道路構造物ジャーナルNET

第96回 災害対応

民間と行政、双方の間から見えるもの

植野インフラマネジメントオフィス 代表
一般社団法人国際建造物保全技術協会 理事長

植野 芳彦

公開日:2024.01.19

3.インフラメンテナンスと災害は?

 耐震などの災害因子と老朽化因子は違うものがあるが基本的には一緒である。今回の被災状況を見ても考えさせられた。世の中において緊急時に無いが初動で必要なのか?それは、「判断である」被災した場合も、老朽化による劣化でも、一発目に、安全に「使えるのか?使えないのか?」「使ってよいのか?だめなのか……」の判断ができることが重要である。技術者とすればそれができるようにならなければならない。もちろんそれには責任が伴う。判断力と決断力と腹が座っていなければならない。

 もちろんそれは自分の経験と実績に売らず消されていなければならず、いい加減な判定は、日々戸を危険にもさらすことになる。良く世の仮名で感じられるのが、「分析しなければ」とか「データが足りない」と言うことであるが、それは常時の発想である。緊急時には緊急時の対応が求められ牛、技術者としてそれをしなければならない。

 これまで10年間「点検点検」と言ってひび割れを一生懸命拾ってきた。そのひび割れで、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと判断して評価してきた。ひび割れ損傷図を一生懸命書き、劣化具合がどうのとか縁がだとかASRであるとか言ってきたわけであるが、結果的に、その後の補修で行き詰っている。維持管理とは点検して終わりではない。補修を行い、追跡調査をしながら次につなげていかなければならない。そして最終的には撤去更新までが維持管理であるはずだが、現在は点検さえしていればよいような風潮になっており危険である。


橋梁下部工の点検(年寄りは、冷えるのでボートの乗ってます)

 そしてこの補修方法に関する評価ができていない。これは片手落ちである。何をどうしたらよいのかわからない状態である。無理やり補修設計や提案があり補修を実行するが早期再劣化が有れば、補修したのが無駄になる。マネジメントと言うことで、点検結果のデータ分析なども行われているが、本当に今必要なのは確実な補修技術である。富山市においては北陸SIPの先生方と、「補修オリンピック」と言う物を5年前から始めている。これは、補修技術が進まない中富山市のフィールドを使って、実証してもらい、先生方の評価も得ながら、活用したいと考えて実施している。まだ間これは継続して新たな技術を募集しながら実施していきたい。そしてこれを行うことにより、様々な技術を職員にも勉強してもらうことこそが重要かと考えている。これも、私が富山に赴任した際に、補修技術の実績が少ないことに鑑み、富山市のフィールドを積極的に開放することを市長に申し上げて許可を得たものである。協定さえ結んでいただければフィールドはお貸しする。

 耐震に関しては本来、地方道を除いて終わっていなければいけない。しかし終わっていない。そもそもが、何をどうしたらよいのかわかっていないのではないだろうか?現場に出た時に自分の管理物のほかに他者の管理物も目に入るがどうもおかしなものがある。耐震は難しい。きちんと理解できている人は少ない。私の見立てでは、耐震設計や動的解析をきちんと理解できている技術者は一握りである。

 今回の震災では富山は5強であった。構造物への被害は少ないが、液状化が結構出ている。個の液状化に関しても阪神大震災の時に出てきて、その後東日本大震災でも出てきて被害が出ている。厄介なしろものである。まず対処法が思い浮かばない。構造物を造る前であれば薬液注入や、サンドコンパクション等の方法がとられるが、既存の物のは、どうしょうもない。結局は埋め戻すしかないのか?被害は道路や住宅地に多いのも厄介である。土地の性質と言ってもよいのだろう。

 私は個人的に、インフラメンテナンスや、災害に関しては学術的に攻めていても解決は、しないと踏んでいる。実際にどう判断し実行するのか?である事象は現場で起こっているのである。昔の刑事ドラマで「事件は現場で起こっているんだ!」と言うのがあったがまさに、これらも現場で起こっていて何よりも対応に時間がない。市民や国民はそれほど待ってはくれない。

 成熟化社会になってきた今、まずは新設の構造物はきちんと作ることである。その時に、耐震性はもちろん、維持管理性も考慮する必要がある。理論的にだけではなく、ディテールなども重要である。いまだに脆弱な構造物を造ろうとしているが、設計思想の転換も必要である。

 さらに、老朽化や災害などがあった場合に、一番重要なのは「使って大丈夫か?」である。これを判断できる人間または技術が最重要になる。しかし、あまりこれは語られない。緊急輸送路にしてもこれが重要である。十分な対策そして判断。さらには、使える材料や工法は限られる。これを選定するのも難しいが職員の方々は雑音に惑わされず、良いと思う方法を採用して言ってよいと、私は思う。文句を言うやつには、やらせてやればよい。

 今回のように災害で被災した場合の考え方も、いろいろ考えさせられた。
 1.我々技術者として必要なこと ⇒まず「(安全に)使えるか使えないか」の判断、意思決定が、
できる人間になること。意思決定ができる人間が必要。
(私の提唱していた「トリアージ」の有効性)トリアージはメンテナンス初期と、緊急時に機能する。
 2. 早急な復旧手法の考案(とりあえずでよい。短時間での応急復旧)ができる技術者
 3. その後、本格復旧の検討を行える。
 4. 災害の起こった場所の近隣地区は自分たちで、精いっぱいになってしまう。⇒これは、今後の“群”管理に影響するのでは?

 もう一つ実証できたのは10年前に、ゲルバー構造のRC橋を架け替えた。その時に、部下とも話し合い、ポータルラーメン橋にした。理由は今後の維持管理社会を鑑みて、弱点になりえる、「支承と伸縮装置の無い構造」と言うことを考えた。さらに、当時の副市長との雑談の中で、「水害や地震の時に、橋梁の前後の段差が、なるべく起きない構造は? どうすればよいか?」と言われ、「とりあえずは“踏みかけ版“の設置ですかね」と言うことを答えこの橋梁には設置した。液状化の予想される地域であるということもあり、自視したが、下の写真のように、損害は非常に軽微である。これらの有効性が実証できたと考えている。


ゲルバー構造のRC橋を架け替えた

4.まとめ

 今回感じたのは、様々な方が、現地に入りたい。「能登に一緒に行こう。」と言ってきた。これに私は否定的であった。そんな、すぐに混乱している現場に何しに行くのか?行かなければならないのか?迷惑をかけるだけである。まずは人命である。水・食糧などの必需品と、医療チーム。そして自衛隊の方々であろう。土地勘のない者が被災地に早急に入って行っても、どうしょうもない。と考えた次第である。我々土木技術者の活動はその後である、最低限の道路の確保ができた後に本格復旧が待っている。初期活動は地元に任せるしかない。だから地元は地元でしっかりしなければならない。「人が居ない」とよく言われるが、人財は必要に応じて育てられる。育てようとしていないだけだ。

 いきなり、難しいことを言っても育たない。頭でっかちでも現場の対応は難しい。重機の問題もある。建設不況で多くの土建業者さんが重機を手放したという話をよく聞く。と何アジアに行くと、日本の会社名が入った重機などが売られているとも聞く。やはりこの国は、平和ボケしている。

 ここで、こういった震災もへの対応、いわゆる耐震対策も、老朽化対策も、目的は同じである。災害はほかにも来る。まずは、健全な構造物を、そろえておくことだ。今できてしまっているものは、その安全性の確認。これから造る物に関しては、健全なものを作ることが重要である。「健全なものを作っていく」と言うことは当たり前なのだが、意外と難しい。

 まずは計画である。計画時に現在はボーリングなどの調査が不足していると感じる。必要個所数や長さをケチっている。次に設計であるが、これが問題である。地方に行くと,RCやPC橋が多い、これは「メンテナンスフリーという、だまし言葉に乗ってしまっているということが一つと、メタルがわかるコンサルが少ないから、メタルが適切な場所でもPCになっていたりする。上部工が重いと地震時には負担となる。維持管理上も、今後PC橋の撤去の厄介さが、議論されるであろう。撤去の難しさは、造るとき以上である。しかし、メタルは塗装の塗り替えなどの厄介さもあり避けられてきた。しかし、PC橋は維持管理も実は厄介である。適材適所が望まれるがそれがまた、判断できるものが少ない。コンサルの言いなりではだめなのである。地方のコンサルには特にメタルに精通した技術者は少ない。さらに、PCでもメタルでも、設計の部分よりも製作・架設ん方が技術力が要る。技術力とともに経験も必要となる。さらに今後大更新時代になれば、撤去技術も重要なポイントになる。撤去にはより技術力が要る。

 私のような能力のない者は難しいことを言われても理解できない。理解する気もない。どちらかと言うと直感で動いている。これは、自分の経験と天性のものだと信じている。なので、今の世の中では通用しないだろう。しかし、そういう者が1人くらい居てもよいだろう。教科書に無いことをいう者が。100点満点を求める世の中で、60点ぎりぎりで問題を処理していくのも必要である。今回の地震で多い被害は液状化である。これをどう処理していくのか?コストと効果のバランスも重要である。さらに、緊急性が重要なのである。

 以前、10年ほど前に、「再劣化」と言うことを言ったら、否定された。しかし、現実である。いくら補修しても、再劣化は起きる。再劣化と言うか、元の状態には戻らない。イニシャルの状態には戻るはずはないのである。だから、世の中で示されている「劣化曲線」は現実的ではない。これが理解できないと維持管理は無駄を繰り返し膨大な予算が必要になる。構造物表面のひび割れを拾って、クラックを発見してやった感を持っていても仕方がない。実際に物を作っている方々の意見をもっと聞くべきである。

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