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-分かっていますか?何が問題なのか-
第60回 景観とメンテナンス(その1)-計画・設計時の景観は重視しても、メンテナンスの時は?-

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2021.12.01

2.景観とメンテナンス(塗装の塗替え)

 新たな構造物を造る時に考えなければならない景観とは何かを考えてみた。我々が目で見て、肌で感じる環境は、一般的に言われる言葉として風景・景色であるが、景観とも表現されることもある。風景・景色と景観の違いについて種々な文献を調べたところ、『景観工学』(鹿島出版会)の執筆者である石井一郎氏(建設省、元東洋大学教授)は次のように述べていた。「風景・景色と景観の区別には特定のものはなく、いろいろと主観的に言葉が用いられている傾向がある。例えば、風景・景色とは環境を感性的に捉えたものをいい、景観とは環境を視覚的に捉えたものという考え方がある。風景・景色とは画筆によって描かれる絵画のようなものをいい、景色とはカメラによって撮影される写真のようなものという考え方もある。また、風景・景色は操作できないものをいい、景観とは操作できるものという考え方もある。大体において風景・景色とは人にとって主観的なものであり、景観とは人にとって客観的なものであるという考え方が多い」と、自然が創り出す風景・景色と人が意識して創り出す景観との差異について説明している。
 要は、景観とは一人称的な主観を離れ、第三者的な立場で客観的に捉える感覚である。また、「景観とは、風景・景色およびこれを構成する構造物をデザインするものであり、夢を形にするものとの定義もある」と、人が構造物を造る際の理念、夢を具体化するのが景観とも思える説明を加えている。

 私が関わった新たな構造物を計画・設計する際の新たな景観創りを行った代表例は、以前お話した臨海副都心を走る『新交通・ゆりかもめ』や多摩川の『丸子橋』などがある。臨海新交通の構造物(インフラストラクチャー)を対象とした景観設計は、東京港の埋め立て地に造る臨海副都心に建築される近代的ビル群、広場などが創る都市空間において、周囲との調和及びコントラストを考え、近代都市に相応しい夢の都市景観を目指した。
 今では多くの人々が利用している新交通の駅舎や走行路、それを支える橋脚等の外形、ディテールや色彩を検討し、決定し採用している。当時の私としては、自らの思いや将来注目される景観となる願いを詰め、夢を具体化するプロジェクト業務であったと言っても過言ではない。
 さて、今回の主題は、景観に配慮して構築された構造物のメンテナンス過程で発生した重大事件とその後に行った処理についてである。より具体的に示すと、国内外の多くの人が利用し、訪れた人々が注目する玄関となる日本の公的空間において、注目度が高い景観を考えて外観、ディテール、色彩を決定したランドマーク・斜張橋パイロンが今回の主人公である。
 実名は敢えて伏せるが、多くの人が見て知っている、東京国際空港ターミナル地区のランドマークである。まずは、首都東京の空の玄関、人が創り出す夢の広場を目指した東京国際空港ターミナル地区の景観設計について、関連資料を基に解説しよう。ここで私が読者の方々に断っておかなければならないのは、私の考えで実名を伏せていることから、資料内で使われている語句や表現について、資料をそのまま引用せずに多少変えたことである。

2.1 東京国際空港ターミナル地区の景観設計
 東京国際空港ターミナル地区(約3200m×600m)の広大な敷地は、図-6に示すように各旅客ターミナルビルを中心とする『旅客地区』、『貨物地区』、『整備地区』の3地区で構成されている。


図-6 東京国際空港の地区割りイメージ(概略)

 東京国際空港の中心となる『ターミナル地区』全体の景観計画から個々の施設のデザイン実施までを行うために、当時東京工業大学教授であった中村良夫先生を座長とした『東京国際空港景観研究会』(以降、景観研究会)が設置された。
 景観研究会の景観検討対象は、ターミナル地区を東西に結ぶ7本の橋梁、すべての構内道路と緑地・広場、さらに交通案内標識、歩行者用サインを中心とした各種の道路附属物に至る、公的空間に設置されるすべての土木構造物であり、『ベイエリアの華』として景観検討している。
 研究会座長である中村先生はターミナルエリアとランドマークとなる鋼製アーチ形状パイロン(以降、パイロン)について、「……つまりこれからの交通空間は、市民の人生の一コマを彩る舞台装置として品位を備えなければならない。その意味でこの巨大なターミナルとそのアクセスは、美しい都市であることが求められた。この都市の内庭に地区のランドマークとなる巨大なアーチ型パイロンを有する斜張橋が誕生した。鼓状に張られる多数のケーブルは、眺める方向によって生きもののように表情を変える。この橋は交通の用に供し、力学的に安定でありながら鋼の詩のような、あるいは巨大なインスタレーション・アートの性格を持っている。もっと自然を、という声もあるだろう。だが人々に媚びるような弱弱しい大都会の草木にはもはや野生の妖しい輝きはない。むしろ、皮肉なことだが、鋼製アーチのような硬質の構成のなかにこそ、損なわれぬ野生の詩情がひそんではいないか。虚空を軽々と舞う鋼のケーブルの緊張のなかに、都市の自然には求めがたい野生の放射を私は感じるのである」と中村先生のコメントから、本論に必要な部分をのみを抜粋し、紹介した。
 私が参考にさせていただいた資料は、巨大なパイロンを中心として創る新たな都市空間の特徴について、分かりやすい語句と挿絵で説明されている。特に、東京国際空港の現在と資料で示されているポイント、イメージパースとを対比してみると、「なるほど、そのような深い隠れた意思が詰まっているのか」と頷く部分が多かった。
 今回の話題提供する鋼製アーチを斜張橋のパイロンとして採用した理由については、「提案された種々な形状の中で『大アーチ案』が最も構造的な合理性を有していること。周辺には多くの景観構成要素が存在するため、空間のまとまりを高めるためには、図-7に示す他の案、『ダブルアーチ案』や『ピラミッド案』と比較して『大アーチ案』のシンプルなデザインが好ましいと判断した」と説明している。


図-7 ターミナルエリアのランドマーク比較案イメージ

 確かに、図に示す「ダブルアーチ案」や「ピラミッド案」を見て明らかなように、両案の籠のようにケーブルが輻輳した外観を採用するよりも、一つの大アーチで吊る、シンプルですっきりした外観を選んだ方が好ましいと私も感じる。
 輻輳した構造を好まない設計理念は、隅田川震災復興橋梁において、アーチの弦材に「ブルースドリブ」ではなく、先を見通せない板材的な「ソリッドリブ」を使った、偉人“田中豊”に通ずるところがある。
 斜張橋の創り出す空間の重要なポイント、大アーチ・パイロンに組まれるケーブルについては、「パイロンとケーブルによって創り出す空間を従来の斜張橋、吊橋には見られない立体的に変化の富んだケーブル景観を与える非常に特徴的なものとして、『鼓の紐のイメージ』」と表現している。ここで、古くから伝わる伝統的な遊び「綾取り」の「紐」のようなケーブル、資料で使われている「鼓の紐」の理解を深めるために、実際に能楽等で使われている「鼓」と、先の景観研究会資料で引用した「鼓」画像とを重ね合わせ、図-8に示した。
 構築物は高さ制限を受ける空港エリアにおいて、大アーチと3次元的に組み合わされるケーブルの創り出す空間は、目新しく、見る者に感動を与えてくれる。景観上重要な位置を占めるアーチ・パイロンについては、「アーチの形状は、その断面形状に関して『菱形』、『台形』、『逆台形』、『アーチ上部にスリットをいれたもの』」など様々な案が検討され、アーチの稜線を強調する形として検討案4つの中から美しいアーチの稜線を強調できる「逆台形」案が選定された。
 ケーブルで吊られている斜張橋主桁の断面形状は、桁下高さが低いことから桁下を通過する車両からの視点を考慮、圧迫感を和らげるように、また、吊り構造としての主桁の薄さを強調するために、飛行機の翼を連想させるような斜めの面を大きく取り、角をアール加工した薄箱桁となっている。
 ここまでの説明が、東京国際空港のターミナル複合体、インフラストラクチャーと建築物の融合体といえる空間を対象に、新たな都市景観を創り出した景観設計の特徴と概要である。特に、今回の主題である大アーチについて中村先生は、「眺める角度で生き物のように表情を変える、鼓状に張られた多数のケーブルと力学的に安定でありながら鋼の詩のような、あるいは巨大なインスタレーション・アートの性格を持たせている」とも述べている。
 さまざまな表現を使って特徴を示している、地域のランドマーク大アーチと桁が創り出すイメージパース図を図-9に示した。


図-9 国内外にない構造と外観のイメージ

 確かに、大アーチは、東京国際空港のランドマークとして多くの人から認知され、空港管内にはない斬新な色彩と外観を誇っていることから、私を含め多くの人がランドマーク・アーチを見ると、日本に、東京に帰ってきたことを実感する。
 東京国際空港エリアで目を引くパイロンの色彩検討は、カラーシミュレーターを使って行われ、決定色としては、赤みを帯びた明度の高い茶色『ラセットブラウン』が選定され、塗られている(図-10参照)。


図-10 ラセットブラウンに塗られたランドマーク大アーチ

 当連載でも以前紹介した、隅田川著名橋整備事業における主要橋梁の色彩検討でも同様であったが、景観研究会においてもカラーシミュレーターが使われ、採用色を決定している。現在色彩設計では主流となっているコンピュータグラフィックス(CG)を敢えて使わなかった理由は、多くの人が一同に会して議論し、判断する手法として、また色彩の正確な再現性などから、CGではなく、カラーシミュレーターが優位であると判断している。古くからのアナログ的カラーシミュレーターと現代のデジタル的コンピュータグラフィックス、どちらが色彩設計に好ましいのかは種々な意見がある。その判断には、当事者でなければ分からない何かがある。フィルムカメラとデジタルカメラの違い、アナログ音声とデジタル音声の違いのように、それを見極める核心の違いかもしれない。次に、本題で私が訴えたいことに徐々に近づく、現在のパイロンについて話を進めよう。

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