道路構造物ジャーナルNET

第46回 技術基準(示方書、設計標準)について

次世代の技術者へ

土木学会コンクリート委員会顧問
(JR東日本コンサルタンツ株式会社)

石橋 忠良

公開日:2023.06.01

 5月22日に渡邊忠朋さん(北武コンサルタント株式会社、土木学会コンクリート委員会委員)が逝去されたとの連絡を受けました。民営分割前の、国鉄の構造物設計事務所のコンクリート構造にて当時、彼が最年少で一緒にいました。
 最近の学会のコンクリート示方書の改定の委員会の議論で、オンラインで元気に発言しているのを聞いていたので急な訃報に驚きました。ご冥福をお祈りいたします。
 私も学会のコンクリート示方書や鉄道の設計標準の作成や改定に長い期間かかわってきました。これらの設計基準に対するいくつかの心に残っていることを記します。

1.示方書・設計標準は学術書ではなく契約書

 土木学会のコンクリート示方書は5年ごとに、また道路橋示方書や鉄道構造物設計標準も10年ごと程度の頻度で改定が行われてきています。
 私が鉄道の設計標準の改定を担当した時は、契約書として利用されるように、多くの技術者が容易に、かつ間違わずに使えるように、特に意識していました。
 改定は、それまでの基準で造った実構造物や、設計作業の実務に何らかの不都合なことがあったから変えるのが基本です。改定した個所については、それまでのルールではこのような実構造物の不都合なことがあったから、あるいは設計実務でこのように間違って解釈されることがあったので、今回はこのように直しますという説明をしていました。
 設計や施工の示方書あるいは仕様書の目的は、実構造物を適正に造ることで、理論の正確さよりも、実構造物をより容易に、間違いがなく造ることが重視されてきました。
 鉄道の基準は、国鉄時代は構造物設計事務所(構設)が原案作成を担当し、研究所は協力をしますが主体にはなりませんでした。それは実務の基準で、研究論文でないからです。理屈上の矛盾はあっても、実構造物が妥当であるほうを優先する実務のルールだからです。研究の成果に対する判断基準とは異なっていました。今は、研究者が多数での基準作りとなって、理論を重視しすぎていると感じています。
 設計においては、設計の契約の時に、この設計標準によることとして契約されます。
 施工の契約に当たっては、発注の企業体で作られた土木工事標準仕様書によるとしています。契約書ですから、人により解釈が異ならないように、技術的な判断は必要ないように作るように心がけていました。

2.設計標準の改定に係って印象に残ること

2.1 せん断の改定は梁以外のフーチングなどへの影響が大きかった
 昭和50年代に学会の示方書のせん断の許容応力度がそれまでの約半分となりました。それまでの許容応力度が大きすぎて、危険だということが分かったためです。
 兵庫県南部地震を始め、その後の地震で、高架橋の柱がせん断先行破壊をしたのは、このせん断の許容応力度が大きすぎたことが主な原因です。当時の設計地震力では、柱のせん断応力度は許容値以下なので、帯鉄筋は構造細目で入れればよいことになってしまい、設計基準の間違いがそのまま柱のせん断耐力を小さくしていたのです。

 新設の梁は、帯鉄筋を増やせば対処できるので、部材断面などあまり変わることはありません。また、既設の梁も発生せん断力が一般に大きく、コンクリートのせん断負担分を計算の半分に評価して、帯鉄筋を多く入れるルールとなっていました。
 実際の配筋はせん断の許容応力度を半分に評価したうえで帯鉄筋を配置するので、既設の梁も安全面で、ほとんど問題はありませんでした。このせん断の許容応力度で部材断面の大きさを決めている構造もあります。基礎のフーチング厚や、連続地中壁の壁厚などです。
 これら部材は帯鉄筋の配置が難しく、効き目が良くない構造ですので、コンクリートのせん断の許容応力度以下の発生応力度となるように部材厚を決めていました。
 梁の実験からせん断の許容応力度を小さくすることが必要だということが分かり、学会の示方書が変えられました。新しいせん断の許容応力度で計算すると、フーチングの厚さや、連続地中壁の壁厚は大幅に大きくなり、実務の関係者は、皆驚いてしまいました。至急、国鉄でもフーチングの大型実験を行い、せん断スパンの小さなこれらの部材は、せん断耐力が向上することを確認し、せん断スパンの補正係数を入れて、それまでとあまり変わらないフーチング厚さや、連続地中壁の壁厚になるように設計標準にルールを加えて、学会のルールを取り入れました。当時、私は国鉄で実験と、その取りまとめを担当しました。
 多くの条文は梁の実験で決められています。フーチングに関しては、学会の基準が変わるより前に、鉄道構造物でフーチングがせん断損傷する事故が起こっており、国鉄では、せん断の許容応力度を既にそれまでより幾分小さくする処置と、合わせて杭配置に関するルールを別途定めて対応していました。
 壊れたフーチングの杭が躯体直下にはなく4本杭だったことで、フーチングが壊れ、基礎が沈下したので、最低でも躯体の中心に1本は配置するというルールです。せん断の許容値の変更のみでなく、杭配置のルールを作って、トラブルの対応をしていました。
 梁での実験でルールを作り、すべての構造に適用すると、特殊な構造には過大となったりします。それまで造られて問題がない構造なら、以前と変わらない程度になるような解を見つける努力も必要です。

2.2 安全以外の計算は、精度は良くない
 破壊耐力の計算の精度と、使用性、耐久性などに関わるたわみやひび割れの計算精度は異なります。耐力は鉄筋強度からほとんど決まるので、計算と実物強度があまり変わりません。コンクリートの乾燥収縮やクリ-プ、弾性係数などはばらつきが大きく、設計に用いている値と実物では異なることが一般です。コンクリートの乾燥収縮度は、地域や骨材の違いで供試体では400~1200μにばらついています。そのため、あまり計算上の精度を求めても意味はないのです。
 桁の変形を制御したいのであれば、クリープでのそりが起こらないように上縁、下縁の常時の応力度をそろえるなど、クリープの影響が上下の変位に出ない構造にするなどの構造上の工夫が必要です。
 ひび割れ幅も大きくては困るのであれば、初めからスパンを短くするとか、プレストレスを導入するかなどで対応するのが良いでしょう。耐力以外の性能は、ばらつくものだと割り切って扱うことが必要です。

2.3 荷重(作用)
 自然災害に対する荷重と、コントロールできる荷重は異なって扱うことが必要です。
 自然災害にかかわる荷重(作用)は本質的には分からないと思っています。地震外力は、実際の地震が経験されるたびに、変わってきました。決められた荷重を超える可能性を意識した設計を心がけることが大切です。
 たとえば地震ですが、性能照査をして満足していれば良しとするのではなく、ヒンジとなる箇所の回転性能は充分に大きくする配慮をしておくべきです。基準に定められたより大きな地震が起きても崩壊しないですむことになります。補強範囲はわずかであり、コストアップもほとんどなく可能です。
 そのような配慮をすることがエンジニアの役割だと思います。照査結果に余裕があるから、ヒンジ部分の回転能力は計算を満足すればよいというのは、計算上は正しいですが、せっかくの構造物のポテンシャルを生かし切れない設計となります。
 以前にも紹介しましたが、写真-1はヒンジ部分に、主鉄筋の内側にスパイラル鉄筋を入れた場合の変形性能を、帯鉄筋の場合の変形性能と比較したものです。このように配筋を工夫することで、耐震性能を大幅に向上することが可能です。管理されている荷重に対しては、照査のみでの対応で良いでしょうが、自然災害などに対してはコスト増があまりないのなら、性能を上げておくべきだと思っています。

写真-1 内巻きスパイラルによる耐震性能の向上

2.4 設計耐用年数
 鉄道の設計標準に設計耐用年数という言葉が入ったのは、1983(昭和58)年の示方書からだと思います。イギリスの基準が120年となっていたので、10進法の日本なので100年にしようということになりました。
 この数字が必要になったのは、それまでは計算せずに許容応力度を部材で決めていた疲労について、計算できるようになったので、その計算に年数が必要となったからです。それまでは、耐久性などは年数が影響しますが、設計計算で直接年数は必要とされてなく、主に構造細目や材料についての仕様規定で担保されるようになっていましたので、耐用年数が示されていなくても設計上は困らなかったからです。
 この耐用年数を設計基準に入れるときの先輩方との議論では、100年というのは仮の数字で、鉄道構造物は必要とされる限りは使用に耐えることが必要で、実際は数百年でももつことが大切だと言われました。既に100年を超えて使われている構造物も多くあり、この100年にはあまり意味はなく、必要な線区では、さらに長期に使われ続けることを当然と考えるべきだと言われました。
 既設構造物に対して設計耐用年数などということはほとんど意識せずに、必要な構造物なら必要とされる限り使い続けられるように維持管理していくことになると思っています。多くの構造物はほとんど手をかけずに使い続けられると思っています。初期欠陥がなく、必要なかぶりが確保されていれば、多くのコンクリート構造物は十分耐久的です。鋼構造物も鉄筋コンクリート構造物も、鉄は錆びなければ、コンクリートは凍害などで劣化しなければ100年を超えても十分材料の強度を維持しています。影響があるのは鋼構造物の、荷重を直接受ける床組みの部材などの疲労の損傷の心配くらいでしょう。

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