⑥橋梁現場最前線での緊急対応
若手・中堅インハウスエンジニアの本音 ~マネジメントしつつ専門的知見を得ていくために~
愛知県東三河建設事務所
道路整備課(事業第三グループ)
宮川 洋一 氏
はじめに
今年度に入って、この連載の執筆について、幾人から声をかけていただく機会があった。とても励みになり、これからも頑張ろうという気持ちになる。
2013年(平成25年)の道路法改定に伴い、橋梁点検が義務化され、現行制度により全国的に点検を開始した2014年(平成26年)以来、5年が経過し、全橋梁の点検を一巡し終えた。
これより少し前、米国ミネソタ州のトラス橋崩落事故や国内の木曽川大橋のトラス斜材断裂事故などを契機に、愛知県では2007年(平成19年)から橋齢30年以上の古い橋梁を優先的に対象とし、現行の橋梁点検要領にほぼ近い形で「橋梁緊急点検」が行われた。次年度より「橋梁定期点検」と名を変え、5年後の2011年(平成23年)に全橋梁の点検を終えている。(おそらく全国の都道府県や政令市でも同様でなかったか)
筆者の勤務していた愛知県西三河建設事務所ではこのころに重要橋梁の重大な損傷が相次いで発見される事例が多発していた。モータリゼーション時代に架設された多くの橋梁が40年程度経過する、そんな時期と重なっていた。2007~2012年(平成19~24年度)橋梁に重大な損傷が確認され、緊急対応を実施した事例を下図に挙げる。どれも主要幹線道路で河川を渡河する100m以上の長大橋において発生しており、万一事故が起これば社会に与える影響が大きなものばかりであった。これらのうち、④美矢井橋 鋼桁端部腐食事例、⑤渡橋(下り線)支承破損事例、⑦富川橋 鋼主桁疲労亀裂事例について報告する。
これらの報告は当時愛知県の「建設技術発表会」や機関誌「みち」に寄稿した内容をベースに加筆修正した。今思えばそれらの対応が「ここまですべきだったのか」「ロジック的でない」と思われることもあるが、経験の少なかった筆者が現場最前線の橋梁管理者として奮闘した顛末記として一読頂ければ幸いである。
鋼主桁端部の腐食損傷が確認された事例
「美矢井橋」の概要
愛知県岡崎市の一級河川矢作川に架かる緊急輸送路(主要地方道安城幸田線)の橋梁で、1965年(昭和40年)に架設され、橋長L=491.5m、4径間連続鋼鈑桁が3連、P4橋脚、P8橋脚で掛け違いとなっている。
日交通量は約1万4千台、大型車混入率は20%であり、管内では主要な県道であった。損傷発見当時、架設から46年が経過していた。
当時の規格は2等橋で設計活荷重は14t、2主桁(少数主桁!?)であり、床版支間が4mと長かったことから、1985年(昭和60年)に床版について荷重20tの対応で縦桁増設工事を実施している。また車道のみで歩道がなかったため、1987年(昭和62年)に上流側に歩道を増設している。架設当初から主桁端部にオイルダンパーが設置された珍しい橋梁であった。
損傷の概要
2010年(平成22年)2月、側道橋の塗装工事の施工中、前年度施工した車道橋の掛け違い橋脚上の桁端部に腐食穴を発見した。この穴は、ダンパーによって構造がより複雑となった桁端部に、ジョイントからの水漏れ、土砂等の流入物や鳥の巣などが長年堆積したまま放置されたため腐食したと考えられ、調査の結果、美矢井橋の桁端部すべてに腐食が確認された。
損傷発見と緊急対応
この部分を見たとき、何なのかさっぱりわからなかった。信じられない話だが、腐食穴の上から堆積物ごと一緒に塗装されており、穴も塞がっていたため、さわっても硬く、穴とも思わなかった。後日他径間の同じ部分を見たら、ここにも同じ現象が…。はっと思い、裏側と思われるところに手を伸ばしデジカメを突っ込んで撮影(既に車道橋の足場はなかった)し、裏側の状態が確認でき、初めて腐食によってあいた穴だとわかった。
塗装工事が完了したあとでこんなことが発見されることも大事件である。この顛末は当時「なめたらいかんぜよ!塗替え塗装」と題し、寄稿している。この事件についてはまた別の機会に報告したい。
腐食による穴であれば、長い時間をかけて少しずつあいたものと推察されるため、今すぐこの穴が拡大して落橋することは考えにくく、即刻通行止めの対応には至らないと判断した。穴の位置が桁端のウエブ面であることから、この部材はせん断応力が卓越し、曲げ応力はほとんど働かないことは推察された。
当時付き合いのあった、名古屋高速道路公社、橋梁メーカー、設計業者、の技術者に情報を送り見てもらったところ、同様の見解であった。一般的にこの付近は応力に対し比較的断面に余裕があることも教えてもらった。ただ、万が一何らかの要因で穴の端部から亀裂が発生した場合は、一気に破断する恐れのあることも指摘もされた。
倉庫に行き、竣工図書を引っ張り出して設計計算書を調べると、床版に対しての20t荷重対応工事で、縦桁増設補強がされていたが、主桁は補強されておらず、竣工当初の設計荷重(14t)のままであることが判明した。
橋梁点検業者(過去にこの橋梁を点検しており、その年も同じ業者が他の橋梁を対象に契約していた)に主桁断面に腐食穴を考慮した25t荷重に対して簡易的な照査を依頼した。結果、主桁断面に対しては余裕があると報告を受け、ひとまず安心した。しかし、支承直上の座屈照査では竣工当初の設計荷重14tですら余裕のないことも判明。腐食穴は座屈照査断面上にあり、明らかに断面欠損している。これについては明確な答えが得られなかった。ただ照査荷重は14tでも活荷重満載時の荷重であることは理解できた。
これらをまとめると、
①腐食穴による明らかな断面欠損。(既に応力再配分がされており、すぐには落橋しない?)
②主桁の設計活荷重は14tのまま。(これに縦桁補強の死荷重分が増えている。)
③活荷重増(14t→25t)に対する主桁せん断照査はOK。
④桁端部は断面に余裕があるが、当初設計の座屈照査はOUT。
⑤上記の照査荷重は活荷重満載時(この状態はめったにおこらない。)
である。
これらをすぐに判断し、正しく処置をしなくてはならない。
とにかく緊急対応事項を検討した結果、
・通行止めは行わない。
・腐食穴の経過観察(目視、長さ計測、写真撮影を毎日)を塗装業者に依頼。
・ 道路パトロールにて見回り(週1回)を維持管理課に依頼。
・大型車両(20t超)の通行不許可を維持管理課に依頼。(大型車による衝撃回避)
・異常が確認された場合は即通行止めとする。
を即日決定した。
残された課題は、
・今後の補修設計及び工事をどうするか。
・設計から工事が終わるまでの経過観察をどうするか。
の2点であったが、塗装工事の工期末までに、速やかに補修設計と経過観察継続の業務契約を結ぶ方針とした。河川管理者の国土交通省豊橋河川事務所岡崎出張所に事情を説明し、経過観察用の足場を出水期も継続して存置することを了承してもらった。
上記の対応方針を県庁に報告したが、県庁からは「腐食穴が安全か否かを判断する根拠が不明確だ。本当に通行止めしなくてよいのか?」「このまま通行止め等の措置をとらず、万一事故が起こったとき、責任は逃れられない!」「事故が起これば拘留され取り調べを受けることになる」「まだ検討が不十分!」との回答だった。重圧で押しつぶされそうだった。
橋梁建設協会に助けを求めると、「応力超過はあるものの、通行止めまでは必要ないと思われるが、念のため経過観察に加えモニタリングを実施しましょう」と報告書を作成してくれた。協会の報告書とモニタリングの実施を県庁に報告し、ようやく了承された。
モニタリングによる経過観察は当時契約中の橋梁点検業務に急遽変更で契約してもらうことになった。結局、腐食損傷を認識してから緊急対応の方針決定了承までに20 日あまりを費やした。危険はないと考えてはいたものの、この間に万一事故が起こったらと思うと不安で夜もまともに寝つけなかった。
しかし、「これでひと安心」とはいかなかった…。
事件発生!
その年の6月頃、協会より連絡があった。「データ解析したところ、ひずみゲージが2度にわたって異常値を示している!」「何らかの要因で亀裂が進展したのではないか!?」
急遽その電話で協会にサンドル設置(万一の落橋及び段差を防ぐ)とストップホール(亀裂の始端部に進展を防ぐ穴)施工を依頼して現場に急行した。計器をすべて取り外し、塗装を剥がして磁粉探傷調査を行った結果、亀裂進展は確認されなかったため、ストップホールの施工は取りやめた。
1度目の異常値は、ひずみ計でしか判別できない程度の微少な変位(座屈?)が発生していたと思われ、要因は主桁の温度伸縮によることは推察されたが、メカニズムの特定までには至らなかった。筆者は気温が上昇し、桁の温度伸縮に可動支承がなめらかに追随せず、衝撃とともに微小な変位が発生したのではと考えている。2度目の異常値は鳥などによるセンサー配線の断線によるものではないかとのことだった。
緊急対応を終えて
よくわからなくても、すぐに判断しなくてはならない難しさ、つらさを感じた。緊急時における専門家や調査会社、施工業者、協会などとの迅速な契約の手法を確立する必要性を強く感じた。
モニタリングはこの後も続けた。その後、補修・補強設計したのち、工事を実施し、完了している。この内容についてもいつか報告したいと考えている。