2、山陽新幹線PC桁の変状対策
2.1 PC桁の維持管理の考え方
山陽新幹線コンクリート問題が発生した1999年当時、山陽新幹線のPC桁についても、かぶり、中性化深さ、塩化物イオン量などのサンプリング調査を実施した。その結果を図-2に示す。中性化深さは平均7.3mm、塩化物イオン量は0.86kg/m3であったことから、PC桁の補修対策はRC構造物の補修対策に比べて優先度が低いと判断し、主桁のグラウト充填不足箇所への再注入や横締めPC鋼棒の突出防止対策を除いて、RC構造物の補修対策を優先して実施することとした。RC構造物の補修対策が概ね一巡した2008年度に、山陽新幹線コンクリート構造物のそれまでの補修対策全般を振り返るとともに、RC構造物については劣化予測などを行い、PC桁については予防維持管理に新たに着手した。予防維持管理については、【連載】第10回で述べることとする。
2.2 横締めPC鋼棒の破断
山陽新幹線は1975年3月に新大阪~博多間が全線開業したが、PC桁の横締めPC鋼棒の破断が最初に発生したのは開業後間もない1977年で2件発生している。その後、山陽新幹線コンクリート問題が発生した1999年までに、国鉄時代の発生件数も含めて24件発生していたが、24件のうち23件が岡山~博多間で発生しており、岡山以西の山陽新幹線が建設された当時の社会背景、たとえば建設資材の不足や高騰、人手不足、工期不足などが少なからず影響したことが想定される。国鉄時代に広島新幹線工事局が実施したPC桁の詳細調査では、横締めPC鋼棒67本中、約70%にあたる48本でグラウト充填不足が確認されたという報告もある。
横締めPC鋼棒の破断は、グラウト充填不足に起因して鋼棒が腐食し、断面が減少した箇所に応力集中が発生することなどにより脆性的に破断に至るものであるが、PC鋼棒が破断すると一挙にプレストレスが解放されるため、PC鋼棒が突出してあと埋めコンクリートが飛散し第三者に被害を与える恐れがある。
一方、横締めPC鋼棒の破断が構造物の安全性に与える影響は小さく、当時の試算結果では、床版部では2本に1本の割合で全数が破断した場合、または電柱基礎部では6本中2本が破断した場合に、いずれも列車走行には問題はないものの、ひび割れ幅が0.2mm以上となり使用限界状態となるという結果が得られている。このことから、予防維持管理の立場で考えると、PC桁の横締め箇所のグラウト充填調査を実施し充填不足が判明した場合にはグラウト再注入を実施することになるが、同時に複数の横締めPC鋼棒が破断した事例はなく今後ともその可能性は低いと想定され、横締めPC鋼棒が1本程度破断した状態では構造上の緊急性はないこと、当時の技術ではPC鋼棒の破断突出の危険性を定量的に評価できないこと、非破壊検査を実施する調査対象数量が多すぎることから、非破壊検査よりも突出防止対策を優先して行うこととした。すなわち、横締めPC鋼棒の破断は許容するものの破断が発生した場合には速やかにPC鋼より線を用いて補修するという事後維持管理の考え方で対応し、PC鋼棒の突出やあと埋めコンクリートの飛散は第三者に影響を与える恐れがあるので、第三者被害が想定される箇所はすべて突出防止対策を実施し、第三者被害を未然に防止するという予防維持管理の考え方で対応することとした。
横締めPC鋼棒の破断突出事例を写真-1に、突出防止対策施工箇所の選定の考え方を図-3に示す。
余談ではあるが、たとえば、山陽新幹線のPC桁の竣工時期をみると、1972年の岡山開業時(新大阪~岡山が開業)では、開業9か月前に竣工していたPC桁連数が86%であったのに、1975年の博多開業時(岡山~博多が開業し新大阪~博多の全線開業)では、開業9か月前に竣工していたPC桁連数は48%であった。橋梁などの土木工事が終了後、続いて軌道工事や電気工事を施工し、設備監査が行われた後、岡山~福山間から順次使用開始(1974年9月16日)され、最終の小倉~博多間が1974年11月21日に使用開始となって、全線で訓練運転が実施されたことを考えれば、非常に厳しい工期の中での突貫工事であったことが容易に想像できる。
また、山陽新幹線開業後、約20年が経過した全PC桁の目視変状調査を行った文献(宮本征夫:プレストレストコンクリート鉄道橋の耐久性評価、1999年3月)によれば、豆板、ひび割れ、漏水、鉄筋さび、遊離石灰などの変状が発生していた変状桁連数は約25%で、発生数量は岡山以西のPC桁のほうが圧倒的に多いということが指摘されていることからも、その一端がうかがえる。
2.2 横締めPC鋼棒の突出防止対策の開発
PC鋼棒の突出防止対策を進めるにあたり、第三者被害を防止でき安価で施工性のよい工法を開発することとした。当時の対策工法としては、日本道路公団の要領書では鉄板をアンカーボルトで固定する方法が示されていた。鉄板での施工は材料が安価で施工も容易である反面、PC鋼棒が破断していることを目視で確認するのが困難であるということから暫定仕様という位置づけであった。また、(財)鉄道総合技術研究所の「PCグラウト再注入等補修マニュアル(案)(平成14年8月)」では、鋼板と繊維シートを接着しPC鋼棒が突出した場合にこれを受ける形で仕様されていたが、材料コストや品質管理などに課題があった。
JR西日本では、PC鋼棒が破断した場合に、①PC鋼棒が著しく突出することを防止する、②あと埋めコンクリートの飛散を確実に防止する、③PC鋼棒が破断した場合には目視で容易に確認できる、ことの3点を開発目標として技術開発に取り組んだ。在来線の廃線トンネルにおいて、鋼製フレームに種々の突出防止対策を施した試験体をセットし、緊張したPC鋼棒をガスで切断する方法で対策効果を確認した。その結果、突出防止対策として、横締め鋼棒の定着部に、厚さ3.2mm、幅150mmの鋼板をあて、その上から幅550mmのアラミド・ナイロン繊維シート(縦方向のアラミド繊維で引張強度を、横方向のナイロン繊維で柔軟性を得るようにしたもの)を接着する方法を採用し、「PC横締め突出防止工・繊維シート接着工施工マニュアル(JR西日本、平成15年6月)」に取りまとめ、現場における施工や品質の確保に資するようにした。
このマニュアルに基づき、山陽新幹線では、PC鋼棒の破断に伴い第三者被害の発生が想定される箇所をすべて対策することとして、道路管理者や河川管理者との協議を経て、道路や河川堤防との交差部、側道部などの約1,000連のPC桁を対象に2005年度までに対策を完了させた。写真-2に横締めPC鋼棒の突出防止対策の施工済み箇所の事例を示す。また、突出防止対策の施工後、横締めPC鋼棒が破断した箇所の事例を写真-3に示す。写真-3の事例より、開発目標とした上述の①、②、③が満足できていることが確認できる。
余談ではあるが、山陽新幹線PC桁の横締めPC鋼棒に対する突出防止対策は2005年度に完了しており、これまで、特段の問題は発生していなかった。しかし、PC桁の竣工図面と現場施工状況が異なっていたために、当時、突出防止対策不要と判断して対策を実施していなかったPC桁で横締めPC鋼棒が破断突出し、あと埋めコンクリートが飛散する事故が最近発生した。竣工図面と現場施工状況の相違を図-4に示す。事故の第1報を聞いたときは、剥落防止ネットが経年劣化し、水切り部の剥離したかぶりコンクリートの重量を支えきれずに剥落防護ネットが破れてコンクリート片が落下した事故と思った。しかし、土木技術センターの社員が現場を確認して初めて、横締めPC鋼棒の破断によりPC鋼棒が突出し、あと埋めコンクリートが剥落防護ネットを突き破って飛散したことが原因と判明した。竣工図面と現場施工状況が異なる場合があることにまで考えがおよばなかったが、幸いにも通行者などに被害はなかった。剥落防護ネットの施工時に現場作業責任者や監督員が気づくチャンスがあったかもしれないが、現場では構造物をきちんと視る習慣を身につけたいと思っている。
(次回は、2022年4月中旬に掲載予定です)。