補強の前倒し実施を継続するとともに、近い将来に発生が確実視されている南海トラフ地震を想定して、「強い揺れが想定される地域にある弱い構造物は補強する。」という独自の考え方を加えて紀勢線などの耐震補強を進めている。

 これは、東北地方太平洋沖地震で得た『いつか起こることは、必ず起こる』という教訓を踏まえたものである。それまでの考え方では、お客様のご利用が少ない線区の対策優先度は低く、たとえば紀勢線は相当期間先送りされることになっていたが、南海トラフ地震発生時の当該線区のお客様の安全を考えれば看過できないとの判断に基づいている。JR西日本の耐震補強の取り組みについては、第2章および第3章で詳述する。

②大きな揺れが想定される箇所への進入防止対策

 国鉄鉄道技術研究所および国鉄民営分割化後の(財)鉄道総合技術研究所(以下、JR総研)が開発した早期地震検知警報システムは、地盤の中を伝わるP波(縦波)とS波(横波)との速度の差を利用して、海溝型地震に対しては海岸付近の検知点に設置した地震計でP波を検知し、P波の振幅増加率などの解析結果に基づいて地震の位置や規模をいち早く推定し、大きな被害が想定される地域にはS波が到達する前に警報を出し、走行中の列車を停止または減速させるシステムである。

 図-1に示すように、たとえば、海溝型地震が発生し、このシステムで警報が出された場合には、新幹線の被害が想定される区間の変電所の送電を強制的に停止することで、走行中の列車には非常ブレーキが作動する。震源距離にもよるが、南海トラフ地震では、300km/hで走行中の山陽新幹線列車は160~150km/h程度に減速した状態で、また京阪神地域のすべての在来線列車は緊急停止した状態で、S波が到達し地震動の影響を受けることになる。

 JR西日本は、東海旅客鉄道㈱(以下、JR東海という)の協力を得て、兵庫県南部地震発生後の1996(平成8)年11月から山陽新幹線全区間でこのシステムを使用開始した。その後、JR総研では、P波検知後から警報を発するまでの時間短縮の技術開発を重ねるとともに、JR西日本では、2008(平成20)年2月からは気象庁の緊急地震速報も併用したシステムとしている。

 また、JR西日本は、(国研)防災科学技術研究所(以下、防災科研という)が南海トラフ巨大地震の想定震源域に整備している海底地震津波観測網(DONET)を鉄道の地震防災対策に活用することを目的に、2017(平成29)年10月にJR総研、JR東海とともに4者で相互協力協定を締結し、JR総研において海底地震計情報の鉄道用早期地震防災システムでの活用に向けた技術開発を進めてきた。JR西日本では2019(平成31)年4月からDONETの海底地震計情報を運用開始して早期地震防災システムのさらなる強化を進めている。

 さらに、JR総研では、地震直後に効果的な点検を実施して早期の運転再開を支援することを目的として、線路に沿った揺れの情報を提供する「鉄道用地震情報公開システム」を開発し、現在、一部運用を始めている。

 このシステムは、緊急地震速報と防災科研K-NETの地震観測データおよびJR総研が独自開発した地盤データベースに基づき、地震発生直後の線路上の揺れの分布を推定し公開するものである。これにより、地震発生直後に「揺れの大きい線路区間」を把握し、構造物の被害発生状況を予測して点検箇所を絞り込み、早期復旧体制の構築に活用することが可能になるとしている。

 JR西日本は、2018(平成30)年6月に発生した大阪府北部の地震で駅間停車した列車内にお客様が長時間閉じ込められ大変なご迷惑をおかけしたことを反省し、このシステムを逆に活用して「被害が発生していない、または軽微な区間」を絞り込み、この区間内で駅間停車した列車は最寄り駅まで小移動させて、お客様を速やかに救済する検討を進めているところで、京阪神地域の重要線区に導入するためのデータ整備に2018(平成30)年度に着手し、2021年6月から一部運用を開始している。

③脱線逸脱防止の減災対策

 2004(平成16)年10月に発生した新潟県中越地震では営業運転中の新幹線列車が初めて脱線した。走行中の「とき325号」は長岡駅停車のために減速中であったこと、脱線時に対向列車が走行していなかったことなどの幸運が重なりお客様にお怪我はなかった。

 国土交通省が設置した「新幹線脱線対策協議会」において再発防止対策等が議論され、地震で脱線した新幹線車両では、車両の軸箱受けと車輪との間にレールが挟まり、このレールがガイドウェイのような役割を果たして大きく反対線側に逸脱しなかったことが明らかとなり、当時、新幹線を営業運転していたJR東日本、JR東海、JR西日本の3社は、脱線逸脱防止対策に着手した。

 JR東日本は、このことを踏まえて、東北、上越、北陸、北海道新幹線の全車両に車両側対策として逸脱防止ガイドという金具を取り付ける対策などを完了している。JR東海およびJR西日本は、南海トラフ地震等の影響による走行安全性の検討を行い、脱線逸脱防止のための地上側対策を進めることとした。

 JR西日本は、逸脱防止ガードを軌道内に敷設し、万が一、脱線した場合でも、車輪が同ガードに当たることで車両の移動量を小さくし被害を最小限にとどめるようにして、2015(平成27)年度末までに山陽新幹線新大阪~姫路駅間の敷設を終え、引き続き、姫路~博多駅間において計画的に敷設を進めている。写真-1に山陽新幹線の逸脱防止ガードの一例を示す。

(2)構造物の耐震補強

 鉄道では古くから経済的な高架構造形式として、鉄筋コンクリート(以下、RCという)造のラーメン高架橋が多く建設されてきている。

 ラーメン構造とは、柱と梁が剛結された構造のことで、地震発生時には地震動によって作用する水平力に、ラーメン高架橋の柱と梁が一体となって抵抗する構造であるが、柱部材が十分な耐力を保有していない場合には、兵庫県南部地震時のように柱部材が損傷して高架橋が壊滅的に崩壊する場合がある。
1978(昭和53)年に発生した宮城県沖地震による被災構造物の復旧工事では、柱部材のRC巻立て補強工法や柱部材間にRC壁を増設する補強工法が用いられた。

 その後、国鉄は、1983(昭和58)年2月に建造物設計標準(鉄筋コンクリート構造物)を改訂して新設RC構造物の耐震性能を高め、既設RC構造物に対しては耐震性能評価を行うとともに、鋼板巻立て補強工法による補強効果の確認や実施工などを行った。

 兵庫県南部地震時の復旧やその後の耐震補強では、それまでの研究成果を生かして主に鋼板巻立て補強工法が用いられてきている。

 RCラーメン高架橋の柱部材の耐震補強工法において求められる要求性能は、第一義的には柱部材のせん断破壊の防止と変形性能の向上である。これは、大きな地震動の影響を受けた場合でも、構造物が壊滅的に崩壊することを防止できれば、ひび割れやコンクリートの剥落などの多少の損傷は許容しつつ、損傷度に応じて応急復旧対策を実施すればよいという合理的な考え方に基づいている。
このような力学的な性能に加えて、施工性や経済性などにも配慮して、これまで様々な耐震補強工法が開発されている。

 たとえば、炭素繊維シートやアラミド繊維シートなどの新素材を鋼板の代わりに使用し施工性を改善した補強工法や、空間的な制約があり店舗や機器室などの支障移転に多額の費用がかかると想定される場合には、柱の一面からの補強を行うことで支障移転や営業補償を回避して総工事費を経済的にできる補強工法などが実用化されている。

 一般的に使用されている鋼板巻立て補強工法は、経済的で補強後の形状が省スペースであるという長所がある一方で、重量物を扱うなどの施工上の制約も多く、また鋼板が既設RC柱の外周を覆っているため、既設RC柱に変状が生じても目視での確認ができないことや、定期的な鋼板の塗替えが発生するなどの維持管理上の課題があった。

 JR西日本では、兵庫県南部地震後の緊急耐震補強においては、山陽新幹線新大阪~岡山駅間のRCラーメン高架橋柱(約18,300本)および在来線のRCラーメン高架橋柱(約2,100本)に対して、当時、一般的に採用されていた鋼板巻立て補強工法を用いて耐震補強した。

 その後、2001(平成13)年3月に芸予地震が発生し、三原地区や広島地区の山陽新幹線RCラーメン高架橋に被害が発生したことから、JR西日本では耐震補強対象を山陽新幹線新大阪~博多駅間の全高架橋に拡大して実施することとしたため、補強対象柱が約34,600本に増大した。
このため鋼板巻立て補強工法と同等程度以上の補強効果があり、安価でかつ維持管理に配慮した耐震補強工法の技術開発を余儀なくされた。

 余談になるが、兵庫県南部地震発生時のJR西日本社長はI氏で強力なリーダーシップの持ち主であった。「復旧ではなく復興するんだ」という明確な目標設定のもと、全員一丸となって取り組んだ。当時の鉄道本部長U氏は、山陽新幹線新大阪~岡山間は同一の基準で設計施工されていることから、省通達の耐震補強範囲が京阪神地域であったにもかかわらず、新大阪~岡山間の全ての高架橋柱等を耐震補強の対象とした。省通達の範囲はあくまで優先順位を示したものであったので、営業収入が大きく落ち込んだ中にあっても安全を最優先した当時のI氏やU氏ら経営陣の判断は、将来を見据えた素晴らしい判断であったと思っている。

 ただ同時に、山陽新幹線岡山~博多間は、別の基準で設計施工されているので耐震補強等の必要は低いとして方針整理したことを後で知った。2001年3月に発生した芸予地震で三原地区の高架橋の中層ばりがせん断破壊したことから、芸予地震発生後に、耐震補強範囲に山陽新幹線岡山~博多間を加えて、山陽新幹線全区間に拡大して対策することに大いに苦労した。大規模地震発生時の高架橋の逐次解析結果を示しつつ、営業時間帯での地震発生となればお客様の死傷は回避できない可能性があることを説明し、2002年度から計画的に進めることで予算の確保ができた。当時の省通達は、新幹線全区間を対象としていなかったが、2003(平成15)年5月に発生した三陸南地震で東北新幹線の高架橋柱等が被災したことを受けて、国土交通省は全新幹線を耐震補強の対象とするように通達した。芸予地震発生後に耐震補強の範囲を山陽新幹線全区間に拡大する際、幹部から、予算を認める代わりに、鋼板巻立て補強工法と比較して2割程度のコスト削減を実施するように約束させられた。それが後述する、耐候性鋼板を用いた鋼板巻立て補強工法やプレキャストコンクリートセグメントと鋼より線を用いた見える耐震補強工法(APAT工法)開発の原動力となったことは、結果としては「三方よし」(お客様、会社、構造物)であったと思っている。

(3)維持管理に配慮した耐震補強
①点検用扉と既設柱のモニタリング

 高架橋柱の耐震補強を実施するうえでは、経済性や施工性に加えて、日常点検や地震発生後の臨時点検の妨げにならないように、維持管理に配慮した耐震補強工法を用いることが重要である。

 特に、山陽新幹線高架橋では、1970年代という建設時の時代背景もあり、コンクリート用細骨材に十分に除塩されていない海砂が使用された構造物が多く、さらに中性化の進行に伴い鉄筋腐食が発生しているものがある。鋼板巻立て補強工法により耐震補強を行った場合、鋼板が柱の外周を覆うことになるため、鋼板内部の既設柱の鉄筋の腐食状況を点検することが困難となる課題があった。

 このような背景により鋼板内部の既設柱の状況を確認できるように、耐震補強時に写真-2に示すような開閉が可能な点検用扉を設置し、既設柱内部に埋め込んだ電極を用いて経年による鉄筋の腐食状態を長期的にモニタリングする試みを行っている。ただし、このような点検は、全ての高架橋で実施することは困難であることから、今後、鋼板内部の既設柱の鉄筋の腐食状態を効率的に確認する技術開発を行う必要があると考えている。

②耐候性鋼板を用いた鋼板巻立て補強

 一般的に採用されている鋼板巻立て補強工法では、既設柱の周囲を普通鋼板で囲んで、溶接または機械式継手で閉合した後、鋼板と既設柱との隙間に無収縮モルタルを充填し、鋼板表面を防食塗装する仕様となっている。そのため、経年とともに定期的に鋼板の塗替えが発生する。

 腐食しろを十二分に見込んだ厚さの鋼板を使用して巻き立てていることから、安全性能上は、必ずしも塗替えは必要ではないが、美観を損ねた場合には、必要に応じて塗替え塗装を実施しており、塗替え費用がライフサイクルコストに与える影響は大きい。

 このため、JR西日本では、耐候性鋼板を用いた巻立て補強工法を岡山以西の山陽新幹線高架橋で導入し、維持管理費用の削減を図っている。耐候性鋼は、適量の銅やニッケルやクロムなどの合金元素を含有し、表面に緻密な錆を形成する鋼材で、緻密な錆層が鋼材表面を保護し、錆の進展を抑制する。耐候性鋼板を用いた場合の初期費用増は、普通鋼板の1回の塗替え費用で相殺されることから、コスト削減効果は大きい。写真-3に耐候性鋼板を用いた鋼板巻立て補強工法の一例を示す。

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