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堺高架橋、住吉橋などの補修、架け替えも着手へ

国土交通省近畿地方整備局大阪国道事務所 淀川大橋のリニューアルが進捗

国土交通省
近畿地方整備局
大阪国道事務所
所長

有田 幸司 氏

公開日:2018.02.26

 大阪国道事務所は、昭和33年に開設された「老舗」の事務所である。開設当初は改築事業も所管していたが、業務量の増大によりそちらは浪速国道事務所に移管し、現在は大阪府下の直轄国道の管理業務のみを担っている。といっても管内には大阪府から移管された古い橋梁も多く、老朽化対策は喫緊の課題だ。淀川大橋では近畿圏の直轄国道で初めてとなる大規模リニューアルに踏み切ったほか、堺高架橋はASRの抜本的な対策、住吉橋では架け替えに着手している。そのほか、管理の広範な話題について有田幸司所長に聞いた。(井手迫瑞樹)

10路線延長208.5kmを管理
 大阪府下の国道1、2号は大阪府が造った部分も多く残る

 ――管内概要から
 有田 当事務所は大阪府内の国道1、 2、25、26、43、163、165、171、176、481号の10路線の延長208.5kmを管理しています。
 事務所は昭和33年に開設されましたが、当時の道路法の改正(いわゆる指定区間制度の創設)があり、国も道路の新設・改築・管理に携わることになり(その前は国道の新設やも改築は原則として、管理は全て都道府県知事の所管(※昭和27年度制定の新道路法))、大阪府から移管された道路の管理と改築事業を担うことになりました。そのため当事務所が管理している道路の大半は、国道1、2号の古い部分を中心に大阪府が造ったものです。
 昭和40年代に入ると当事務所の仕事が大幅に増加し、さらに昭和45年に大阪万博が決まり、大阪府内の全ての土木工事が激増しました。国鉄の山陽新幹線延伸、阪神高速や近畿自動車道の建設も進みました。大阪府も多忙になり、仕事の一部を国の仕事に振り替えたこともあり、当事務所だけでは対応できなくなり、昭和43年に浪速国道事務所と分離しました。浪速国道事務所は道路管理を担当しない、新設事業専門の事務所になっています。それ以降は浪速国道が建設した道路も引き継いで管理を行っています。
 ――管内には相当古い道路がありますね
 有田 大正時代に完成した道路もあります。大阪府と兵庫県が建設した阪神国道(現在の国道2号)は大阪市の梅田新道交差点から神戸の三宮(神戸市役所前)までが現役です。その当時、一番難工事だったのが後でも紹介しますが淀川大橋です。同橋は大正15年に大阪府が建設しました。
 昔は、国道1号も現在は府道になっている京都守口線でした。戦後、大規模バイパスとして枚方バイパスを大阪国道事務所が建設して、旧1号から現在の新1号に変わりました、その後、淀川沿いに寝屋川バイパスをつくった。その当時は阪神高速の守口線と向かい合う形でそのまま走ると守口線に乗る設計で建設しました。バイパスは国が建設し、最初は大阪国道、途中から浪速国道の担当に替わりました。
 国道171号は万博の前の昭和40年代に移管され、もともと大阪府が産業道路として整備していました。幅員が18m前後と決まっていて、当時から4車線で整備されていましたが、交差点での右折レーンがなく、渋滞を考慮されていなくて、その渋滞解消に現在ようやく取り組んでいます。長年の懸案の1つとして高槻市の八丁畷交差点(国道170、171号と大阪府道79号線の交差点、渋滞で有名だった)がありましたが、昨年の6月末に交差点改良が完了し、渋滞が解消しました。交差点が広くない箇所は未だ残っているため、その改良を行っていきます。
 ――他の路線を国道25号から
 有田 奈良県に抜ける国道25号は、元々は大阪市と奈良市を結ぶ国道でした。昭和30年代後半に名神高速道路を建設するに際し、奈良県側も並行した道路の必要性が指摘された結果、新たに国道25号(名阪国道)が建設されることとなり、現在の四日市市を起点とし大阪市を終点とする国道に変更されました。国道25号は東名阪と西名阪という二つの有料道路に挟まれていますが、中間部の国道25号が直轄となったわけは、東名阪と西名阪は名古屋と大阪の近くで有料道路として採算が取れるが、その間はなかなか採算がとれないとみられたためです。御堂筋も実は25号で、1号と2号の分岐点は梅田新道になります。
 ――国道26号は
 有田 国道26号は歴史的経緯が複雑で、もともとの国道は現在、海側を走っている府道204号堺阪南線でした。近畿圏整備計画に位置づけられて、大阪と和歌山を結ぶ国道という意味で、第二阪和国道という名前で26号と交わらないバイパスをずっと建設を進めてきましたが、このほど平成29 年4月1日に起点の堺市宿院から和歌山まで一部暫定2車線で全線供用しました。
 昭和57年に海側の道路の一部を大阪府に戻すことになり、第二阪和国道とのつなぎ部分(堺市のフェニックス通り)が直轄の指定区間に入ることとなりました。おもな構造物としては、堺高架橋や住吉橋などがあります。
 ――国道43号は
 有田 大阪府と兵庫県がつくったのは国道2号(阪神国道)ですが、国道43号(第二阪神国道)は国が建設しました。昭和32年に開設された改築専門の阪神国道工事事務所(現在は廃止)が大阪港と神戸港を結ぶ産業道路として整備したものです。それが直轄で残っていて、大阪府の範囲は短い距離ですが、橋梁が多いことと、阪神高速が上に走っているなど道路としては複雑な構造になっています。兵庫県内(神戸区間)はほとんど直轄施工(直営)で、昭和37、38年ごろからの大阪府内は請負施工になっています。
 ――国道163号は
 有田 大阪市から奈良方面へ向かう国道で大阪市内の梅田から、守口市、寝屋川市、四条畷市を通る国道です。奈良県に入ってからは北部の生駒を通り、京都の精華町から木津へ向かいます。関西学研都市ということでこの地域一体は、関東における筑波のようなイメージで開発を進めています。163号は最終的に24号と接続する個所(木津川市内)までを直轄管理としています。
 ――国道165号は
 有田 大阪府内は、概ね国道25号と重複しており、当事務所では柏原市内の3.1kmの管理のみ所管しています。165号全部が直轄ではなくて、24号との接続箇所(橿原市内)までが直轄でそこから東は奈良県管理区間となっています。24号を含めて大阪の外回りの国道に対して、ぶつかるところまでを直轄としたものです。
 ――国道176号は
 有田 京都府の宮津市から福知山市次いで兵庫県内を通って、大阪市北区に至る長い国道です。大阪市内は大阪市が管理しており、当事務所は大阪市外の豊中(神崎川右岸)から大阪府・兵庫県境間12.3kmを所管しています。
 ――国道481号は
 有田 阪和道の上之郷ICから関西国際空港にむけた道路で、26号より海側だけが直轄指定区間になっており、当事務所が管理しています。それ以外は大阪府の管理です。上に高速道路があり、その下を並行して通っている国道です。関西空港の供用時に、すべての道路管理者が力を集めて短期間で道路をつくるということで、大阪府、道路公団、国の3者共同で建設されました。26号の交差点から府道(旧26号)の間までの1.6kmを国が管理しています。

管理橋梁数は456橋 1970年代(万博関連)が第一のピーク
 15m未満が191橋の一方で100m以上も105橋

 ――さて、管内構造物の内訳は
 有田 2m以上の橋梁を456橋管理しています。橋種別では、PC橋が110、RC橋が188、鋼橋が107、混合橋が51となっています。供用年次別では、1930年(昭和5年)以前が6橋(淀川大橋を含む)、1940年までが22橋、1950年までが3橋、1960年までが4橋、1970年までが83橋、80年までに69橋、90年までに50橋、2000年までに13橋、2010年までに128橋などとなっています。2000~2010年の128橋は第二京阪の側道としての国が管理する道路です。第二京阪道路は平成22年に完成しましたが、その側道を2車線もしくは4車線の国道として整備し、国道1号のバイパスとして管理しています。また、第二阪和も部分ごとに供用していて、それも含まれている。70年代までが43号や171号などの万博関連、80~90年が第二阪和の南伸となります。
 延長別では、溝橋もカウントしている関係もあり、15m未満が191橋、道路台帳では15m以上が橋梁ですが、ここでは2m以上のものです。100m未満が160橋、200m未満が36橋、300m未満が22橋、400m未満が12橋、500m未満が10橋、600m未満が7橋、700mが5橋、800m未満が4橋、900m未満が5橋、900m以上が4橋となります。


橋梁の各種円グラフ(左:橋種別、供用年次別、右:延長別、路線別)

(大阪国道事務所提供、以下注釈無きは同)

 ――供用年数の長い橋や長大橋が多いですね
 有田 古い橋をピックアップすると、国道2号の歌島橋(橋長30m、RC、1924年供用)、神崎大橋(220.1m、混合橋、1926年)、淀川大橋(724.5m、鋼、1926年)と淀川小橋(33.5m、混合橋、1926年)が大阪府により大正時代に建設されています。阪神国道の供用に合わせたものです。次いで昭和初期には国道163号の蔀屋橋(4.7m、RC、1929年)、国道1号桜宮橋(188.8m、鋼、1930年)が供用されました。通称の「銀橋」で有名な同橋は、御堂筋と同じ都市計画構想のもとで建設されました。関西建築界の父と呼ばれる武田五一が設計をした橋梁としても有名です。
 橋長が長いのは堺高架橋(2,876.4m、混合)。第二京阪の交野高架橋(上り1164.3m、下り1157.7m、PC)、阪神高速につながる国道1号守口高架橋(1070.1m、混合)、国道43号の安治川橋(886m、鋼、JHが昭和44年建設)などがあります。

 ――トンネルの内訳は
 有田 数は少なく、管内のほとんどが平野なので府県境あたりか、もしくは街中の人工的なものしかありません。合計16本で、NATM工法が6本、開削工法が10本となります。在来工法は1本もありません。供用年次別は比較的新しく、90年以前が3本、第二京阪や清滝道路の2010年以前が10本、第二阪和の関係で直近が3本となります。供用年次が一番古い泉南トンネル上下線でも1983年の供用です。延長で一番長いのが清滝第一トンネルの1,115mとなります。(詳細は左表)

1960年代はⅢ判定が約4割

 ――点検を進めてみての橋梁の劣化状況は
 有田 幸いなことに判定区分Ⅳはありません。1960年以前では35橋ありますが、約4割が判定区分Ⅲとなっています。1970年まででは83橋のうち、29橋が判定区分Ⅲ、80年まででは69橋のうち13橋がⅢで、それ以降では、209橋中6橋がⅢです。昭和30年代後半から40年代は、鋼重ミニマム、すなわち工数がかかってもとにかく薄く軽くつくる設計をコスト面から合理的とする潮流だったので、痛みが目立つ構造物が多いと聞いていましたが、必ずしもそうではありませんでした。


橋梁の損傷状況

 ――NEXCOなどですと、ポンプ圧送の技術が確立されていなかった70年代の橋の劣化が進んでいますが、古いPC橋、コンクリート橋が意外と劣化が進んでいません
 有田 手をかけられたとか、材料を選べたなど、いろいろな理由があったと思いますが、割合がほかの年代と比較しても変わりませんでした。
 ――損傷状況は
 有田 鋼橋では疲労破壊が目立ちますが、基本は水による劣化です。橋脚も含めて、水みちにあたるところがコンクリート橋も鋼橋も損傷が進んでいます。

国道43号は早期に疲労対策施した効果が出ている
 桁の遊間や支承周りに損傷が出ている

 ――重交通による疲労損傷や、床版防水を昔は実施していないことでの床版の劣化は
 有田 大阪国道では疲労により、鋼床版に著しい損傷が表れているような橋梁はありません。最も重交通なのは国道43号ですが、そこでも損傷はありません。というのも国道43号は昭和50年代損傷が非常に多く見つかっており、そこで補修工事を施したためです。また、阪神高速道路の湾岸線が開通した時点で、国道43号を通過する大型車交通量は半分になりました。これも荷重の改善に大きく影響しています。
 堺高架橋という特殊な橋を除けば、わりと平地に架設できていて、橋の本数は多いですが、重交通のところにあまり橋はありません。さらに、阪神大震災で損傷を受けた橋梁はすべて補修補強をしています。
 ――鋼床版の橋はあまりないのですか
 有田 国道43号にありますが、全体的には少ないです。疲労破壊や振動によるものはあまりありません。
 ――では損傷している部位は
 有田 桁の遊間部や沓座付近に水の影響が出ています。飛来塩分での損傷で顕著なものはありません。


橋梁の損傷状況写真①鋼橋


橋梁の損傷状況写真②PC、RC橋

トンネル 顕著な損傷は見られず

 ――トンネルの損傷は
 有田 トンネルは泉南トンネルで壁面にひび割れが発生していて、今年度に補修工事を行っています。ボックス形式のトンネルですので、打継ぎ目にでる通常のボックスのひび割れです。水の染み出しが原因とみられます。比較的新しいトンネルが多く、顕著な損傷はまだ出ていません。


トンネルの損傷例

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