道路構造物ジャーナルNET

Vol.2 あらためて橋の目的を考える(中)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.08.01

 前回の掲載後に、多くの方から温かいコメントをいただきました。あらためてお礼を申し上げます。前回は、「渡る以外の橋の目的」として、1)場所の印象づけ(意味づけ)、2)滞留できる広場空間、3)商業空間について実際の事例とともに取り上げました。今回はその続きで、4)洪水との共生、5)回遊性の向上、6)地場材の活用、7)文化の継承や創造について考えていきたいと思います。

4)洪水との共生

 災害を引き起こす自然現象のうち、高い頻度で発生するのが洪水です。私たちの先人たちは、洪水を繰り返し経験するなかで、力で抑え込むのではなく、むしろ洪水と共生する術を磨いてきました。たとえば、洪水を計画的に溢れさせることで、エリア全体の被害を抑え、水田に山の栄養分を補給するという、洪水のマイナス面を減じ、プラス面を引き出す集落の住まい方を編み出してきました。
 こうした洪水との共生は、橋にもみることができます。その代表格が、流れ橋や潜水橋です。流れ橋は、その名の通り、洪水時に流出する橋です。木津川の上津屋橋(京都府久御山町)や烏川の佐野橋(群馬県高崎市)のように桁だけが流れるタイプと、気仙川の松日橋(岩手県住田町)のように橋全体が流れるタイプがあります。
 写真-1は、遠賀川・直方の水辺(福岡県直方市)にある、桁だけが流れるタイプの流れ橋です。直方の水辺は、2009年度に土木学会デザイン賞の最優秀賞を受賞している魅力的な水辺空間です。伸びやかな風景をつくる緩傾斜の護岸形状や、木陰を提供し人の居場所を生み出す河道内の樹木移植など、河川整備のお手本と言える工夫がたくさんあるのですが、流れ橋の保存もそのひとつです。


写真-1 遠賀川 直方の水辺

 構造はいたってシンプルで、鋼製の橋脚に木製の単純桁を並べたものです。水位が上がると桁は浮き上がって外れますが、ワイヤーで橋脚と繋げてあるので、洪水後に桁を再び載せれば簡単に復旧できます。左岸側の市役所や郵便局に向かう歩行者の最短経路ということもあり、訪れた時にも多くの人が行き交っていました。向こう岸に行きたいと思った時に、すぐに行けるのは、両岸の交流を生む上でとても重要ですよね。
 堤防を上り、写真-1を撮影している橋を渡り、堤防を下って対岸に着くルートでは、ほとんどの人が対岸に行くことを断念してしまいます。
 水面に近いことで、写真-2のような微笑ましいシーンも特に絵になりますよね。青春の大切な思い出とともに、この橋が彼らの心にあり続けているのだろうと思います。「物語を生む」、これも橋の持つ力のひとつです。


写真-2 遠賀川 直方の水辺の流れ橋

 つづいて写真-3です。のどかな風景にしっくり収まる、なんとも言えない風情がありますよね。岩手県住田町の気仙川に架かる松日橋です。説明板を見ると、1698年の元禄絵図に左岸の松日街道と右岸の高瀬集落が描かれていることから、すでにその頃には橋が架けられていた可能性が高いと記されています。そうだとすると、300年以上の歴史があることになります。


写真-3 松日橋

 構造の特徴は、ザマザ(叉股)と呼ばれる二股に分かれたクルミやクリの太い枝を組み合わせた橋脚です。橋軸方向に股を開くように置いた2本のザマザをハの字に組み合わせた橋脚は、桁の重みでしっかり安定する仕組みになっています。桁は1枚あたり長さ約11m、幅約40cm、厚さ約12cmの杉材で、それを4枚ずらして並べています。増水して桁が浮き上がると、橋脚がバラバラになります。桁や橋脚にはワイヤーや針金がついていて、こちらも簡単に復旧することができます。
 集落の人々が、みずから造り、守ってきたことも素晴らしいです。杉の橋桁は7?10年ごとに取り替えるようですから、技術が代々伝えられてきたことになります。集落の多くの人たちが、自分が造ったと言える橋。メンテナンスフリーではたどり着けない価値があると思いませんか。
 2018年の架け替えでは、クラウドファンディングで架け替え費用を捻出したのも先進的です。小さな橋ですが、これからの橋のありかたを考える上で学ぶことの多い橋だと思います。
 最後が、斐伊川に架かる井上(いあげ)橋です。写真-4は、大学に勤めて間もない頃、ゼミ旅行で学生たちと訪れた時のもので、今なお、あの夏の日のことを思い出せます。旅行で一度訪れただけでもそうなのですから、毎日のように渡る人にとってはどれだけ多くの思い出が詰まっていることでしょう。


写真-4 井上橋

 流れ橋や潜水橋は、現在の河川管理では好ましいものだとされていません。しかし、これらの洪水と共生する橋は、日本人の自然観があらわれた構造物で、利便性の高さや復旧の容易さ、思い出の創出など多面的な価値を持つ、世界に誇るべき橋梁形式だと思います。
 橋梁エンジニアの側から、河川管理の課題点をできるだけ解消する、現代版の流れ橋や潜水橋を提案できたらと思うのですが、みなさん、いかがでしょうか。

ご広告掲載についてはこちら

お問い合わせ
当サイト・弊社に関するお問い合わせ、
また更新メール登録会員のお申し込みも下記フォームよりお願い致します
お問い合わせフォーム