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-分かっていますか?何が問題なのか-
第59回「建造物の景観と色彩設計 ‐誰でも色は変えられるが、色を変えた責任は重い‐」

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2021.09.01

塗装を塗り替えるチャンス

2.橋梁の色彩設計とは
 私が構造物の景観を考える際にバイブルのように扱っている書籍に、先の『橋の景観デザインを考える』以外に、石井一郎・元田良孝共著の『景観工学』がある。その中にも色彩について以下のように解説されている。その内容は、「色彩には色相と明度と彩度の三つの属性がある。色相とは黄と赤と青の三原色を基本色として、色味変化をいう。明度とは白が最も明るく黒が最も暗い色のもつ明るさの度合いをいう。彩度とは、色の強度つまり鮮やかさをいう。この色の三つの属性の関係を立体的に置き換えたものを色立体(文中には無いが、読者が理解できるように色立体を図‐2に示す)という。橋梁の見え方は周囲の景観との相対関係に影響され、背景や前景との色彩・形状・大きさとのコントラストに左右される。橋梁が景観の主景となるためには橋梁の印象が周囲から際立つことが必要であり、このほか、景観の設定主題によって、橋梁と周囲景観に同等の存在感を持たせる場合と、橋梁の存在感が感じられないようにする場合とがある。光線の方向や照度や素材による影響もあるが、色彩に影響されることも多い。そして色彩は橋梁として最後にデザインする手段でもある。橋梁の構造形式は、架け替えない限り変更することはできないが、塗装による色彩の変更は簡単にできるので、これにより橋梁景観の印象を生まれ変えらせることもできる。また、夜間照明により観光名所として橋梁をライトアップして浮き上がらせることもできる。」とある。

 『景観工学』で示されているように「塗装による色彩の変更は簡単にもできるので、これにより橋梁景観の印象を生まれ変えらせることもできる。」説明文のアンダーライン箇所、これが実は曲者なのだ。塗装を塗り替えるチャンスは、合成樹脂系の塗料を採用した場合、十数年に一度の程度で訪れる。この塗装塗り替えのチャンスを見逃さずに行動に出る人が行政技術者、それもある程度の権力と権限を手に入れた人に結構いる。自分の偉業を橋梁に活かして残したいとの考えは、新設橋梁に取り込みたいと思うのが一般的ではあるが、道路橋の場合、計画から実施設計までにかなりの年月がかかるので、なかなか思い通りにはいかない。また、構造や建造物外観の選択肢は幅広く、誰にでも可能と思われるかも知れないが、美しい建造物、理解される建造物を造る基本的な知識と技術力が無いとかなり困難で、自分の意見を反映させるにはかなりの勇気がいる。

 ところが橋梁の色彩は、周囲から駄目出しされれば塗り替えれば良い、「たかがペンキだ」と軽い気持ちで色彩選定、変更が出来る。この手の話は山ほどあり、私の経験では自分の好みで色彩を変えたのは良いが、地域の住民から苦情が殺到し、元の色彩に戻した事例がいくつもある。篠原先生が示した『好きな背広』にも橋梁の塗り替えに関する記述がある。橋梁塗装の塗り替えについての重みが何となく分かるので該当する箇所を抜き出すが、それは『アメリカ橋』の章である。文中で取り上げている『アメリカ橋』とは、山手線を跨ぐ目黒区の管理する正式橋梁名『恵比寿南橋』のことである。塗り替えに関する記述は、『アメリカ橋』が曲名となっているフォークソングの話で、「鉄で出来た青い橋」の歌詞(作詞:奥山侊伸)が関係する。読者にも分かるように該当する歌詞を抜きだすと、「アメリカ橋って知っていますか・・・・・下を山手線轟々走る鉄でできた青い橋あなたが教えてくれたのね・・・・・」の部分である。

 ここからが今回の本題に大いに関係する部分、『橋の景観デザインを考える』には、「ここで使われている青い橋は架け替える前で、当時は金属でできた灰色の橋であった。レコード発売時に色が違うことに気が付き、費用はいくらでも出すから青色に塗り替えてくれと渋谷区?に頼んで断られた。・・・・・」との記述がある。要するに、レコード会社(ワーナー・パイオニア)の人が、曲名『アメリカ橋』のレコードを発売する前に、曲名となっている『アメリカ橋』の現況を確認に行ったところ、歌詞では『青色』となっているが、現在は『灰色』であることを見て、困り果てた。そこで、レコード会社の担当者?責任者?が歌詞と現地とを合わせるために、『恵比寿南橋』の管理者である目黒区役所に出向き、色彩の変更を依頼に行った話であると推測した。要するに、曲名『アメリカ橋』発売の逸話からも、橋梁の塗装塗り替え、色彩変更は容易であると多くの人皆が思っているのが分かる。ちなみにここでキーポイントとなっている曲名『アメリカ橋』は、『あずさ2号、コスモス街道』などで有名なフォークソング歌手『狩人』が女性歌手『湖東美歌』のカバー曲として歌い、結構ヒットしたと記録に残っている。私の記憶では、曲名にも使われた通称名・『アメリカ橋』は、昔は美しい「青緑色」の中路アーチ橋であったが、何時だったか白っぽいグレイ色に塗り替えられたと思う。

 ここで紹介した通称名・『アメリカ橋』の話には、面白い追加の話がある。その話は、『恵比寿南橋』は平成10年に架け替えられ、以前の美しいアーチの面影も無く、魅力も無いただの単純桁に架け替えたことに関係する。架け替えた『恵比寿南橋』の照明デザイナーは、私も種々な面でお付き合いのある『石井幹子』さんだそうである。面白い話とは、架け替え橋主桁の色彩が何故か曲名『アメリカ橋』の歌詞となっている『青色』(ストリートファニチャー類は、濃い「みどりいろ」)が選択され、塗られていた。私としては、色彩について目黒区も粋な計らいをすると感心はしたが、外観と構造形式に問題があると感じた。以前の『アメリカ橋』は、余部橋梁も作り、樺島正義も学んだ『AMERICAN BRIDGE COMPANY』製のアーチであり、魅力満載であった。費用が嵩むアーチよりも簡単で費用も安い単純桁、管理者としての考え方は分かるが、以前の美しかった面影が無くなったことに、酷く落胆している。
 前置が長くなったが、さて、ここからが本日の主題、東京の中心を流れる隅田川、『橋の博物館』隅田川に架かる道路橋の色彩を変えた話をしよう。

まずは対象橋梁周辺の色彩環境調査を行うことが必要

2.1 既設橋を対象とする色彩の検討方法
 既設橋の色彩設計の基本的流れを図‐3に示す。
 既設橋の色彩設計を行うには、まずは対象橋梁周辺の色彩環境調査を行うことが必要である。色彩環境調査の第一は、現地で対象構造物と周辺のスケッチや写真撮影等を行い、その後それを基にJIS標準色票を用いて視感測色を行う。視感測色は、現地スケッチをベースに基本カラーコードを使って周辺環境にどのような色相の色、色調の色があるのかを調べることである。
 視感測色の注意点として、対象構造物を取り巻く建築物、看板、屋根、植栽、ストリートファニチャーなど周辺環境としての専有面積は狭いが、アクセントとして使われている色彩に分離してコーディングを行うことである。基調色とアクセントカラーでは、使用目的も異なり、使われている色彩が異なるので注意が必要である。測色調査やコーディングには、色彩の『ものさし』となるJIS標準色票が必要となる。JIS標準色票は、JISZ8721「三属性による色の表示方法」に規定されているYxyを基準値としている色票集であり、産学で広く使われ、統一された色の表示方法の測色などに有効である。
 JIS標準色票は、色相2.5間隔で40色相の等色相面のチャートに分離され、それぞれ明度1ステップ、彩度2ステップの段階で色紙が配列されている。色票総数は、1928(カラーチップ数1570)から成り立っている。また、調査用カラーコードは、系統色名による色彩分類方法として、最も完成度が高く、色彩市場調査や色彩使用実態調査などに使われる。

 色の三属性による色票系は、色の世界の緯度経度を定めたものであって、その色番号は色彩の位置を細分化表示するには便利ではあるが、周辺環境調査では、ある程度のブロック別に分離し、それぞれのブロック別に誰でもが理解できるような平準な名前で呼ぶことが必要である。誰でも理解できる呼び方とは、基本原色名の赤、黄、緑などの基本的色名であり、それに、うすい、濃い、明るい、暗いなどの色の調子を形容する言葉を組み合わせて呼ぶ系統色名を用いて、それらの色名ブロック別に色彩分類を行うことである。
 調査用カラーコードでは、基本分類、大分類、中分類、小分類の大きい区分から小さい区分の4段階を使い分けている。第一の基本分類は、最も大きな分類で色の世界を16種類の色名によって表示する(圏別ともいう)。大分類は、日常よく使われている系別の表現(例えば、ピンク系、ブラウン系、オリーブ系など)であり、色の世界を25ブロックに分類している。表‐1に色系統の分類を示す。中分類は、明度と彩度を掛け合わせた色の調子(トーン)を系統別の色名の形容詞として使い、色の世界を92ブロックに表現している。小分類は、中分類の系別の色名の形容詞と、色みの形容詞(例えば、greenish、reddishなど)を組み合わせて分類したもので、色の世界が230ブロックに纏められている。表‐2にトーンの分類を示す。
 以上に示した分類によって、対象橋梁を取り巻く環境色について視感測色を行う。視感測色した結果をコーディングした資料として表‐3に示す。色彩設計の次の段階は、視感測色コーディング資料を基に対象橋梁の候補色選定を行う。候補色の選定は、背景との調和を考え、明度、彩度に区分け分類し、どのゾーンとなるかを調べ、色相の確定を行ない、候補色を絞り込む。ある程度絞り込んだ候補色を基に、対象橋梁の色相、明度、彩度等を自由に変更し、対比するカラーシミュレーションを行う。
 カラーシミュレーションは、対象建造物のパース作成し、コンピューターグラフィック、カラーシミュレーター、クロマキー合成他モニター上で各種色変換機材による方法など、候補色を自由にコントロール出来る種々な方法がある。カラーシミュレーションによる候補色の決定は、多くは最終決定者の視感、もしくは参加者の合否で決定する。以上、既設橋梁を塗り替える場合の色彩設計について、基本的な流れを示した。

 現在構造物を対象とする色彩検討は、コンピューターグラフィックを使う事例が多いと思われるが、いずれにしても十人十色、選定者が集まれば集まるほど意見は分かれ、大変な議論となる。そこで、責任逃れの行政技術者が選択する何時ものパターン、学識経験者を入れた委員会の開催となる。

 ここで、話の方向が全く変わり、行政技術者の技術力と発信力について触れる。先月、静岡県の難波喬司副知事(国土交通省出身)が、熱海市で発生した斜面崩壊原因と経過について、「私は当該分野の専門家であり、私が原因と因果関係を説明します」と、記者会見で自信に満ち溢れた顔で解説していた。私は報道を見て、難波副知事の姿こそ行政技術者の有るべき姿であると思った。

 難波副知事の記者会見の様子をテレビで見て、聞いて、副知事の高飛車な話し方は別として、私は何故か胸がスーとした。公的組織の多くが、何時でも何処でもお決まりのように、本当に技術力があるのか疑う学識経験者を烏合の衆のように集めて、理解できない結論を導く、これではダメですよ、行政技術者の頑張りや顔が全く見えない。このようなことを続けることから、住民や利用者が公的組織や行政技術者の言うことを無視し、耳をかさなくなるし、優秀な人材も集まらなくなる。
 ここで本題に戻し、私が関わった著名橋整備事業における既設橋の色彩変更について説明しよう。なお、当該部分の色彩説明においては、わざわざ採用色を古式色名で表示しているが、この理由は、私がここで一般的なマンセル値で色彩を示すと既設橋梁に採用している色彩との差異が明らかとなり、組織内で種々な問題が発生する可能性があると危惧したからである。心配性の私としては、敢えて古式色名を使うことで余計な騒動を起こしたくない配慮であることを、読者の方々は理解されたい。

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