道路構造物ジャーナルNET

Vol.2 あらためて橋の目的を考える(中)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.08.01

5)回遊性の向上

 橋が架かれば、両岸の行き来が増え、少なからず回遊性は向上します。ただ、その効果を最大限に引き出すためには工夫が必要です。複数の橋を工夫することで、地区全体の回遊性を高めているスイスのヴァルス(Vals)という村の取り組みを紹介します。ヴァルスは、スイス南東部のグラウビュンデン州(Kanton Graubünden)にある人口わずか900人程度の小さな集落です。
 スイス国内では、少し青みのかかったVals珪岩と呼ばれる美しい石と、Valserという名で販売される天然水を産出する村として知られています。日本では、ぺーター・ツムトールさん(ピーター・ズントーさん、Peter Zumthor)が設計した温泉施設テルメ・ヴァルス(旧:Therme Vals、現:7132 Hotel Vals)のある村として知っている人の方が多いかもしれません。


写真-5 ヴァルス村全景

 この村には紹介したいところが多いのですが、橋に話を絞って進めたいと思います。まずご覧いただきたいのが、写真-6のミルヒ橋(Milch Brücke)です。一見、なんてことない普通の桁橋に見えますよね。僕も初めはそう思っていました。ところが、現地に行って驚きました。なんと、この橋は洪水時に跳ね上げることができるのです。なぜ、そのような工夫がなされているのでしょうか。


写真-6 ミルヒ橋(Milch Brücke)

 川沿いに立ち上がる90cmの壁が堤防です。そのため、もし可動橋ではない場合には、堤防よりも高い位置に橋を架ける必要があります。そうすると、橋にアクセスするためのスロープを川沿いに設けなければなりません。でも川沿いの道はそれほど広くないので、幅の確保は難しそうです。なにより橋を渡るためにスロープを上がり、渡り切ったらスロープを下りるという、なんとも使い勝手の悪い橋になってしまいます。
 こうした問題を一挙に解決できるのが可動橋のアイディアです。これによって、普段は両岸の川沿いの道同士を結ぶフラットな縦断線形の橋にすることができ、橋を上げ、堤防の切れ目を塞げば、洪水から村を守ることができます。洪水時にも確実に橋を上げるために手動式となっていて、桁をできるだけ軽くするとともに、錘と油圧ジャッキを組み込んだ可動部がデザインされています。
 著作権をクリアできていないので写真を掲載できないのが残念ですが、ご興味のある方はぜひこちらの動画をご覧になってください。洪水時にはね上げられた様子がわかります。
・YouTube「Hochwasserereigniss in Vals 6./7.September 2008」
https://www.youtube.com/watch?v=6ntPoTZV6sI

 ちなみに、この橋の設計者は、スイスを代表する構造エンジニアのユルグ・コンツェットさんで、僕の尊敬する橋梁エンジニアの一人です。幸運にも現地で彼の解説を受けることができたのですが、大きな体で自分の考えた橋のアイディアを楽しそうに語るのが印象的で、つい引き込まれる魅力がありました。この「楽しげに語る」というのは、アップル社のスティーブ・ジョブズさんもそうでしたが、プレゼンの極意だと思います。発注者も受注者も楽しげに語り議論する。そういう打ち合わせを増やしていけると、優れた橋も、橋梁設計を志す若者も増えていくような気がしませんか。

 話をもとに戻します。写真-7をご覧ください。


写真-7 パイラー橋(Peiler Brücke)

 勘の良い方は、その工夫にお気づきになったかもしれません。そうです。橋の両脇に立ち上がっているのが堤防壁で、洪水時には道路を横断するように可搬式の堤防を設置し、橋の高欄を外すことになっています。潜水橋の現代版ですね。
 余談ですが、二子玉川の兵庫島に架かる兵庫橋も、同じ工夫がなされた橋です。野川のスケールに合わせ水辺との関係をつくるために工夫された良い橋です。2019年の洪水に伴う河川改修の一環で撤去されることになってしまったのですが、先日架け替えられた新しい橋を見て、なんともやるせない気持ちになりました(写真-8)。架け替えにあたっては、先輩たちの橋に込めた意志を受け継ぐ気持ちが必要ではないでしょうか。


写真-8 兵庫橋(白い車の上に見えるのが兵庫橋、グレーの車の上に見えるのが新橋)
両者のスケールの違いに驚きます

 さて、村には写真-9の屋根付きの木橋もあるのですが、洪水時にジャッキを入れてトラス桁を持ち上げて洪水をかわす方法をとることになっています。さらに、写真-10のミルヒ橋によく似た橋は、可動式ではありませんが、こちらもユルグ・コンツェットさんの設計です。ここは、川幅がすこし広くなっていることもありますが、じつは左岸側は洪水を計画的に溢れさせるエリアとなっていて、橋の左側に見えるホテルは、氾濫した洪水が通過できるようにピロティ形式を採用しています。


写真-9 木橋(橋名不詳)

写真-10 ロバナダ橋(Rovanada Brücke)

 このようにご覧いただくと、いわゆる計画高水位(H.W.L)+余裕高に桁高を確保して橋の縦断線形を決めるという方法だけでは、限界があるなと感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。僕も全く同感です。
 この地域において大切にすべきことは何なのか。本当のバリアフリーとは、単に規定の勾配を満たすことではなく、できる限り高低差が小さくなるように地区全体をプランニングすることですよね。つまり高齢者も歩きやすいようにできるだけフラットに地区内を移動できるようにすること。それを現実化するために橋はどうあるべきなのか。そういう発想からスタートしないと、これらのアイディアは出てこないし、実現も難しい。
 この一連の取り組みは、まちづくりの橋梁デザインの好例です。橋梁エンジニアはもっと積極的にまちづくりに口を挟んでいっても良いのではないでしょうか。私たちにできることは、想像している以上にたくさんあると思います。

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