道路構造物ジャーナルNET

第79回 災害の増加と維持管理

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
政策参与

植野 芳彦

公開日:2022.08.16

1.はじめに

 新型コロナウイルスの感染がまた猛威を振るっています。自然災害も大きな脅威となりつつあります。そして暑さと豪雨災害。先月、今回は、最近の私の考えを書くと、予告したので書くことにする。本誌の良いところは査読が無いので好きなことを検閲なしで書ける。厳しいことも書くし、間違っていることもあると思う。
 読者の方がどう判断するかである。自分の判断がその後を決めるというのは何においても同様だ。評論家的なことを言っている方々の多くは、私から見れば実際の経験の足りない方々なんだろうと感じるだけである。そういった意見を、信じるのもまた個人の見解である。リスクはすべて自分に帰ってくる。

2.最近思うこと

 全数近接目視が実行されて2巡目が終わろうとしている。本来やるべきⅢ評価の補修は思ったように進まない。ここで、そのⅢ評価は本当に正しいのか? と言うことが一つ大きな問題である。現在の点検は、ひび割れを拾うことに主眼が置かれている。そう思ってやっている方々も多いと思う。コンクリートのひび割れは見つけやすい。素人でもひび割れくらいは分かる。これを「ひび割れ損傷図」と言うことで、一生懸命に図に起こし、さも点検をしたということで満足している。受け取った発注者も満足している。どちらかと言うとかなり過大評価になっているのではないだろうか? 逆に0.2㎜のひび割れを一生懸命に拾って、重大な損傷を見ていない場合も多々ある。

 本来の「維持管理」とはどういうものなのか?真剣に考えたことがあるだろうか?
①構造的に不都合がある
②第三者に被害が及ぶ可能性がある
③使用勝手が悪くなっている。目的の機能が果たせない。
④見た目が悪い(場所による)
等を是正すことが目的なのではないだろうか? つまり、補修をどうするのか? と言うことが目的であるはずが、「点検」と「診断」に目的がすり替わってしまっている。

 いわゆる「みなし資格が」がたくさん出てきている。たぶん発注者では判断がつきづらいのではないだろうか?  発注の際の資格要件として、みなし資格もOKのはずではあるが、400もあると判断が困難になってくる。どこまで見極められているのか? しかし、しょせん資格は資格である。必要かと言えば必要でではあるが、それがすべてかと言うとそうではない。点検は事実を伝えてくれさえすればよい。しかし、見逃しは困る。全部の橋梁を役所の職員だけで点検することは数量的に無理があるので、点検は業者に委託する場合が多い。この時重要なのは、手抜きや見落としが無いことである。実際に、点検業務を発注しチェックしていると、手抜きと思われるものや、見落とし。肝心な個所が見られていないなどがある。


老朽化橋梁の点検 安易に表面保護工を実施したために点検が困難に

 ミスや見落としは容認するが手抜きや見ていないというのは、その業者の品格に関わる。
 日本人は「資格」が好きだ。やたら資格を作りたがる。資格ビジネスに、しようという人たちも多い。しかし、400もの資格が「みなし資格」として認められてしまった今、資格ビジネスはかなり難しいと思われる古い考えであると私は考えている。海外を見た時に先進国では、エンジニアの核となるのはいわゆる「PE(プロフェッショナル・エンジニア)」である。

 「診断」であるが、これは基本的に管理者が行うべきである。診断には責任が伴う。人間の医師の誤診率は公式見解として40%と言われている。しかし実際には世界的に見ても、もっと高いそうである。実際には80%であるという人もいるくらいである。診断とは難しい。診断と言う行為は責任が伴う。安易に使う言葉ではないと私は思う。私自身、ある病気で大学病院にて入院して検査を行い、手術することが決まり、その前日の教授回診で、する必要はないということになった。病室の入り口で、担当医と教授で揉めていたのが聞こえてきたが、手術のリスクのほうが大きいという判断になった。こういうこともあるわけである。この時の教授が担当医に言った言葉、「何のためにやるの? リスクの方が大きい。今すぐやらなくても。」である。ましてや、何も自らは語らない構造物の診断においては、財政的判断と全体的なマネジメントから、いつ実施するのが一番適切かと言う判断が、必要となるので、これを業者に任せることは、間違いである。今後、包括管理に移行した場合においても、大掛かりな補修などは、協議対象となるであろう。基本的に、診断には責任が伴うので、公務員の仕事である。民間の方に責任を取らせるべきものではない。民間の方には品確法に基づき誠実な仕事を御願いするだけである。

 「診断」後の補修が本来は重要となる。恐らく自治体の財政状況では診断において補修の必要性が明らかになった場合でもすぐには実施できないであろう。必要でも自治体の体力ではすべて実施することは困難なのである。つまり、「予防保全」などと言うことは、財政的に余裕のある国や、よほど財政が豊かな自治体しか無理である。この辺はもう本音を言ったほうが良い。しかし、短期的にしか考えていなければそれすらも見えないであろう。補修したくてもできない。こういうものをどう扱っていくかも本来は議論が必要なのだが。

 補修を実施できたとしても再劣化の問題が有る。あまり意味のない、ひび割れ注入にお金をかけるよりも、本当に問題となる、損傷をどうするかである。しかし、手遅れと言うかどうしょうもないものもある。本来は、補修において新技術を導入したいところである。そこまでなかなか行けない。補修技術、材料の新技術がなかなか出てこないし、誰も評価できていない。しかし、維持管理の効率化を図り生産性を上げていくにはどうしたらよいか? そろそろ維持管理に生産性を求める時代になってきた。もともと、この国では生産性向上と言う言葉はよく聞くが、やっていることは真逆である。「点検」のコストを下げ、補修に重きを置くべき時期である。点検や診断と言った調査系にコストをかけすぎていると本来必要な補修のためのコストが少なくなってしまう。

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