道路構造物ジャーナルNET

⑪予想もしなかった事故と考えさせられた事故

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史 氏

公開日:2022.05.16

2、考えさせられた事故

 写真-5、写真-6、写真-7を視て下さい。2011年12月31日、山陽新幹線高架下を利用している事務所で火災が発生し、ラーメン高架橋のスラブ下面のかぶりが剥落し鉄筋が露出するなどの損傷が生じました。消防署からの通報を受けたのが大晦日の23時過ぎで、火災現場近くの社員が自宅から現場に急行しました。社員が現場に着いた時は、既に鎮火していましたが、消防署による現場検証が終わっていないために現場に立ち入って緊急点検することは許可されなかったとのことですし、熱くて高架橋にはとても近寄れなかったということです。


写真-5 火災現場のラーメン高架橋(全景)/写真-6 火災現場のラーメン高架橋のスラブ下面(全景)

写真-7 火災現場のラーメン高架橋のスラブ下面(拡大)

 このような状況の中で、約6時間後には元旦の初列車が現場を走行する予定ですが、あなたが現場担当者ならば、火災による構造物の損傷程度と新幹線の走行安全性をどのように判断し、元旦の初列車運転の可否についてどのように指令所(新幹線の運転制御を一元的に行っている組織)に連絡しますか?
 出火から鎮火まで40~50分程度のようでしたが、現場の社員は、遠望目視による確認を行って、初列車からの徐行運転を指令所に要請し、現場の緊急点検を実施して安全を確認した後に、徐行を解除しました。私は、新年の1月4日に出社して初めて火災事故の報告を受けましたが、特に写真-7を見て、「これはヤバイよ。考え直さないといけない!!」と、私に説明していた社員に言いました。

 写真-6写真-7では、コンクリートの爆裂によりスラブの一部分の鉄筋が露出した状態になっていますが、スラブとしての機能は失われていません。火災発生により、火災家屋からの距離が3mで1200℃程度にまで温度上昇するようですが、火災発生から鎮火までの時間が1時間以内という状況では、かぶり厚さ(設計では2.5cm)が2~3cmあれば温度勾配のため、鉄筋位置のコンクリートの入熱温度は300~450℃となります。鉄筋の加熱温度が500℃程度までであれば、冷却後はほぼ強度を回復するとされていますので、スラブに比較してかぶりが大きいラーメン高架橋の縦ばりや横ばりの軸方向鉄筋への火熱による影響はほとんどありません。しかも縦ばりの軸方向鉄筋は2段配筋されているので、鉄筋量の約半分に当たる上段の鉄筋は被害を受けていないと推定できますから、高架橋としての耐荷性能が、新幹線列車が走行できなくなるほど影響を受けているとは考えなくてよいでしょう。ですから、現場社員がどこまで火災やラーメン高架橋の配筋状況について知っていたかは別にして、「被害状況の確認が終わるまで初列車から徐行運転」という判断は間違っていなかったことになります。

 説明していた社員は、すでに、火災現場のラーメン高架橋を何百本もの新幹線が安全に走行しているのに、何がヤバイのか、何を考え直さないといけないのか理解できないようでした。読者の皆さんは、何がヤバいのか、何を考え直さないといけないのか、お分かりになるでしょうか?

 私がヤバイとか考え直す必要があると思ったのは、鎮火後の当該高架橋の安全性についてではなく、写真-7の部分断面修復済み箇所(赤い点線で囲んだ部分)のような火災被害が、仮にスラブ下面の全面断面修復済み箇所や、あるいは近い将来、縦ばり下面でもいずれ全面断面修復を施工するようなことになると想定されますが、このような全面断面修復済み箇所のラーメン高架橋で火災が発生したら、ヤバイことになると直感したからです。

 もう少し詳しく説明しましょう。【連載】第4回で述べたように、JR西日本では、断面修復を行う場合は鉄筋裏2cmまではつり込んで、ポリマーセメントモルタルで補修することにしています。しかし、断面修復を施工した箇所で火災が発生すると、高熱によってポリマーセメントモルタルが著しい強度低下を伴って炭化してしまうために、鉄筋の付着が切れるだけでなく鉄筋が宙ぶらりんの状態に置かれて、鉄筋コンクリートの成立要件である平面保持が成立しなくなります。炭化してしまったポリマーセメントモルタル部分に釘を押しつけたら、プスッと既設コンクリートまで入ったという事実がそのことを如実に物語っています。すなわち、鉄筋腐食を抑制するために鉄筋裏2cmまではつり込んだことが、火災事故によって、断面修復した箇所のすべての鉄筋が鉄筋裏2cmまで一挙に宙ぶらりんの状態となり、鉄筋コンクリート構造物が鉄筋コンクリートとして挙動しなくなり、耐荷性能の低下や変形の著しい増加が生じるかもしれないと危機感を覚えたからです。
 そのため、JR西日本では、近畿大学に委託して、ラーメン高架橋縦ばりの1/3縮小モデルの供試体で部分的に平面保持が成立しなくなった状態を模擬して、はつり深さとはつり長さを変化させた供試体(図-1)を製作して2012年3月に載荷実験を行い、有限要素解析プログラムATENAを用いた2次元非線形解析を実施しました。実験結果の一例を図-2に示します。限られた実験や解析の範囲内ではありますが、以下のようなことが明らかになりました。


図-1 火災被害を模擬したはりの載荷実験

図-2 はりの載荷実験結果の一例

 供試体Aと比較して、供試体Bシリーズ、供試体Cシリーズともに、鉄筋露出範囲の増加に伴い、ひび割れ本数の減少がみられた。これはコンクリートと鉄筋との付着範囲が減少することで生じる応力伝達機構の差によるものである。
 ひび割れ発生荷重は、供試体Aと比較して、供試体Bシリーズではひび割れ発生荷重の低下はほとんど見られなかったが、供試体Cシリーズでは鉄筋露出範囲が4dになると低下が顕著となった。
 最大荷重については、供試体Aと比較して供試体Bシリーズでは5%程度の低下であったが、供試体Cシリーズでは10~12%の低下となった。
 最大荷重発生時の変位量については、供試体Aと比較して供試体Bシリーズでは88~73%に低下したが、供試体Cシリーズでは58~40%まで低下した。

 曲げ実験および解析結果から、かぶりコンクリートが剥離した供試体Bシリーズでは、ひび割れ発生荷重や曲げ耐力の点からは列車走行に問題はないと判断できますが、鉄筋を完全に露出させた供試体Cシリーズでは、応力伝達機構の差から、ひび割れ性状に違いがみられました。また、鉄筋露出範囲が4dになると、初期ひび割れ発生荷重が設計相当荷重を下回り荷重低下が生じる結果となりました。すなわち列車走行により新たなひび割れが発生し損傷が大きくなると考えられます。

 JR西日本では、これまでの【連載】で述べてきましたように、山陽新幹線コンクリート構造物の残存予定供用期間を100年として、断面修復を行う場合は鉄筋裏2cmまではつり込んで劣化因子を除去し鉄筋腐食を抑制することを「コンクリート構造物補修の手引き」に定めて取り組んできましたが、火災発生が懸念されるような高架下利用箇所においては、火災発生によって、このことが仇となる可能性が高いことが分かりました。このことから、将来、火災発生の可能性が懸念される高架下利用箇所では、鉄筋裏2cmのはつり込みは断続的に留めて、かぶりまでの浅ばつりと犠牲陽極材を併用して断面修復を行うことが望ましいと考えています。

 余談になりますが、火災発生から約1年間は、コンクリートの耐火性能、爆裂や炭化しにくい補修材料、高熱を受けたポリマーセメントモルタルの強度低下などについて情報収集し、関西にある大型耐火実験棟の見学を行うなど、高熱にも変質しない断面修復材料を色々と模索しましたが、結局、そのような材料は見つけることはできませんでした。火害にも炭化しないポリマーなど、あるはずもなかったのです。
 【連載】第11回では、私自身が予想もしなかった事故や考えさせられた事故について述べましたが、これ以外にもコンクリート構造物の維持管理については、まだまだ分からないことがたくさんあります。これから先、予想もしなかったことが発生する可能性があります。そのような場合は、現場をよく視ること、そして何かおかしいと感じたら先入観にとらわれることなく、近接目視点検や打音検査あるいは模型実験や解析などを行って確認することが大切と思っています(次回は、2022年6月中旬に掲載予定です)

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