道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ㉙愛着のある橋が『世界遺産』になること

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.09.01

はじめに

 今年の夏は何かおかしい。世界各地の気象情報や出来事を見聞きしていると、私の勘では地球が想定外の方向に向かっているような気がしてならない。例えば、ヨーロッパ各地に現れた『津波雲』、北米の『砂漠化』、パナマの『洪水』、繰り返し発生する猛烈な『ハリケーン』や『台風』など異常現象は年を追うごとに増加の一途をたどっている。
 一方、国内では雷が落ちたり、雹が降ったり、ゲリラ豪雨になるなどで多くの子供たちが心待ちにしていた花火や夏祭りが中止となり、期待外れの夏休みとなった人が多いと思う。『隅田川花火大会』もしかり、『多摩川花火大会』……全国各地の多種多様なイベントを見て聞いて、今年の夏は祟られた年だなと感じている。しかし、豪雨や竜巻などで被災した方々には申し訳ないが、暑い夏、花火、夕涼みと言えばやはり河川、土手に座ってゆったり気分でビールなどを飲みながら、夏の夜空に上がる花火を見上げてくつろぐのは最高と思っているのは私だけか。
 そんなのんびりムードの空間に相応しい背景として必要なのは、やはり絵になる「橋でしょう!」と私は思っているが、読者の方々は如何ですか? そんな幸せムードは髙木さん、貴方だけですよ、と言われてしまえばそれまでだが。
 しかし、そんな心安らぐ気分を壊すわけではないが、私が今まさに訴えたいことは「日本の橋にはロマンがない!」である。なぜだろう、多くの人々に愛され続ける、真に愛着を持つ橋が少ないからなのか。だとすると、ローマは一日にしてならず、今この時から、長く愛される絵になる建造物、文化遺産創りに社会を変えていかなければならない。これまた私がよく言うことではあるが、新しい橋を造るのも良いが、古き良き橋を守る心が数多くの技術者にない限り、人々が橋を文化遺産として認めることは至難の業となる。

 さて今回は、私が以前から思っている世界遺産、それも橋を文化遺産とすること、そして橋が文化遺産になった以降の取り組みについて、メンテナンスを含めて持論を述べることとしよう。
 橋が文化遺産として衆人に認められるのは結構難しい。その理由は、文化遺産対象とする橋が時代の節目にあたるとか、新たな時代を築く起点や象徴となるなど多くの人々が公正にその価値を認めなければならないからだ。であるから、対象となる橋のデザインが美しいだけでは文化遺産として認めがたい。
 我々が住む地球に残さなければならない遺産としては、文化遺産、自然遺産そして複合遺産に大別される。橋を対象として考えると、文化遺産に該当し、国内では重要文化財、最終目標は世界遺産となる。それでは、世界的に貴重な遺産として認められること、世界遺産について選定基準とその後の扱いついて考えてみた。

 世界遺産としての選定基準は、
①人類の創造的才能を表現する傑作。
②ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
③現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
④人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
⑤ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
⑥顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの。
⑦ひときわすぐれた自然美および美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。
⑧地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。
⑨陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。
⑩生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。

 上記10項目のようだが、時代の変遷とともに選定基準も見直されるそうだ。さて、私が話題として提供する橋を対象として考えてみると、①、②、③、④、⑥、⑧あたりが世界遺産の選定基準として該当しそうだ。

 ここで、私の記憶を基に既に世界遺産に登録されている橋を調べると、(イ)アイアンブリッジ(イギリス・イングランド)、(ロ)アレクサンドル3世橋(フランス・パリ)、(ハ)サン・ベネゼ橋『別名、アヴィニョン橋』(フランス・アヴィニョン)、(ニ)スタリ・モスト橋(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、(ホ)セーチェーニ鎖橋(ハンガリー・ブタペスト)、(ヘ)ソコルル・メフメト・パシャ橋(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、(ト)ドン・ルイス1世橋(ポルトガル・ポルト)、(チ)ビスカヤ橋(スペイン・ビルバオ)、(リ)ヴァンヴィテッリの水道橋(イタリア・カンパニア州)、(ヌ)ポン・デュ・ガール(フランス・ガール県)、(ル)ポントカサステ水路橋(イギリス・ウェールズ)、(ヲ)ポンヌフ(フランス・パリ)、(ワ)モーガル川の橋(イタリア・ローマ)、(カ)リアルト橋(イタリア・ベネチア)そして、今回私が話題を提供するフォース橋(イギリス・スコットランド)の15橋が該当する。

 ここにあげたいずれの橋も世界遺産に相応しく、それぞれが個性的で建設された時代を見事に映し出している真の名橋である。世界の数多くの人々がここに挙げた世界遺産を見に、肌で感じにその地を訪れるのは何故であろう。私と同じように心が安らぎ、得られるものが多いからだと思うが。それでは、世界遺産のメンテナンスについて鋼橋を題材に考えてみよう。
 アイアンブリッジはさておき、セーヌ川に美しいフォルムを映し出すアレクサンドル3世橋、道路と鉄道併用の2層構造のドン・ルイス橋、鎖橋として有名なセーチェーニ鎖橋、ゴンドラを使った運搬橋として有名なビスカヤ橋、そして今回話題とする現役鉄道橋『フォース橋』など金属製の橋は、いずれも代表的な変状、腐食を抑えるように物の見事にメンテナンスされ、初期の外観を保つような種々の努力の痕跡を現地に行くと目にすることができる。
 私が何時も話すことで読者の多くは飽き飽きしているとは思うが敢えて言おう、国の重要文化財を崩落間際まで放置していたどこかの国と、世界遺産として指定を受け、それを自国のプライドとして大切に扱っている海外の国とは、メンテナンスする技術者もそれを厳しく見守る国民の考え方にも大きな違いがあることを分かってほしい。

 私が以前紹介したが、東京・隅田川に架かる著名橋『清洲橋』『永代橋』『勝鬨橋』の3橋は国の重要文化財指定を受けるために5年もの歳月を費やした後、重要文化財指定を勝ち取った。私の喜びは最高域に達し、記念碑建立、知事による異例の銘板への揮毫、そして記念式典開催と相成った。
 しかし、記念式典開催の最中、私の脳裏を横切ったのは、なぜか私の抱いている重要文化財3橋への愛情を、正しく継いでくれる行政技術者が何人いるのかという不安であった。その思いは今も決して変わることはない。文化庁の文化財担当の方に、先に示した3橋の重要文化財指定が決まり、記念式典の案内状を持参した時、「国の重要文化財、次は国宝、そして最終目標はアジアで一番乗りの世界遺産指定ですね、頑張りましょう」と私自らがその時口にしたことは、一生忘れない。

 さてここで、今回、話題として提供するイギリス・スコットランドのエジンバラの市街地から西に9マイルに位置するフォース湾を跨ぐ『フォース橋』について話を始めよう(図‐1、図‐2参照)。

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