道路構造物ジャーナルNET

⑪予想もしなかった事故と考えさせられた事故

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2022.05.16

 これまでの【連載】では10回にわたって、山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理について、基本的な考え方、劣化事象への対応や補修品質の向上に係るハード・ソフト対策、技術開発など、様々な取り組みについて述べてきました。【連載】第11回では、少し趣を変えて私自身が、予想もしなかった事故、考えさせられた事故について述べることにします。

1、予想もしなかった事故

 写真-1は、馬桁構造の鋼製横梁を支えるT形橋脚(下り線側)の起点側の写真です。写真-1をよく視てください。この橋脚で考えられもしない事故が発生したのです。あなたが、徒歩巡回で遠望目視していたと仮定しましょう。この橋脚で発生した事故を予見できるでしょうか?


写真-1 事故現場のT形橋脚(下り線)の起点側の状況

 事故の内容を知っていて、この写真を注意深く見たとしても、事故につながる不自然さを指摘することができる読者はそれほど多くないかもしれません。
 写真-2を見てください。写真-2写真-1のT形橋脚の終点側で発生した事故直後の写真です。T形橋脚の張り出し部の下面が大きなコンクリート塊となって落下したのです。その総重量は約530kgでした。しかも落下した破面の状況を見ると、鉄筋が配筋されていません。鉄筋コンクリート橋脚なのに、張り出し部の下面が鉄筋の入っていない無筋コンクリートで打ち足されていて、この無筋コンクリート部分が落下したのです。逆を言えば、建設から30余年間、無筋コンクリートの状態で、落下せずにくっついていたということになります。


写真-2 事故現場のT形橋脚(下り線)の終点側の状況

 なぜ、一体的に施工してあるはずのT形橋脚の張り出し部下面が打ち足されて、しかも後打ち部分に鉄筋が配筋されていなかったのかは分かりません。建設当時施工したT建設会社に聞き取り調査を実施しましたが、当時の関係者は退職していて記録も残っていないため、原因や理由は分かりませんでした。
 想像できるのは、張り出し部の施工を終えてから出来形不足に気づいて、張り出し部下面を打ち足したということです。
 適切な打継目の処理をして入念に施工すれば、付着面積が260cm×50cmもあるので、計算上は差し筋をしなくてもコンクリートの付着強度で打ち足し部の自重を支えることができることになりますが、クリープによる付着強度の低下や打継目への雨水等の浸入による劣化促進の懸念などを持ち出すまでもなく、無筋コンクリートで打ち足すことは常識では考えられません。
 構造上は、T形橋脚の張り出し部の下面は圧縮力を負担していますから、有効高さが大きく減少することにつながるほどの著しい出来形不足は、張り出し部上側の主鉄筋の発生応力度が許容応力度を超えることになる場合もあるので、所要のはり高さを確保するために適切な措置を行う必要があります。ただ、上部工反力を支持する沓の位置は、T形橋脚のく体断面の範囲内にあって、張り出し部に上部工反力が直接掛かる形状ではないので、出来形不足のままで供用していたとしても不都合はなかったと想像できます。
 いずれにしても、契約図書どおりの出来形を確保するために打ち足し施工をするのであれば、橋脚く体側や張り出し部下面の目荒らし、十分な定着長を確保するためのモルタルアンカーによる差し筋、既設コンクリート部分の吸水処置をしてコンクリートを打込み一体化させるべきところを、目荒らしも差し筋もされないまま、打ち足し部分が無筋コンクリートで施工されていたなどとは、誰も想像できなかったことでしょう。
 もう一度、写真-1をよく視てください。張り出し部に非常に不自然な状況がありますが、分かるでしょうか? 写真-1を視て、張り出し部下面を打ち足した可能性が高いことを示唆しているに点に気づかれた方は、施工現場での経験が豊富な方と思います。不自然と思われるところを示したのが写真-3です。


写真-3 T形橋脚(下り線)起点側の外観の不自然な状況

 橋脚く体の面取りのための面木が、張り出し部の中まで伸びています。一般的に、このようなことはあり得ないことです。T形橋脚は、張り出し部下面の圧縮側主鉄筋を橋脚く体に定着するために、張り出し部の取り付き位置からおおよそ1mほど下方で打継ぐことになります。下型枠の設置、橋脚く体と張り出し部の鉄筋の組み立て、残りの側型枠の設置を行ってからコンクリートを打込むので、張り出し部を一体的に施工した場合は、T形橋脚張り出し部の中にまで面木が伸びることはありません。

 張り出し部の型枠跡が斜め方向に残っていますが、このような合板型枠の切断加工や組み立ては、端尺がでるだけでなく手間がかかるので、一般的ではありません。何か特別な事情があってこのような型枠の設置となったか、あるいは後日、張り出し部下面を打ち足したので型枠跡と見えるのは打継目かもしれない、と想像ができれば素晴らしいと思います。

 ③張り出し部下面から、橋脚く体に漏水跡があり、エフロレッセンスの析出や遊離石灰の付着が認められます。このことから、く体を貫通するひび割れや水みちがあることが容易に想像できます。しかし、張り出し部側面には、そのようなひび割れが全く認められないので、貫通ひび割れの可能性は低く、どこかに水みちのある可能性が高いことになります。②の斜め方向の型枠跡が、型枠跡ではなくて、張り出し部下面の打継目かもしれないと気づけば、張り出し部3面に表れている打継目が水みちとなっていることで、③の不自然さは解決します。ただ、写真-1を視て、①、②、③に気づいたとしても、私たちは先入観で鉄筋コンクリート造のT形橋脚と思い込んでいるので、打ち足し部分が差し筋もされていない無筋コンクリートの塊と想像できる人はほとんどいないことでしょう。

 この予想もしなかった事故から学んだことは、①、②、③のような違和感を感じたら、それまでの知識や経験などに基づく先入観にとらわれることなく、愚直に近接目視点検や打音検査をして直接確認することの重要性でした。
 余談になりますが、この事故が発生した当時、私はその事故が発生した支社の支社長でした。山陽新幹線構造物の維持管理の責任者である施設課長からの連絡は、「T形橋脚からコンクリート塊が落下していると付近の方から通報がありました。コンクリート重量は約500kgですが、先端部なので構造上の安全性に問題はありません。幸いなことに用地内の柵内に落下したので、お客様や付近を通行中の公衆には被害はありませんでした。すでに、当該橋脚の点検は終えています。そのような状況ですので、コンクリート塊が落下した件はプレス発表しないことにしたいと思います。」という内容でした。私は、鉄筋コンクリート橋脚なのになぜ500kgものコンクリート塊が落ちるのか理解できなかったので、本当に500kgかと聞き直しました。そして、安全性や第三者影響度において何の影響もないのでプレス発表しないということに対して、「分かった。明日、詳しく説明して欲しい。」と伝えたことを覚えています。ところが、その落下事故の第1発見者の方が、JR西日本がプレス発表しないことに腹を立てて、新聞社に、「JR西日本はコンクリート塊の剥落事故を隠蔽している。」と直接電話されたのです。その新聞社から問い合わせがあり、支社としてプレス発表せざるを得ないことになったという裏話があります。第1発見者の男性は、新幹線沿線にお住まいで、日頃から新幹線の盛土のり面の草刈りを頻繁に要求されていたようですが、なかなか応じないJR西日本に対して普段から良い印象を持っておられなかったことを後で知りました。プレス発表の是非とは別に、地域の方々との意思疎通が重要であることを再確認した次第です。
 さらに余談になりますが、後日、JR西日本記者クラブの懇意にしていただいていた記者に、「新幹線の安全性や第三者への影響がなかったので、問題ないと判断してプレス発表しなかったが、どう対応すればよかったのか教えて欲しい。」とお願いしました。記者からは「山陽新幹線コンクリート問題発生後は、JR西日本はオープンに情報開示するようになり、だいぶ変ったなと思っていた。JR西日本がしなければならないのは、我々記者に積極的に情報提供することである。記事化するかしないかやどのように記事化するかの判断は、我々記者がすることであって、JR西日本がすることではない。」と叱責を受けました。プレス発表するかどうかの判断に迷った時の対処の仕方として、以降、肝に銘じています。

 写真-1写真-2をもう一度見てください。あなたが担当者ならば、①事故後、どう対応しますか? まずは、再発防止のために当該橋脚や同種構造形式の橋脚を検査されることでしょう。T形橋脚(下り線側)の終点側の張り出し部下面が落下しましたが、T形橋脚(下り線側)の起点側やT形橋脚(上り線側)の起終点側の張り出し部を検査されるでしょう。検査の結果、上り線側は一体施工されていて変状はありませんでしたが、T形橋脚(下り線側)の張り出し部下面は残りの2面も同様の状態で施工されていて、打音検査の結果、打ち足し部の肌わかれが判明したので、ブレーカーを使用して叩き落としました。また、当該橋脚以外に、山陽新幹線には馬桁構造の橋脚が全部で10箇所ありますが、緊急点検の結果、いずれの橋脚も一体施工されていて特に異常はありませんでした。
 また、写真-2と同様に、叩き落した2面の張り出し部も下側主鉄筋のかぶりがほとんどない状況で鉄筋腐食が認められたので、「コンクリート構造物補修の手引き」にしたがって断面修復しました。写真-4に補修後の状況を示します。


写真-4 断面修復後のT形橋脚(下り線)の状況

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