道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- 第61回 ここまで落ちたか米国のメンテナンス ‐米国の行政専門技術者の言葉が真実になった‐

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎 氏

公開日:2022.03.01

3.おわりに
「特にヒトを忘れてはならない」

 2020年のARTBA(American Road & Transportation Builders Association)のレポートによると、ペンシルベニア州には約25,000の道路橋があり、州内の道路橋の14.6%が構造的に欠陥のあることが示されている。ペンシルバニアDOTの試算では、構造的な欠陥を抱えている橋梁の修繕に207億ドル(約2兆3千8百億円)を要するとのことである。もしもこの値が真実であるならば、1橋平均で6.5億円が必要なことになる。我が国の道路橋の橋長、幅員から想定すると、かなりの高額となる。

 ペンシルバニア州DOTも欠陥橋梁を改善するための種々な施策を行っているが、その一つが、2015年1月プレナリー・ウォルシュ・キーストーン・パートナーズ(プレナリーグループ、ウォルシュグループ、グラナイト・コンストラクション・カンパニー、HDRエンジニアリング)と8億9900万ドルで契約を締結した官民パートナーシップ(Public-Private Partnership :PPP)がある。ここに示すPPPは、州内にある比較的小規模の558橋を3年以内(2017年末まで)に架け替え、その後25年にわたって維持管理するとの契約システムである。ペンシルバニア州が採用した先に説明したPPPを含むブリッジマネジメントによって、2008年に時点で6,034橋あった欠陥橋梁数が2016年には、4,200橋まで減少させている。8年間で1,834橋の欠陥橋梁を改善できたことは、ペンシルバニア州の進めたマネジメントはかなりの成果があがっていたとの評価ができる。

 しかし、ペンシルバニア州DOTとしては、「ある橋の健全度状態を改善したとしても、他の残された橋の健全度状態が悪くなる」との『鼬ごっこ』のような現状報告もある。例えば、10橋をマネジメントによって欠陥橋梁リストから外すと直ぐに、2~3橋が欠陥橋梁リストに追加される、十分な『安全・安心』を確保するには困難な状況であったとのことである。今回の事故を受けたペンシルバニア州の対応報道には、2022年に、道路と道路橋に約61億ドルを支出し、FHWAの進めるインフラプログラムを通じて今後5年間でさらに40億ドルの補助金を受け取る予定であったとの記事もあった。多額の予算を社会基盤に投じるのみで本当に信頼できる社会基盤施設の提供が可能なのであろうか?私は、カネだけでは到底無理と思っている。

 皮肉なことに、ジョー・バイデン大統領は崩落事故発生当日に、米国の社会基盤施設の高齢化に対する戦略的なマネジメント施策について、崩落事故現場から僅か2マイルの『カーネギーメロン大学』で大統領肝いりのインフラ投資政策について講演する予定であった。図‐21は、崩落したファーンホロー橋の右岸取り付け部でエド・ゲイニー市長から説明を受けるジョー・バイデン大統領の状況である。ジョー・バイデン大統領の予定していた講演の内容は分からないが、米国で進めているインフラ投資政策は以下である。
 米国はトランプ政権からバイデン政権に変わった2021年3月に『FACT SHEET : The American Jobs Plan』を出した。そこでは、従来の公共的施設に対する投資の転換を掲げている。投資転換の理由としては、「何十年にわたって適切な投資を行ってこなかったことが原因で、米国における公共的施設の総合的な質は世界で13位に落ち込んだ」とのことである。投資を怠ったことによって、「道路(高速道路及び主要道路17万3千マイル)、橋梁(4万5千箇所)、水道などの設備は崩壊し、電力網は壊滅的な停電の危機にさらされている」と現状を分析している。

 公共的施設管理・運営改善策としてバイデン政権が『FACT SHEET』で示す交通関係施設の施策は、「高速道路を整備し、橋梁を再建し、港や空港、交通機関のアップグレードである。詳細な内容は、20,000マイルにおよぶ高速道路、道路、幹線道路の近代化、経済的に重要な橋梁10橋の修復、地域社会を繋ぐ重要な橋梁10,000橋の修復及び水道施設の鉛製排水管の廃止、200万戸以上の住宅、商業ビル建設、保全、改修、学校や保育施設の近代化」などである。ここに示す『FACT SHEET』による計画は、「10年間で約2兆ドル(その後減額し、1兆2千万ドル)の投資を行うとし、交通インフラには6、210億ドルの追加投資、特に、道路や橋梁の近代化に1,150億ドルの増額によって大気の質改善、温室効果ガス排出の抑制や渋滞解消につながる」としている。米国の交通インフラの未来を築く計画としては、「公平性を考慮し、米国の将来を見据えて設計し、それには200億ドルの新プログラムを策定している。この計画を実行するために、公的資金の効率的・効果的な投資を行うために説明責任と透明性の確保し、米国民にとって意味のある成果(コストとパフォーマンスの両面で最良の結果を得る)となるよう、米国政府のあらゆる隔壁を取り除き、世界レベルのトレーニング、技術支援、調達のベストプラクティスを通じて、プロジェクトを現場で実施する州、地方、郡政府の支援を行い、インフラ投資の実施を促進する」と示している。この計画は、「ステークホルダーの関与やコミュニティの協議を優先することで、公平性、健康、環境面におけるメリットを最大限引き出して行う」としている。『FACT SHEET』計画を実行するために必要な税収を確保するためには、「法人税率を28%引き上げる等によって、今後15年間で約2兆ドル以上の税収を見込み、これによって恒久的な赤字削減となる」と示している。
 政治家の夢のような構想は良いが、それが実現できなければ何の意味も無い、忘れもしないミネソタ州の高速道路橋崩落事故、フロリダ州の歩道橋落下事故などを考えるに、今回のバイデン大統領肝いり政策も机上の空論とならないのか。私としては、5年後の米国のインフラ事情を見たいものである。

 ファーンホロー橋崩壊事故発生当日に国家運輸安全委員会(The National Transportation Safety Board:NTSB)は、ジェニファー・ホーメンディ委員長をリーダーとする現地調査チームを派遣し、原因を調査すると発表した。国家運輸安全委員会における今回の調査番号はHWY22MH003となっているが、事故原因調査に12ヶ月から18ヶ月を要するとのことである。事故調査が早いか遅いかは別にして、構造的欠陥橋梁を含む社会基盤施設に対する対応策を実行するのが急務である。
 今回の崩落事故発生直後から私は、公開されている関連情報収集し、本連載に掲載するために分析を行って感じたのは、ペンシルバニア州DOTやピッツバーグ市DOTから公開されている資料が極端に少なかった。その理由を考えてみたが、今回の崩落事故の場合何故か特定問題の扱いとなり、ファーンホロー橋の点検・診断資料を含む全文書の公開が法律で禁止されているとのことであった。米国においては珍しく、ファーンホロー橋直近の定期点検結果を含めて情報を公開するとテロリストにその情報を利用され、脆弱性を特定する可能性があるからだそうである。外部への情報公開が原則の米国において、情報統制が行われているとは信じ難い。

 今回のファーンホロー橋崩落事故は、私が何度も通ったペンシルバニア州ピッツバーグであることから、他人事とは思えず、今回の連載に掲載する内容を取り纏める作業にも熱が入った。私が州DOTの技術者や責任者と直接会ってペンシルバニア州の進める道路橋メンテナンス、点検・診断、そしてマネジメントについて意見交換を行ってきた。その時の私、そしてその後の私は、米国内で進めている道路橋メンテナンスにおける考え方は諸外国のトップレベルである、それを築き上げる技術集団は、優れた専門技術者で構成されていると認識していた。このようなことから、私は多くのスキルをFHWAやターナー研究所及び州DOTから学ぶことが必要不可欠と信じていたし、その様な接し方をしてきた。今思うに、ペンシルバニア州DOTのNO11 Engineering District & County Maintenance Office でミーティングした、Louis J. Ruzzi, P.E.橋梁課長が私に「エキスパートとして、予算要求や技術的な判断を行えるのは自分が最後のような気がする。今後のペンシルバニア州や州下が管理する道路橋管理が現行のまま、それ以上のレベルで確保されることを祈っている」と述べたことが、今回の事故で現実となったと思った。社会基盤施設のメンテナンスを適切に行い、『安全、安心、快適』をステークホルダーに提供するためには、ヒト、モノ、カネが必要であり、特にヒトを忘れてはならない。

 本連載の最後に、偉大な大先輩が亡くなったことを読者の皆さんに報告しなければならない。倉西茂東北大学名誉教授(写真‐3)が今年1月21日(92歳)に天国に召された。倉西先生とは、年回開催される土木学会鋼構造委員会でお会いし、委員会後の懇親会で貴重なお話を聞き、アドバイスを受けるのが恒例であった。倉西先生の出された書籍は『最新 橋構造』など数多くあるが、私が良く見ていたのは倉西先生のコレクションとして公表されていた『アーチを主にした橋の写真集』である。海外に行くたびに、倉西先生のコレクションを見て、その場に行き対比して見て、日本に帰ってくると倉西先生にそのことをお聞きすることが何度かあった。例えば、図‐22に示すヴェネツィアの『嘆きの橋』(石造りアーチ橋)、イギリス・ダブリンのハーペニ橋(鉄製アーチ橋)、そして図‐23に示すペンシルバニア・ピッツバーグのスミスフィールド橋(Lenticular truss bridge)、ニューヨーク州・バッファローのレインボーブリッジ(鋼製固定アーチ橋)などである。今回示した倉西先生コレクション、橋の写真はほんの一部で、私が現地に赴いて撮ったデータと重ねて示している。

 私の話す、海外で見てきた橋(倉西先生お気に入りの橋を見に行く)の特徴について眼鏡越しの穏やかな顔で聞き、そして、ゆっくりと分かりやすく私見を述べる倉西先生に対し、感激して聞き入るのがいつもであった。倉西先生が亡くなられて思うのは、偉大な技術者の後を継げる技術力と判断力のあるエンジニアは現代には数少なくなり、今回のピッツバーグで起こったような事故は今後ますます増加するのではと心配ごとの尽きない私である。
 今回は急遽、前回の約束を方向転換し、米国の道路橋崩落事故について話題提供した。しかし次回は、前回の残りの部分、数多くの簪を指したように様変わりした外観を如何に元に戻したのかについて、興味深い話をしようと思っている。まさか、予定を変更せざるを得ない、今回の崩落事故と同様な事故や事件が私の接してきた貴重な人脈の範囲内で起こらないことを祈るばかりである。何故かと言えば、もしも同様な大事故や私に関連する事象が起こると私としては、再度、読者の皆さんが期待している前回の話題提供した続きをまたまた延期しなければならないからである。
(次回は2022年6月1日に掲載予定です)

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