道路構造物ジャーナルNET

第68回 たかが伸縮、されど伸縮

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
政策参与

植野 芳彦

公開日:2021.09.16

3.伸縮装置の課題

 皆さん、「標準化」と言うと馬鹿にする。「デザイン」とか「景観」と言うと評価する。そういう世の中である。それはそれで価値がある。世の中のもの全体を標準化してしまったら、アジが無い社会になってしまう。ランドマーク的なものも必要であろう。
 しかし、逆に世の中のモノ全部がそういうものではない。例えば工業製品を見てほしい。かなりなものが標準化されている。市販製品はほとんどがそうだ。そもそも皆さん、標準化というものの価値を分かっていない。
 自動車は、かなりの部分を標準化することでコストを抑えている。標準化の大きな目的の一つはコストの縮減である。これが理解できない方々が実に多い。コストを抑えつつ、品質を一定に保つ効果が大きい。ミスの防止効果もある。これが工業製品の基本的考え方である。
 まずは、橋梁の付属物に関しては、役所もコンサルが真剣に考えていないので、標準化を図り一定の機能と水準を示すことにより、品質の確保とコスト縮減を目指したいのである。公共物は工業製品と違い標準化はそぐわないという意見も一方ではある。たしかにそれは正しい。しかし、そういうほど真剣に、ディテールなども考えているのだろうか?
 日本がなぜ、いわゆる、システム化が進まないかと言うと、まずそういう思考の技術者が少ないこと。変なこだわりがある。美術品とインフラは違う。日本が戦争に負けた理由の一つも技術面から見ればそこにある。連合軍の合理性に負けたのである。いざというと精神面と技術性は違うことがわからなくなってしまう。標準化は連合軍の「ボルトの標準化」が最初だと言われている。その合理性こそが、時間短縮とコスト縮減、設計ミスの防止など幅広い面で必要なのであるが、どうもわが国では軽視されてきている。
 伸縮継手の設計においては、発注機関によって考え方、形状、仕様などが違っている。おおむねNEXCOなどの旧公団等と国土交通省仕様に分かれ、自治体は国土交通省の仕様に従って設計される。しかし、維持管理の時代となり、構造系の計算や仕様は遵守しつつも、止水性などの優れている部分は、取り入れていくべきである。旧公団系の伸縮装置は、昔から止水性に配慮されており優れている。
 下部工にASRなどの損傷が見られる場合、橋面防水は気にするが、伸縮装置の防水性に関しては意外と漏れている。伸縮からの水は下部工だけでなく、支承の損傷劣化も早めることとなる。
 維持管理の時代に向かい、これまでのコスト重視だけでは、他に及ぼす影響が大きいので、新たに止水性や耐久性などの課題が大きい。さらに、これまであまり考えられていない、地覆部からの漏水も大きな問題となる。


漏水試験 ほぼNEXCOと同様な止水試験を実施

回転試験

 現在の伸縮装置の判断基準プラスこれらを加え評価するわけであるが、この伸縮装置の検討に対し、協力的な企業、非協力的な企業も加味して比較表を作成し、意見照会も実施したが、この段階においても非協力的企業は非協力的であった。まあ、田舎の自治体は、相手にしていないということであろう。こういう企業は、営業の主眼をコンサルにおいている。しかし、実際にお金を出しているのはどちらか? 冷静に考えてほしい。仮に、将来の包括管理を見極めてそうしているというのであれば、その先見性はすごいが、たたき合いが待っている。ノージョイント化というのも進んでいることも、忘れてはならない。
 さらに大きな問題なのが、伸縮装置の施工の現状を見てみると、慣れてない土建屋さんに安易に発注し、慣れていないので施工状況が悪いのが確認できる。床版端部の必要な鉄筋を切ってしまっている例もある。この辺の仕組みは何とかならないのか? 確認したが、発注側の市の発注システムが治らない。せめて、メーカーの現場指導もしていただきたいところである。
 維持管理の時代になると、できるところにきちんとやってもらわないと、弱点がイニシャル時にできてしまう。前回の、フェイスプレートの破断の原因は、特定には至っていないが、選定時のコスト主義と、施工時の設置状況に原因は絞られる(そこに橋台のASRが加わっている。山が動いているか?という調査もしたがそれはなかった)。
 しかし、何よりも伸縮装置に関し設計時に真剣に考えていないことが大きな問題である。付属物なので、本体ほどは官も民も気を入れていない。イニシャルコストが安ければそれでよいという判断基準もおかしいので、その考え方を示していく必要がある。
 橋梁本体には皆さん結構気を入れて取り組むが、付属物に関してはあまり気を使わない。工程的にも時間がなくなり、「こんなもんで、いいか!」となってしまいがちであるが、弱点となる。たかが伸縮、されど伸縮である。

4.まとめ

 これまでわが国では、比較的公共事業に関しては、過失が認められてこなかった。しかし、今後は違うだろう。事故があり第三者が巻き込まれれば「管理者責任が問われる」時代が来ると思う。そうなると今度は、管理者としては「製造者責任」を問わなければならなくなる。何が正しいのかは、判断が難しいところであるが、間違いなく役所の責任も民間側の責任も重くなる。私は個人的に、既製品が公共工事に採用され始めたのは良いことだと思うが、その責任というものが大変だと考えている。事故があった場合、「製造者責任」が発生する。その覚悟が必要である。
 これまでの維持管理は、管理しているものが正常で、間違いなくできていることが前提の、いうなれば「性善説」に基づいた管理をしてきたと思う。しかし、実際に現場を見ていると、そうではないものがある。鉄筋が入っているはずのところに鉄筋が入っていない。鉄筋不足。これは最近でもあった。単なるミスなのか? 手抜きなのか? わかっていないのか? この辺が良くわからないが、間違いなく設計時の図面とは違うモノであり、計算ですらそういった間違いは存在する。
 これを言うと、「役所は一度受け取っているのだから、役所の責任だ」と言う方がいるが、これも正しい。しかし、見つからなければ何をやってもよいのか? これまでは地震や災害時に、壊れて初めて露見するということもあったが、あまり取り上げてこられなかった。これは、先に書いたように、一度役所が受け取ったからという理由が大きい。
 実は、私が見ていても、役所の検査体制は甘い。甘いというよりも、わかっていないのである。個人の力量に任せているといってもよい。しかし、本当に厳しくすると、地元のコンサルも土建屋さんも、ほとんどが公共事業はできなくなってしまう。現在は、厳密にチェックしようと思えば、非破壊検査技術の手法も進んでいるし、解析技術と併用すれば、やる気さえあれば確認はある程度可能である。
 いつものように、厳しい言い方をすれば、本体の設計や検討、工事もおぼつかない(これは官も民もである)のに、付属物までちゃんとできるはずもない。だから、示してやろうとしたのだが、いらないというのだから大したものである。まあ、昔から、LCCなどを出す時に、伸縮装置の交換サイクルは大体20年としている検討ケースが多い。これが前回書いたように2年で壊れていったらどうなるのか? 10倍のコストがかかるわけであるが、意外と気にしていない。想定よりも早く壊れたらなぜか? というのを、確認するのが技術者だと思うのだが?
 私の趣味の日本刀で言うと、伸縮装置は切羽(せっぱ)のようなものであると思う。目立たないが無いと本体がぐらつく。実は重要なものである。この切羽も厚さが様々なものがあり微妙に違う。うまく合わせないと、がたつきが出てしまい、鑑賞するだけでは問題は少ないが実戦には向かない。


切羽:「切羽詰まる」の切羽

 今の世の中、形ばかりに気がとらわれ、実際に使用することがおろそかになっている気がする。だからよいのか? 伸縮装置からの漏水も問題であるし、そもそも段差があれば、走行に支障をきたすだけでなく、橋梁への進入時と退出時に、衝撃を橋梁本体に伝えてしまい、本体の損傷にも影響する。道路橋示方書において、伸縮装置のフィンガーの段差の許容値はご存じだろうか? 重要な装置なのである。
(次回は10月16日に掲載予定です)

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