⑤過去に実施した床版補修工事の失敗!?事例
若手・中堅インハウスエンジニアの本音 ~マネジメントしつつ専門的知見を得ていくために~
愛知県東三河建設事務所
道路整備課(事業第三グループ)
宮川 洋一 氏
工事完了後の経過観察の報告
5年後の点検結果
工事施工約5年後(平成24年)に実施された橋梁点検では、床版の張り出し部、排水管の埋込み周辺に0.2mmのクラックが確認されている。この他の箇所にクラックは確認されていなかった。点検結果の判定区分はⅡ(予防保全段階:構造物の機能に支障が生じていないが、予防保全の観点から措置を講ずることが望ましい状態)とされていた。
10年後の点検結果
約10年後(平成29年)に実施された橋梁点検では、先の部分以外にもクラックの発生箇所が増加していた。5年~10年の経過からは劣化が進んでいるようにも見えるし、5年前の点検時点で発見されなかっただけかもしれない。点検結果の判定区分は5年前と同じくⅡとされていた。
10年後の点検調書損傷図抜粋
再劣化部分10年後と5年後の比較
写真からはクラックより水分がしみ出た痕跡が確認されている。これがいつ発生したのか、これから劣化が進行するのかはわからない。ポリマーセメントモルタルの付着力、材料特性、第一鉄筋の裏側までを置き換え一体化させた効果に期待するしかない。またこれをいつ、どのような形で再補修を行うのか、行わなくてもよいのか、それとも打替えるべきなのか、判断は難しい。今後も経過観察を続けていく。
原因の考察および反省点
設計業者、施工業者とともに当時最善を尽くして設計・施工した補修工事が、今ここで「何ら心配ない」とご報告できないことが残念でたまらない。考えられる要因を以下に挙げる。
(1)劣化部分の完全な除去と新旧コンクリートの一体化について
① 上面補修において、工事発注前に十分に調査し、明確な判断基準により、補修工法および施工範囲を決定すべきであった。
上面補修では事前調査を施工業者の試掘としたが、舗装を剥がしたところで、床版コンクリートの土砂化が確認され(今では常識かもしれないが)、当時は「なぜコンクリートがこんなことに!」と衝撃だった。最新の知見などをじっくり検討する余裕がなく、劣化部と健全部の把握に目視と反発強度で判断したが、劣化部の完全な除去と新旧コンクリートの一体化に十分な配慮ができなかったのかもしれない。
新旧コンクリートの一体化については差し筋やショットブラスト、接着剤などを使用すべきであったと今は思う。過去の床版上面増厚工事において、新旧コンクリートの一体化に不具合が判明した事例があったことから、現在では、新旧コンクリートの一体化に接着剤を使用するのが一般的となっている。
劣化部分の除去については、下面施工と同様、全面的に除去範囲を深くし、例えば一律第一鉄筋の裏側以上まで施工すべきであった。工期や当初発注に対する増額契約の上限3割をにらんでのこともあり、思い切った決断ができなかった。
② 施工中の交通振動や、やむを得ず施工機械を橋上に配置したことも影響したか。
合成桁であることに配慮し、床版を全面施工でなく、パネルごとの部分施工としたが、施工中の一般車両解放や施行中の機械配置の影響まで、設計段階において配慮できていなかった。
③ 補修工法だけでなく、補強的工法を併用すると良かったか。
断面修復工法ではジャッキアップをしない限り応力状態は元には戻らない。下面補修においてメッシュ筋や繊維シートを埋込むなど補強的工法を併用すると良かったか。
(2)設計方針の選択自体に無理はなかったか
合成桁の床版に対し、片側通行を確保したまま、部分施工として断面修復を実施したこと。あるいは既設コンクリートにも健全部が存在することを前提とし、コンクリート強度の低い劣化部分を上下からの施工により除去し、品質の良いコンクリートに置き換えるという設計方針に無理があったのか。既設床版200mmのうち、上面から100mm、下面から100mmを施工し、既設床版を完全に置き換える方法(フランジ上は無理だが)の方がよかったのか。
不明なことに対しては、解析、試験施工や実証実験も必要である。ただ、研究機関を持っていない地方自治体において即時対応を迫られる地方出先機関では費用や時間的余裕がなく、実施は難しい。
10年前の補修工事の決断が正しかったのか。あの交通状況が続くのであれば「補修しなくても使い続けられたのかも!?」なんて疑念も生じる(これは結果論)。あれから補修技術もノウハウも向上した。補修工事の品質確保の重要性を鑑みると今なら通行止めをして床版を完全に打ち換える方法ももっと現実的に考えるべきだったのかもとも思う。筆者に今できることは報告することしかできない。
以降の工事ではこれまでの反省点や最新の知見を踏襲し改善を図ってきた。これらについてもいつか報告したいと考えている。
おわりに
先日参加した別のシンポジウムでは、既設床版コンクリートを対象とした非破壊検査の評価研究の講演を聴いた。大学教授による研究技術段階であるが、床版内部の健全度までかなりの精度で評価が可能となる未来がすぐそこまで来ていることを実感した。正直言って衝撃的であった。10年前にこの技術が確立されていればと残念に思った。
NEXCOや高速道路公団などでは、ここ数年、床版の更新工事が盛んに行われている。いずれは地方自治体にもノウハウが伝わって来ると思われる。これらを大いに参考にしたいが、それらをそのまま当てはめるのではなく、地方自治体の橋梁を管理する技術者がこれらをかみ砕き、咀嚼し、自らの管理状況や管理技術に、また地元施工業者でまかなうことの出来る範疇にみあった最適な工法を選択せねばならない。
現在筆者は10年前の職場にいるわけでないが、本橋の点検結果は橋梁台帳システムに登録されており建設部職員なら見られる。これは良いことだ。ただ施工当時の品質管理の資料を旧所属で探し出すことができなかった。以前にも言及したが、橋ごとの「カルテ」ともいえる補修・補強工事履歴のデータ整理が必要と考える。(これらが点検データとともに大事なものであることは自分事として考えれば誰でもわかると思う。)そしてこれらをもう一歩進め、オープンデータ化してWEB上で誰でも見られるようになるともっと良いと思う。現状を知ってもらい、外部からの良いアイデアの提案や、改善、民間の新技術・新工法開発の促進を期待できるからだ。
補修や補強を繰り返し行ってきた橋梁について、どの時点で費用をかけて更新するのか。簡単に更新と言ったが、具体的にどの橋梁のどの部分を先に行うのか。あるいは撤去するだけで多額の金を使わざるを得ない「負の資産」と化する状況において、「重大な決断」を迫られる事例も出始めている。
本来、追い込まれてからの「重大な決断」はすべきでなく、それに至る前の修正可能な小さな決断にとどめるべきである(小さなトライ&エラーが大事)。
私たちにあまり時間は与えられていない。しかも、技術力、財政力、実行力のある国や公団などに比べ、老朽化した構造物を抱える地方自治体、とりわけ市町村に「その時」は最も早くやってくる。とにもかくにも、専門家として地方自治体の技術職員にそれらの判断が付託されている以上、私たちはこれに応えていかねばならない。
税金を使う公共事業として、地方自治体の公共財産をメンテナンスするだけでなく、更新する、新設することもバランスよく配置された業界全体の技術力維持も含めた「あるべき姿」を、建前だけでなく、実態を伴った真正面からの議論が必要と考えている。自治体の地方機関は政策実現のため箇所指定された配分予算を確実に執行する機関でもある。巷では公共事業のフロー効果や地元を支える予算分配が、検証もされず、まるで悪者のように扱われている気もする。また今は脚光を浴びている構造物のメンテナンス部門であるが、効果の見えにくい地味な予算は削減され、先延ばしにされていく傾向にある。そしていつか問題は顕在化する。
筆者は近年、規制緩和(手引き、マニュアル、前例など)や、現場の最前線における改善の工夫やアイデアなどを「判断、提案できる人材」も有効な投資の一つであると考えている。しかし現場管理の最前線である維持管理課の職員も山のような書類を審査し、地元からの苦情を対応し続けるなかに、現場最前線発の柔軟な発想を、規制緩和のアイデアを実行段階まで強いるのは酷な状況かもしれない。
私たちに与えられた仕事は「公共資産のあらゆる方面における価値の最大化」と考えている。
(2018年9月1日掲載)