道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか-
第60回 景観とメンテナンス(その1)-計画・設計時の景観は重視しても、メンテナンスの時は?-

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2021.12.01

3.思いもよらぬ外観の変化に動揺が広がる

 先に説明した過程を経て塗替え仕様が決定し、その後塗替え工事を発注し、後は2020東京オリンピック開催前までに事故もなく、無事工事を完了させるだけとなった。ところが、2020東京オリンピックが急遽延期が決まったと同じ時期に大きな問題が次々と発生した。
 第一は、塗替え工事の工期変更が必要な事態が発生した。工事発注した塗替え仕様は、Rc-Ⅰであることから、鋼肌をすべて露出させる1種の素地調整が必要条件である。素地調整を行う方法はブラスト法であり、既存塗膜を剥ぎ取り、廃材処理することから既存塗膜の分析を行った。
 既存塗膜の塗料は、ジンクリッチプライマー、ミストコート、エポキシ樹脂塗料、ふっ素樹脂塗料であることから、鉛分は含有していないはずである。既存塗膜(塗料)分析結果を図-19に示す。
 分析結果で明らかなように、僅かではあるが塗膜に鉛分のあることが判明した。既存塗膜に鉛分が含まれることは、環境基準、工事安全基準からブラスト方法及び防護施設の変更、剥離材の併用、集塵機及び環境対策の追加等が必要となる。
 先に挙げたRc-Ⅰ塗替え仕様のまま環境基準を守って塗替えを行うことは、工期算定によって必須条件の2020東京オリンピック開催に間に合わないことが明らかとなった。ここで大きな失敗は、既存塗膜には鉛分が含有していないとの判断である。確かに、使われている塗料には表向き鉛が含有しているとは思わないかもしれないが、実は、塗料に使用されている顔料や接着剤に僅かながら鉛分が含有していることが多々ある。読者の多くがこの事実を知らない可能性があるので、既存塗料分析結果を示し、説明した。
 鉛分の含有が明らかとなったことから、方向転換を余儀なくされ、長期耐久性のある弱溶剤型Rc-Ⅰから、グレードの低い弱溶剤型Rc-Ⅳ塗替え仕様に変更となった。読者の中には、つい数年前まで、闇の中で行われてきた、鉛分をなきものとして強行突破があるのではと思われるが、現実は厳しい。今と昔は大きく違っている。
 次に説明するのは、さらに大きな問題が確認されたことである。これから示す問題が発覚したことで、責任を問われる事態に発展する可能性が高く、どうなるのかと思ったが、お化粧直しの原点、2020東京オリンピックが1年延期となり、それが救いの神となった。図-20にパイロンの塗替え状況を示す。


図-20 鋼製大アーチ形状パイロン塗替え状況

 図-20を見て何も感じない人は、私のこれまでの説明、景観設計とはどのようなことか、東京国際空港ターミナル地区の鋼製大アーチ・パイロンに施した種々な景観上の工夫とは、などをよく理解していないと私は考える。分からない人を含め、再度、問題を明らかとするために写真-2を示す。
 写真-2は、吊ピースがパイロン全面に設置された、その一部を見上げて拡大した状況である。あのすっきりした外観に、『髪の簪』のような突起が一面に出来たのを見た人の多く、特に景観に興味があり、ランドマークを意識している人に大きな動揺が走った。多分、それらに無関心、景観に興味を持って建造物を見ていない人には、分からないであろう。また、世界的に広がり、今も人類を悩まし続けているCOVID-19によって、東京国際空港に人が集まらなかったことも幸いとなっている。
 供用し始めたインフラストラクチャーは、日々の維持作業、塗装の塗替え、補修・補強など種々なメンテナンスが必要となり、今回取りあげた景観を重視して種々な検討を行った構造物であっても同様である。
 インフラストラクチャーの中には、メンテナンスが原因で初期の外観を変更せざるを得ないことが多々ある。例えば、道路橋の場合、耐震補強、耐荷補強などで新たな部材を既存部材に加えたり、除去したり、形を変えたりしなければならないことが挙げられる。そのような場合、景観に無関心であれば、何も考えずに外観を変えてしまう。景観に興味がある、景観設計を学んだことがある、形を変えることに抵抗感がある、などの場合は、種々な検討を行う。
 図-21は、耐荷補強が必要となった道路橋の事例で、景観を考慮して特殊な補強(補強ブラケットに曲線を使い、密に設置することで連続性を感じさせる?)を行っている。これでも、並行して架かる無補強の道路橋と比較すると違和感を覚える人が多い。


図-21 既設橋梁床版補強事例

 今回の対象は、多くの人が認める、外観を重視しているランドマークである。ここで示した、「簪」のような吊りピースがパイロンに設置されると、美しかったすっきり感は薄れ、異様な姿と映ることから、このままでは外観を醜く変えたとの最悪評価を受けることになる。さて、読者の方々は、図-20、写真-2を見てどう思うであろうか?

 今回の話はここで終わりとし、次回に、当初設計段階の景観への配慮と問題点、景観を変える吊りピースのその後、より美しい外観を求めた塗替え方法等について話すことにしよう。
 これまで掲載した私の連載は、一回完結の方針で取り纏めてきた。しかし今回の話題提供は、手前味噌ではあるが内容が豊富で多岐に渡り、これ以上書くと読者も読むだけでうんざりすると思うことから、私の判断で2回に分けることとした。ここに示す同一のテーマで2回に分けて連載となるので、今回の最終章は「おわりに」ではなく、次回に繋がる「思いもよらぬ外観の変化に動揺が広がる」としている。
 次回は、新たな話題提供も加える気持ちが一杯であるがそれはそれとして、今回の話題提供の先がどのような結論となるのかぜひ楽しみに待っていて貰いたい。
(次回は2022年3月1日に掲載予定です)

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