道路構造物ジャーナルNET

第60回 NHK『クローズアップ現代』 放送後記

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
政策参与

植野 芳彦 氏

公開日:2020.12.16

1.はじめに

 寒くなってきました。私の住まう、小山市は結構寒い。コロナも再燃してきましたし厄介です。12月2日は笹子トンネル事故から8年目の日でした。これに合わせNHKでの番組制作に協力しました。その辺のことを皆さま、気にされていると思いますので書きます。

2.放映結果

 まあ、番組を見て連絡いただいた方の評価は、おおむね良好であったので良かった。しかし、私自身、消化不良である。どうも、予算が大変だと逃げているようなイメージである。しかし、これが自治体の現実である。予算が潤沢にある国やNEXCOとは違い、一つのことをやるにもすぐにはできない。それで皆苦労している。 
 番組開始直前まで、ディレクターとやり取りし、また、終了後に電話をいただいたので、第二弾の希望を言っておいた。「どうも、今回、逃げているようで物足りないので、次に『挑戦編』をやりましょうよ!」と。なんか、トリアージだけでは逃げのような印象だ。トリアージは、マネジメントの初期段階のひとつのパーツである。当然の手法で、当たり前であり、ここから始まるわけである。これで騒がれても、全体のマネジメントはできない。正直のところ、トリアージそのものやトリアージの順位付けに対し批判をするのならば、「勝手にお前がやれ」と渡してやりたい。もし、何も考えないで全部を同じように対処するのならば潤沢な予算が必要だ。それに、人材と補修技術、対処方法、施工業者と、ないない尽くし。

 発言の中の、一部を取られているため過激な発言や、意味が分からないと聞こえることでしょう。まあ、実情を知ってもらうにはよいかと思う。問題は山積であるが、危機感のない方々が多い。技術的な観点と財政や地域性など勘案して対処していかなければならない。膨大な作業量となるはずだ。皆さん覚悟はおありだろうか?
 こと、維持管理に関しては、住民との協働とか、自分たちでやっていこうとか、発注作業が大変だなどとは言っていられなくなる日は近い。

 トリアージだけとらえるのも、一方的であり、そこには、財源のなさは当たり前で、与えられた資源で戦うしかない、旧日本軍の戦いと一緒であり、今後はマネジメント戦略が重要な決め手となることが、どうも理解されない。私は、結果的に戦力不足となり、降参することにならなければよいと思う。究極の選択肢で、財政破綻を引き起こすか、インフラが荒廃する自治体が多数出ることを懸念している。
 近接目視点検の義務化のファーストステージが終了し、セカンドステージに突入している。点検の簡素化の要望が高いが、今以上の簡素化は可能なのか? 多少はできるであろう。しかし、本当に理解しているのか? 「点検の義務化」と言うことで義務だと思ってやっていないか? 点検の義務化は、大したことではない。構造物がどの程度、劣化していて、自分の自治体の今後の財政にどう影響していくのか? ということが重要であり、大したことが無ければ、それは幸運であり、現状を維持していけばよい。しかし、多くの自治体は、そうではないはずである。
 点検もトリアージも、わかっている人間が決定していけば、時間も費用も極力低減できる。ただ、今の世の中、それでは不都合な方々が多いから、できない。少なくともわかっている人間が見れば大筋で間違いは起こらない。こういうと叱られる。「誰が責任を取るんだ!」しかし、放っておいたり間違った診断をして事故になっても責任は発生する。「叱られる」だけでは済まない。

3.現状の理解

 インフラの維持管理というものは、理解者がほとんどいない。一般の方はもちろん。専門家と言っている人たちでも怪しいものである。その中でも特に「地方自治体が良くわからない」と言われる。それは当たり前なのである。自治体に理解できるほど入り込んでいる人は少ない。ちょっと来て、机上論や理想論を言われても実行はできない。私は幸運なことに(?)経験できた。それが良かったのか悪かったのか?

 実態を知れば知るほど絶望感を感じるほど、危機感が大きい。

 これまで、構造物に取り組んでこなかった方々が、やろうとしても、民間企業が、なんとなく仕事になりそうだからということで、参入を考えても、実態は見えない。実は維持管理は、新規事業なんだと思う。新設だけを長く考えてきて、いざ世の中が、こうなったから、やっていることだと思うが、本当は「長寿命化」ということが本当にできるのかどうかは、構造物の生い立ちから考えなければならない。
 構造物の生い立ち、それは計画⇒設計⇒製作⇒施工⇒運用・管理、そして現状⇒将来予測である。これらはすべて完璧であったのか? いやそんなことはない。各段階でリスクは存在する。それを見極めるのは大変だが、本来はやらなければならないだろう。

 笹子トンネルの件は、「老朽化」と言われているが、本当にそれだけなのだろうか?
 私は、あれだけの重量のあるものを、基本的にアンカーボルトで吊り下げるという、構造計画自体に問題があると考えている。まあ、作った当初はよいとしても、経年により付着力は落ちていくと考えるのが普通ではないだろうか? かつて木橋の技術基準を作った時に、考えたのは、木質構造は建造時はよいが経年劣化が激しい材料なので、維持管理を十分考慮しないと、とんでもないことになる、ということだった。それで、「木橋点検士」の資格をいち早く創設した。木構造技術に橋梁の思考を取り入れて対処したかったわけであるが、これも理解はされていない。しかし、逆にこれによって維持管理の重要性を顕著に感じ取ることができた。木橋の場合、経年劣化の激しいと考えられる部材は、交換を前提としているはずであるし、通常の橋梁も舗装や伸縮装置などは定期的な交換が考えられているはずである。


木橋の建設(上)、建設後の橋の上に象を渡した状況(下)

 現場の施工の不都合は現場を見ればある程度は分かる。しかし、計画や設計のミスを見分けるのは難しいが、どう見ても無理している橋は存在する。また、年代的に、これは、この企業にとってははじめのころの案件だというのもわかる。溶接のビードを見れば溶接の技量もわかる。橋歴板はそういう意味でも重要だ。

 富山で感じたのは、なんちゃって橋梁も少なからず存在すること。必要のない部材、構造形式、形だけまねた桁。多いのは下部工、形だけまねた形式、配筋や鉄筋量不足が疑われる。なので、耐震性を確認するのは、至難の業である。まんがではないので、形だけまねても設計とは言わない。これらはなぜ起きるのかであるが、結局、監督するはずの役所がわかっておらず、なんでも受け取ってしまっていたからである。結局は、税金の無駄遣いであり、子孫に負債を残しているのだ。

なんちゃって斜張橋 昔は、斜張橋を作りたかったようだが・・・・

 写真(上)の橋は、橋脚の天端に亀裂ができていたので、モニタリングで観察後、思った通り一部分が欠け落ちた。鉄筋探査をすると橋脚内の鉄筋量が不足しており、特に天端まできちんと入っていなかった。鉄筋の配筋には意味がある。猿真似ではいけないのだ。しかし、入っていればまだよい。入ってないものまであるから、笑ってしまう。外形はマネできるが中身はできないからである。
 こういうことをされると、本当に腹が立つ。いい加減にしろよ! 何が、地元育成だ! 育つ側も育てる側もよくまあ、いい加減なことができる。結果、あと何年もたせるかの検討も大変になり苦肉の策として鋼材で鉢巻をまいた。いくらなんでもひどすぎる。しかし、この意味が分かる奴がどれだけいるだろうか?

 RCはまだよい。問題はPCである。安易にPC構造物を作ってしまえば、管理は厄介になるが、そこがわかってやっているのか? 複雑な構造物であり、PCの張力が抜けたら、それをどうするのか? 張力は経年変化で抜けてくるのが普通である。維持管理はより複雑になる。それができる技術力があるのならば、良いだろう。

劣化で張力が抜けてくるPC橋も存在している(井手迫瑞樹撮影、富山市以外の自治体の橋梁)

安易にPC構造物を作ってしまえば、管理は厄介になる(弊サイトに既掲載、同)

本来は、無いはずのPC橋のクラック

 デザインに偏重したもの、構造の猿真似橋梁は全国に相当数存在することだろう。こういった潜在的な、脅威が、すぐそこにあるかもしれない。結局きれいごとや理想論では物事は動かない。いかに動かすかを考えなければならないのである。それが「実行者」である。評論家は多いが評論家では国民は守れない。

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