道路構造物ジャーナルNET

㊶どこを向いて仕事をしているのか

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
建設技術統括監

植野 芳彦 氏

公開日:2019.04.16

1.はじめに

 新年度が始まりました。
 私にとっては、ここでの最後の年度である。気を引き締めて、何かを残したい。
 でですね、私もここにこんなことは書きたくないのですが、誰も書かないので書いてます。だまって、何事もないかのように、していていいのか? という思いが強いからだ。世の中、黙って何もないかのようにしていれば楽なのだが、何かを残そうと思うとそうは行かない。

2.機関車とは?

「機関車とはどういうことか?」との複数件質問があった。
 世の中で、何かお金のにおいがすると、(純粋な人もいるが)多くの人々が群がってくる。しかし、なかなか自ら先頭に立って実行しようとはしない。したにしても、後追いで、イザ厳しくなってくると逃げ出す。これまで散々そういう目にあってきた。たとえば、阪神大震災時の対応。木橋技術基準の策定、などで経験してきた。

 阪神の時には非常に苦しかった、そのうえ、建コン協から途中で「金が合わないので、なんとかしろ」と抗議を受けた。途中だったので、腹が立ったが、私が思ったのは「こんなことでは、今後の大規模災害時には頼りにはならないな」ということ。
 このとき、さらに追い討ちをかけられたのが、標準設計の改定道路橋示方書への対応を実施していたところ、途中で建コン協からの「標準設計は必要ない」という、陳情から改定を中止し、標準設計そのものを廃止するということになった時である。まあ、どういうつもりか? 考えは分かってはいるが、「ツールは多いほうが良いのに、馬鹿な連中だな!」である。

 木橋に関しては、始めた当初は誰も協力してくれなかった。協会も存在せず、途方にくれていた時に、某新聞社の女性記者が、木材業界に声をかけてくれて非常に助かった。その声がけに応じてくれたのが「木橋技術協会」の設立当初メンバーである。
 ここで重要なのが“当初メンバー”というところ。この時点では声をかけても、まったく耳を貸さなかった業社も沢山いた。ひどかったのは「そんなことには協力できない」と、もろに言われた企業もあった(その企業は一生忘れない)。
 それが、モデル事業が始まり、世の中もそういう機運になってくると、様々な方々が面会を求めてきた。しかし、やはり根本的な精神が違う。私が協会を立ち上げた当初は「実務団体」を目指したのだが、どうも現在は「学術団体」を目指しているようだ。様々な考えがあるので、それはその団体の自主性に任せたい。目指すものが違うということである。

 ちょうど2000年に韓国において、「高速道路の民資事業(PPP/PFI)」のテクニカルアドバイザーをやってきた。橋梁105橋、トンネルは13本あった。おそらくこれは、画期的なことであっただろう。19年たった現在でも日本では、インフラのPPP/PFI事業は実施されていない(この経緯は反論はあるだろうが実際そうなのだ)。
 それで、一部の方々が集まり、一緒に研究会を作ったが、ここで感じたのはやはり、最初から「やろう」という人間と、「とりあえず参加」という人間の違いである。当初は数人で始め、気付いたら33社になっていた。私と、主要橋梁メーカーの人間で始めたのだが、それなりに脚光を浴びると、さも自分がやっているかのごとく言い出す、社長さんや各社の幹部さんもいて、閉口したが、嫌味程度で収めている。

 客車の方々には到底理解できない。私は機関車であり、常に何かを動かしたいということである。正直、何でも良いのである。やる意味がなくなれば、別な軌道に移るのみである。

3. 最近感じていること

 5年前の4月1日に富山市に赴任した。右も左も分からない状態ですごしていると、4月11日から会計検査がやってきた。それで数件引っかかった。市長から「対応を頼む」と言われ、中身を見だしたところ、建設部では3件問題があった。
 共通点はどれもコンサルが「ソフトでやりました」と言うところ。2件は、「答え方をこうしろ」と言ったら解決したが、残りの1件は最後まで行き、東京の会計検査院まで説明に呼ばれた。最終的には、何とか解決したが、問題は設計思想の欠如である。

 これは官、民共に言えることで、何のために事業をやっているのか? 業務をやっているのか? が考えられていない。そして、5年たっても、最近また問題が噴出している。何も変わっていないのだ。先が思いやられる。
 本来、発注者が何のために業務を発注しているのか? それがお互いに理解されていない。官側は「仕事をこなすため」、民側は「売り上げを上げるため」になってしまっている。こう言うと反発も大きいことだろうが、事実そうなのである。

 業務をやっていて、委託先に逃げられたのも数回ある。信じられないだろうが、「もう勘弁してください」である。最近もあった。それも、すべて大手コンサルと言われるところである。これには実際、腹が立つ以上に、情けない。「お前ら本当に技術者なの? プロなの?」「だったら最初からやるなよ」。責任感の欠如なのか?
 私の分析だと、最近世の中、ソフト系に偏っている。ここで言うソフト系とは、まちづくりとか、景観とかデザインといった分野である。こういった分野にもキチンとした方も沢山いるのだが、勘違いしている連中がまた多い。
 市役所程度の仕事を請け、ちやほやされていい気になっている勘違い人間も多い。彼らには責任が伴わない。なんとなく仕事をして、出せばありがたがられる。ちやほやされて、鼻高々。それに反して、構造系の方々は、後工程から評価され、ミスがあれば指摘される。実際に物を作るので責任が重い。だから責任感はあると感じている。
 結局、ソフト系に染まった方々は、自分が客車であることが分からなくなっている。いろいろ能書きは言うが、実際に実施していないので、机上の空論なわけである。“虚”なわけである。

 メーカーにいた時には、役所から電話が来るよりも、工場から電話が来るほうが怖かった。「1mm違っている。合わない。どうするんだ?」「これでは工数が上がってしまう。チャント考えてるのか? 板取りができなく、材料が足りない。どうするんだ」……。
 実際皆さん、どこを向いて仕事をしているのか疑問である? コンサルさんは自己満足か? 支承メーカーや伸縮装置メーカーさんはコンサルを見ている? 役所は保身か自分の将来? と思っている。最近、一番腹が立つのは、「市民のために良い物を作りましょう」という偽善的言葉である。本当にそうか? それだけの重荷を背負っているか? 努力をしているか?……どうもそうではないようにしか思えない。維持管理はハード技術の結集である。キチントした知見が必要である。

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