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-分かっていますか?何が問題なのか- 第53回 偉人・吉田巖から学ぶ ~為せば成る!七転び八起きの強い覇気と学ぶ力~

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎 氏

公開日:2020.03.01

2.西海橋と新西海橋、新しい橋梁が良いとは言えない

 私が、現在の西海橋と隣接する位置に建設された新西海橋の話を始める前に、興味深い吉田巖さんの西海橋がらみの話をしよう。
 吉田巖さん直筆の『長崎発函館行き』によれば、西海橋開通式の当日、開通式典及び渡り初めに集まったお祝い多くの人々(図-8参照)が渡り始めた時、事もあろうに主構造ブレースドリブ・鋼アーチに面外方向のねじれ振動が発生、急遽交通を止め、人の流れを制限することで振動を抑えたとの記述がある。


図-8  心待ちした西海橋の開通式典に集まった人々

 橋梁の振動に関する事故事例は数多くある。多くの人が知っている事例としては、風による吊橋の振動がある。例えば、米国・ワシントン州のタコマ橋落橋事故で明らかとなったように、風によって橋体がねじれ振動を起こし共振して落橋事故に至ったことは、耐風設計の原点として有名である。
 また、風や雨が振動の原因ではない事例、西海橋と同様な人に関係した振動事例がある。英国・ロンドンのテムズ川を跨ぐミレニアムブリッジ(写真-5参照)は、ある量の歩行者が歩調を合わせた状態で歩行すると横揺れが共振状態となり、橋梁本体が危機的な状態となったことから開通2日後に閉鎖せざるを得なくなった。


写真-5 英国・ロンドンのミレニアムブリッジ(2014.8撮影)

 ミレニアムブリッジは、振動の原因追求と恒久対策の検討を英国内外の技術者(東京大学名誉教授・藤野陽三先生もメンバーであった)を集めて行い、制振ダンパー(写真-5の矢印の先が追加されたダンパー)等を追加することで再供用している。ここに示したように、橋梁の共振現象は、過去から現在まで数多く報告や論文がある。
 しかし、上路アーチの西海橋においても人の通行でねじれ振動が発生し、鋼製アーチが共振状態となったことは初めて聞いたことで、非常に驚いた。それと同時に、完成式典を迎え多くの人々が集まり、喜びに沸く現場で吉田巖さんや所長の村上永一氏は、技術者として冷静に西海橋の挙動を観察、即時に渡る人の歩行と橋体が共振していることを見極めたのは流石である。加えて、開通式典等が混乱なく終えるように、通行者の制限を行うことで共振を抑え、滞りなく行事を完了させたのは行政技術者として超一流の証である。
 これぞ、真の専門技術者、プロフェッショナルエンジニアと吉田巖さんや村上永一氏が言われる所以である。
 もしも私が吉田巖さんと同じ立場であったなら、共振している橋体を見て右往左往し、どうしたら良いのか分からず、現場から逃げ去っていたであろう。こんなことを考える自分が技術者として情けない、難問に凛として立ち向かうより、現場から逃避する策を優先するとは。
 問題が起ればどんな難しい問題でも立ち向かい、問題を解決するために努力するのが真の専門技術者で、現場逃避策を選択する可能性が高い私は、何時まで経っても専門技術者とは言えないし、周囲から評価もされない。結局現在の私の評価は、もっともっと鍛錬が必要な技術者ということであろう。

 その鍛錬が必要な私が今年の1月末に、西海橋(写真-6参照)を訪れた。私は当然のように西海橋上を歩き、重車両が通行している状況下の床組みの挙動や、伸縮装置周辺の衝撃音などを興味深く見て回った。西海橋の現状は床版が多少バタつく感はあるが、予想した以上にしっかりしていて剛性が高いと感じた。


写真‐6 感動した伊ノ浦瀬戸を跨ぐ美しい『西海橋』

 西海橋は、開通後の累積交通や作用荷重の変更などから、主桁の補強やコンクリート床版に鋼板圧着工事を行ったと聞いている。伸縮装置も当初の片持ち式鋼製櫛型タイプ(図-9参照。開通当時の橋面舗装はコンクリート舗装のようだ)からゴム製の伸縮装置に変更されていた。
 65年が経過した西海橋は、私が資料を見て危惧した開通式当日に発生したねじれ振動、人の動きによる橋体の共振の気配は全く感じなかった。私が見た限り、車両通行時の西海橋のハの字に広がるブレースドリブ・鋼アーチの挙動に不安はなく、橋体を構成している各部材の目視外観による診断結果は、西海橋に大きな変状はないように見えた。
 ひょっとしたら、伊ノ浦橋(西海橋)の工事記録には残ってはいないが、吉田巖さんは、鋼アーチに作用する移動荷重と発生するねじれ振動を抑制する、何らかの補強措置を行ったのかもしれない。
 先にも話した西海橋の橋歴版を見た時、私は橋梁技術者のプライドを感じたとともに、昔の嫌なことを思い出した。本稿の最後に、読書の多くが聞きたくはない、何時も連載で指摘する技術者への苦言を、西海橋に関連して呈することとしよう。

 以前にも橋歴版に関して指摘したことがあるが、もう一度私の考えを示しておこう。どうも日本の土木技術者は遠慮深い性格なのか、昔からの慣習なのか、自分の名前を現地に残すことを嫌っている。私は、構造物、特に橋梁の設計・施工に関係した真の技術者の氏名は残すべきと思っている。
 ここからが私の橋歴版にまつわる経験談が始まる。私が関係した橋梁の現場が最終段階に差し掛かった時、私はこれまでのルールを破って橋歴版に関係者の氏名を刻もうと考えた。当然、上司に、関係者氏名を刻む趣旨を含め橋歴版設置について相談することになった。
 私の説明を聞いた上司は、橋歴版に氏名を入れることは東京都の仕様書とは異なっているとの理由で反対された。しかし私は簡単には諦めない。
 一般的な橋歴版(写真-7参照)と氏名入りの橋歴版(西海橋と同様な氏名入り)の違いと設置する効果を説明、折衷案として今までの様式・橋歴版と氏名入り橋歴版の2枚を作り、氏名入りは通常では見えない箇所に設置する案で何とか上司の了承を得た。
 橋歴版の話がこれでお終いなのであれば、敢えて私は話さない。実はこの話には、私が苦々しく思った別の話が付いている。今でも私はあの時を思い出すと腹立たしい。その話とは、上司にこれから刻む関係者の氏名一覧表を説明している最終段階で起こった。
 その時、上司から「俺が妥協して許可した橋歴版だが、設計・施工中に係った所長全員の名前を刻め」ときた。関係工事の最終決裁者は確かに所長であり、すべての最終責任は所長である。しかし、私の趣旨とは異なる、それでは意味がない。
 工事が竣工を迎えるまで本当に苦労し、汗水垂らして励んで成果に結びつけたのはコンサルタントの担当者、請負会社の担当者、行政側の設計担当者と監督員である。であるから、彼らの氏名が橋歴版に刻まれ、住民や利用者がそれを見て関係技術者の姿を思い浮かべるためなのだ。
 指示した上司には申し訳ないが、上司は関係技術者とは誰を指しているのか、本質を全く理解していないのである。工事の決定権者と、現場で汗水たらして苦労した技術者とは大違いなのだ。橋歴版に工事に直接関わった技術者氏名を刻む効果をもう一度整理する。
 担当技術者にとって、自らの名前が橋歴版に刻まれることは、この上ない喜びであり誇りでもあると同時に、手抜きは絶対できないと考える。自らの名前が刻まれ橋歴版を見た技術者は、次の現場でより一層頑張ろう、技術を結集しようなど意欲、モチベーション向上に繋がり相乗効果となる。
 しかし、あの時は違った。名前入りの橋歴版が作られることが決まった途端、真の担当技術者でもない自分の名前も入れてほしいとの嘆願となった。全く呆れてものが言えないとはこのことだ。最終的に私が行ったこと、もう時効であるので公表するが、本物と偽物(歴代の所長の名前を刻んだ橋歴版)を製作し、本物は橋台の踊り場、絵タイルの裏側に、偽物は橋台の下、恥ずかしいので植物に隠すように設置してある。

 ここで私から提案がある。良くテレビのコマーシャルで「地球に残す仕事をしよう」など、土木工事をPRし、多くの優秀な人材を集めようとの考えで放映している画面を見ることがある。放映しているテレビコマーシャルは、見た人に土木技術をおぼろげながら知る手段として考えれば、それなりに効果はあると思う。
 しかしそれよりも、現場に、構造物に、真の関係者氏名を残すように発注者側も、請負者側も変えたらいかがでしょうか。きっと、技術者がプライドを持って仕事に励み、多くの学生も土木工学科を選択するようになりますよ。私からの何時ものお小言はこれくらいにして、本題に戻るとしよう。

 写真-8は、西海橋とほぼ平行に架設されている新西海橋である。私個人の意見として、新西海橋を設計・施工に関係した方々には申し訳ないが、薄いブルー色に塗られた中路式鋼アーチ橋が既にある西海橋よりも美しいとは思えなかった。


写真-8 背景に国の重要文化財(針尾無線塔)が映る『新西海橋』

 私は新西海橋の巨大な輻輳した鋼管ブレースが気になり、周囲の緑豊かな景観から浮き出て異様に見えた。同じような対比する景観が英国・スコットランドのエジンバラにある。それは、本連載でも紹介した、かの有名な世界遺産フォース鉄道橋、フォース鉄道橋の後を追うように架けられた吊橋・フォース道路橋、そして最新の斜張橋・クイーンズフェリーブリッジである。
 私はこれまでの経験から、新しい橋が良いとは限らないと思っている。それは、日本だけでなく、米国でも、英国でも、その他海外には同様な事例が多くある。ぜひ読者の皆さんも、私の話した新旧対比できる橋梁景観を自分の目で見て、考えてほしい。

 もう一つ、新西海橋に関して私の現場での実感を述べる。新西海橋のダブルデッキ下面にある歩道部を歩いている時、大型車が橋面を何度が通過していった。すると、頑強と思っていた新西海橋の橋体が揺れ、伸縮装置周辺からも打撃音が聞こえた。私の経験から、鋼管を使った鋼アーチ橋は揺れる事例が結構あり、揺れることに大きな問題が潜んでいるとは思わない。
 しかし私には、アーチや床組みを支えている部材が細い西海橋の橋面を歩いた実感と最新技術を駆使したダブルデッキの下面を歩いた実感とを対比すると、厳つい新西海橋の揺れが大きいと感じ、何か違和感を覚えた。
 そうなると、何時もの点検・診断技術者の五感が働き、点検の重要なポイントの一つ、写真-9に示すゴム支承を数か所見て回った。写真-9は、新西海橋のゴム支承、橋軸方向と橋軸直角方向であるが、ゴムの変形量や外観の変色などから変状発生の兆しかとも思った。ひょっとしたら、戦後直後の物資難の時代に建設された西海橋よりも、解析技術も材料も進歩した21世紀に建設された新西海橋のほうが、耐久性など性能が劣っているのかもしれない。私の思い違いであれば良いのだが。


写真-9 新西海橋のゴム支承(背景に西海橋がちらっと見える)

 いずれにしても、新西海橋の車両通行時に発生する衝撃音は問題である。参考に新西海橋の諸元をしめす。新西海橋は、主径間が中路式ブレースドリブ・鋼アーチ橋、西海橋公園側がPC4径間連続ラーメン箱桁橋となっている。開通は、2006年3月5日で全橋長620m、幅員20.2m、新西海橋のメインと言われている新技術は、アーチリブの鋼管にコンクリートを充填する方式を採用したということだ。

 本稿のトリに、吉田巖さんと私が通ずる話をして終わりとしよう。
 吉田巖さんが卒業論文『伊ノ浦瀬戸における無鉄筋のアーチ橋梁の高度な応力計算』を取りまとめる際、米国の鋼アーチ道路橋の設計資料を入手し、それを参考に設計したとの記述があった。
 今回、私が西海橋に行って、木製の遊歩道を歩き、西海橋の側面や橋体を間近に見て、私の記憶の中で「何処かに似た橋があったな」と思い、記憶をたどってみた。上路式の鋼アーチ橋は世界に星の数ほどある。私が行った中で上路式の鋼アーチ橋を見て、感動したのは確か米国だった。そこで私は西海橋の写真と対比し、過去に自分が行った米国の種々な地域、特にアーチ橋の資料や現地で撮った写真をひっくり返して調べた。
 あった。今から20数年前に行ったニューヨーク州・バファローのナイアガラ川を跨ぐ著名なレインボーブリッジ(1941年11月完成・Architect Richard Lee設計)が酷似している。写真-10は、私がナイアガラの滝周辺とカナダ・オンタリオ州に行った時に撮影したものである。


写真-10 米国・ナイアガラ川を跨ぐ美しい『レインボーブリッジ』

 私の記憶だけでは、吉田巖さんの記録にある西海橋のお手本がレインボーブリッジであるとは言い切れない。そんなことを思い出しながら本稿を書いている時に、決め手となる資料を入手した。それは、前述の太公望・谷倉さんからお借りした非売品の書籍(『長崎発函館行き』:吉田巖執筆)である。
 お借りした『長崎発函館行き』を読み進むうちに、頭の中の霧がスーと晴れる記述を見つけた。吉田巖さんは、「伊ノ浦橋を設計するときに参考にしたのはこの橋であり、またこの橋しかなかった」とレインボーブリッジの記載があったのだ。
 私の見たナイアガラ・レインボーブリッジは、吉田巖さんが辞書を引き引き設計を紐解き、苦労して取り纏めた伊ノ浦橋設計のベースとなった橋だったのだ。ナイアガラのレインボーブリッジは上路式ソリッドリブ・鋼アーチ橋、西海橋は上路式ブレースドリブ・鋼アーチ、リブ形状の違いこそあれ、似たもの同士、確かにレインボーブリッジと西海橋はとても良く似ている。そして、双方とも多くの人に感動を与える、地元住民ご自慢のランドマーク、美橋である。
 今回は、読者の多くの方々に私の尊敬する偉人、吉田巖さんを思い出していただきたい強い思いで、長々と書き綴った。書き終えた私は、天国に行かれた吉田巖さんが私の取り纏めた文章を読んで、「髙木君の橋梁に関する技術レベルも少し上がったな」と評価してもらいたい願いでいっぱいである。最後に、ありがとう!吉田巖さん。

参考文献
1.生産技術研究所10年の歩み 福田武雄 生産研究
2.今、第二工学部を回顧するのは 尾上守夫 2012.12.9
3.東京大学第二工学部土木工学における教育と環境
 泉知行 中井祐 景観・デザイン研究講演集 2007.12
4.景観デザイン規範事例集 国総研資料第433号 H20.3
5.鋼橋技術の変遷(座談会)
 阿部英彦、伊藤学、大橋昭光、川田忠樹、下瀬健雄、長谷川
 社団法人日本橋梁建設協会 2010.5.21
6.土台を支えた會川正之の技術 横河橋梁八十年史
7.長崎発函館行き 吉田巖 1996.2.14
(2020年3月1日掲載、次回は2020年6月1日に掲載予定です)
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