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⑫(最終回) 維持管理を支える人材育成と技術継承

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2022.06.16

2、鉄道における維持管理技術の特徴と継承

 鉄道構造物は一般的に取り替えが容易でない場合が多いことから、長期間にわたって供用することを前提に設計施工され、適時適切な検査や補修を重ねることにより安全性や使用性が確保されている。山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が顕在化した当時の営業キロ数は、在来線4434.3km(50線区)と新幹線645.0km(1線区)であったが、在来線では、明治時代の幹線伸長期に建設された関西本線木津川橋梁(錬鉄製ピントラス、1897年建設)や山陰本線島田川暗渠(鉄筋コンクリート造、1904年建設)のように、構造物の部材交換や一部補強等を行いつつ、あるいは建設時の姿のまま、100年程度供用し続けている構造物が数多くあった。国鉄時代の構造物の維持管理に対する基本的な考え方や意識などは、国鉄職員の採用という形によってJR西日本に確実に継承されたと考えられる一方で、事業運営の効率化のもとで修繕費削減や要員合理化が進められ、適切な時期に補修されないまま先送りされ構造物の荒廃が徐々に累積していったとの指摘もあった。

 そのような状況の中で、建設後わずか30年を経ずして山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が顕在化したということができる。

2-1、鉄道における維持管理技術の特徴

 鉄道は極めて公共性の高い交通手段であるとともに、施設・電気・車両などの多くの設備や技術、運転・運行管理などの技能が集約され、それぞれが一定のレベル以上に維持されて初めて列車がダイヤ通りに運行される設備集約型、技術技能集約型のシステムである。また、鉄道技術には、軌道、信号、運転ダイヤなどの鉄道固有技術があり汎用技術では代替できないことから、特にこれらの技術については、独自に継承し守っていくことが必要である。鉄道土木分野では停車場配線技術や保線技術がその代表である。

 鉄道における維持管理技術には次のような特徴がある。
 ① 機能不全が重大や危険や混乱に直結するため、常に安全を確保できる技術レベルや仕組みを時代の変遷による技術や価値観の変化に照らし合わせ、常に確認しながら向上させていかなければならない。
 ② 対象とする構造物が、新幹線から地方ローカル線まであり、線区の重要度は大きく異なる。したがって、維持管理においても、どのような管理レベルを目指すのか、どのレベルで個々の技術を継承するのか、どのような方策で継承するのかは、それぞれの線区で異なる。安全最優先の価値観に基づき、危険と判断した場合は躊躇なく列車を停止させるためには、日頃から構造物に関わるリスクを予見し適切に対応できるように教育訓練しておくことが重要となる。
 ③ 各系統が相互に深く関連するため、鉄道システム全体の中での位置づけを俯瞰できる視野と理解が必要である。たとえば、構造物の検査や補修工事などで営業線近接となる場合は運転や指令部門との係わりが生じ、構造物の点検部位によっては電気設備の理解や部外関係者との調整が必要となる。
 ④ 耐用期間の長い鉄道構造物を自ら所有し維持管理していることから、それぞれの構造物が建設された時代の設計施工法や使用材料について熟知する必要があり、人材育成に相応の期間を要すことになる。また、一般的に劣化は徐々に進行することから、予兆や変状に気づく眼を養うにも長期間が必要となる。
 ⑤ 鉄道固有の設備や技術が用いられていることから、鉄道事業者が自ら主体的に維持管理、技術開発していくことが必要である。
 ⑥ 鉄道の現場は、一般に重量物を扱うことから3K(きつい、汚い、危険)とされている。安全安定輸送サービスを提供し続けるうえで保守は不可欠であるので機械化や省人化を積極的に進める一方で、質・量ともに人材の確保が必要である。
 ⑦ 災害や事故発生時においては、昼夜を問わず速やかな対応が求められる。そのため運転規制や復旧手配などの異常時対応について常日頃から体制を整え訓練を重ねておく必要がある。

 鉄道におけるこれらの特徴を踏まえ、将来にわたって健全な形で鉄道が運営されるように、適切な維持管理やこれを支える技術の継承に努めていかなければならない。近年、地方の道路橋の荒廃が一部伝えられているが、鉄道においても、経営のために人件費や修繕費を削減し、結果として維持管理を先送りすることは決して好ましいことではない。維持管理に携わる技術者として、変状に応じた維持管理の優先度を明確にしたうえで着実に対策を講じていくことが求められている。

2-2、現場技術者が行う維持管理業務の概要

 維持管理業務については、現場技術者が日々の点検や診断などにおいて必要なもの、支社の管理技術者などが全体の予算や人員をマネジメントしていくうえで必要なもの、現場では解決できないような専門的な判断が要供されるような事態において技術コア組織の技術者に求められるものなど、それぞれの役割分担の中で求められる能力は異なる。コンクリート構造物を含めて鉄道構造物の維持管理においては、計画⇒検査・診断⇒必要により補修⇒記録という流れで、主として2年ごとに実施される通常全般検査を通じて維持管理を行っている。鉄道における維持管理業務の内容を表-1に示す。

表-1 鉄道における維持管理業務の内容

 鉄道事業者によっては、これらの業務を部分的にアウトソーシングしているところが多いが、アウトソーシングが行き過ぎると、全体の業務を関連付けて経験することが困難になり、次の世代を担う技術者が育ちにくい環境になってしまう。若い現場技術者がアウトソーシングした部分の業務を全く経験することなしに、偏った経験を重ねていく状況は好ましいものではない。技術継承や人材育成のために敢えてアウトソーシングしない現場を持つことは、一見すると非効率のようであるが、自分の目で視て手を動かすことの積み重ねで身につけることができる現場の皮膚感覚は、他の方法では代替できないものであると考えている。

 

2-3、維持管理技術の継承と方策

 鉄道における維持管理は非常に重要な業務で、その内容は広範囲におよぶ。構造物の維持管理を考えるうえで、最も大切なことは現場技術者が日々の検査や措置を適切に行い、安全を確保することである。

 表-2は、維持管理業務を行ううえで、特に現場技術者に継承したい技術を、山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が顕在化した当時の現場長や支社の課長にアンケートして取りまとめたものである。表-2の項目の中には、基本となる測定技術や知識などのように具体的で定量化できるもの、総合的な判断能力のように抽象的で定性的なもの、勘どころや使命感のように感覚的で継承しにくいものが混在している。いささか恣意的かもしれないが、図-1に示す座標軸の中で、第1象限から順に、それぞれ実務能力、専門能力、ノウハウ、危険予知能力としてグルーピングを行って整理を試みた。継承においては、まず第1象限に属する実務能力の到達目標レベルを定めて技術を磨くことに重点を置き、次第に専門能力や高度なノウハウなどを段階的に継承していくこととなる。

表-2 継承したい維持管理技術等


図-1 継承したい維持管理技術等

① 第1象限(実務能力)
 検査や補修工事に係わる実務能力は経験を積み重ねることによって培われるものが多い。維持管理の対象となる構造物をできるだけたくさん視ることが必要で、検査機器をひととおり自分で使いこなせるようになることも重要である。過去に生じた変状の記録や対策、あるいは学協会誌等に報告された同業他社の記録などにも留意し知識を広げることも有効である。また、劣化メカニズムのほか、構造物が建設された当時の設計法や施工材料などに対する理解を深めるとともに、どのような荷重がかかるとどのように変形するのか、どのような変状が発生するとどのような問題に発展するのか等をイメージできることも必要である。特に、維持管理の対象となっている構造物の大半は許容応力度法で設計されていることから、許容応力度法の理解は不可欠となる。

② 第2象限(専門能力)
 診断技術や規定の制定根拠などの専門的な能力の継承が次のステップとなる。新設構造物の設計施工時に、維持管理の視点に配慮した提案が行えるなど、部門間の垣根を超えた理解や行動力も必要となる。これらは、維持管理技術をもって自分を生かすという誇りや向上心、使命感を持って現場を意識して視るといった地道な努力に自己研鑽の積み重ねがあって初めて培われるものである。自ら進んで取り組む姿勢が必要で、この分野では一番詳しいというレベルに達すれば頼りにされて相談を受けることも増え、やりがいを感じつつさらに専門能力が身につくという好循環が生まれるようになる。

③ 第3、第4象限(ノウハウ、危険予知能力)
 ベテラン技術者と行動を共にして、ベテラン技術者の行動や判断の根底にあるものを直接学ぶことが近道である。ベテラン技術者が現場を視てどのように判断するのか、自分の判断との相違はどこにあるのか、なぜそのような相違が生じたのかなどを、OJTを通じて習得することになる。困難や失敗を乗り越えた時の感動は技術者の特権といえるものである。ノウハウや危険予知能力、構造物の変状や応答から異常やリスクに気づく眼、勘どころのようなものに加えて、ベテラン技術者が構造物をわが子のように大切に思う心なども学びたいところである。

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