道路構造物ジャーナルNET

⑳インフラ・メンテナンスの地方の状況~ルールとツールは使いよう~

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
建設技術統括監

植野 芳彦 氏

公開日:2017.07.14

3.ツールは理解して使いこなす

 基準類や標準設計はツールであるはずのものである。基準や標準設計を勝手な解釈で、軽視した結果、設計ミスなどを会計検査で指摘されることとなる場合も有るが、なによりも、次工程に及ぼす影響が大きい。わが国では、厳格な積算基準と設計基準によって公共工事の品質が確保されているという現実がある。設計者の技術力そのものが設計手法やコストを決めていく物ではないという現実を認識しなければならない。市販の設計ソフトを活用し、設計業務を行い設計をしたつもりになっている。かつて、標準設計を否定した方々が居たが、将来を見通せない方々であるとしか思えない。たとえば、標準設計の1工種を作成するのに、我々は、数万ケースの試設計を行い、最適解を求めているのはご存知だろうか?其れを話すと、まともな技術者は「知らなかった。そこまでやっているんだ」と成るが、分からない人間には分からない。安易にデザインがどうのとか、画一的設計になるということで否定してしまっているが、他の分野の状態を見てみただけでもよく分かる。


富山市が管理する橋梁コンクリート部材の損傷例

富山市が管理する橋梁 鋼橋部材の損傷例

 たとえば自動車業界がどうなっているか? ランドマーク的な橋の設計に標準設計を使えとは昔から言っていない。示方書の適用範囲外の橋梁の設計をどのように進めるか?ご存知だろうか?
 プロは理解しているはずの道路橋示方書であるが、これだけではなかなか設計できない。かつて(国土交通省の)標準設計には、示方書を補完する役割も有った。つまり、参考書的役割である。示方書の条文や解説を読んでも、理解できない時に、標準設計から答えを見つけると言うこともしていた。それを、あるとき(阪神大震災後)に、建設コンサルタント協会から「画一的な設計になる。使い物にならない。」ということで、「標準設計廃止」の要望が出され、一部工種を除き廃止することになったが、先進国の流れとしては、間違っている。たぶん、その結果は今後、明らかになってくると思うが、標準化してよい部分を標準化もせずに、工夫すべき部分も工夫できていない構造物が多く作られている。


土木構造物に関する基準類の効力のイメージ

主な点検の手法一覧(拡大してご覧ください)

 現在、点検をロボット化しようという動きの中で、ある先生に「これからの時代は橋梁も標準化が必要である。標準化していればロボット化もしやすい」と言われたが、「標準化を否定してきた人たちが居たので、現在のような状況なんです。」と話した。
 設計時に皆さんが使用している市販の設計ソフトも元はと言えば無認可の標準設計に準じたソフトであるといっても間違いではない(言い過ぎかもしれないが)。無認可と言ったのは、誰もそのソフトの正しさを評価していないと言うところにある。本来は、設計業務等において使用ソフトに関しては、承認を得る必要が有るのだが、誰もいまやっていない。設計時、解析時に「使用ソフトの承認」というのも本来は重要な事柄だった。たとえば、格子計算において、斜角のきつい物などはソフトによって計算結果にバラツキが出るのは、理解できているだろうか?
 とにかく、ツールは使いこなしてこそ有効なのである。便利な道具はどんどん使うべきだが、其れを使う側が、安易な考えでやってしまっている。韓国で高速道路プロジェクトを担当した時に、橋梁が105橋、トンネルが13本有った。これの設計成果を短期間にチェックしなければならなかった。其の時考えたのが、標準化の度合いで、まづ大まかにチェックし、その後細かくチェックしていく方法である。其の前提は、当時の韓国の設計基準が日本の道路橋示方書に酷似していたこと。酷似というよりも実際はまねしていたのだと思う。韓国政府から標準設計の韓国での活用に関しても相談を受けたことがある。標準的鉄筋量や使用鋼重など主要なデータから分析していくことは、大量な物を短期間にチェックしていく上では、向いている手法である。こういうことを、考えていかなければ技術の発展は無い。しかし、このことは、理解されにくい。多くの技術者やマスコミの関係者の方々も理解できていない。意外と理解できているのが会計検査院の方々である。

4.今回のまとめ

 また、今回もレベルの低い話になってしまったが、それが実態であるので、ご容赦いただきたい。キチント出来ている業者さんももちろん居るが、昨今の状態を見ているとそうでもない。
 役所の中では、若手職員はすでに気づき始めているが、将来的に現在の職員数は確保されない。人口減、税収ダウンしていく中で、いつまでも、現在の水準で職員数が確保されているとは考えにくい。そんな中、明確な、役割分担を行っていくことも業務の効率化になる。官も民も、なぜ業務委託をするのか? どのように業務を実施すれば、良い成果が得られるのか? を再認識する必要が有る。前述したように、有能なコンサルタントは、大きな力になる。
 自治体はどうしても地元志向になりがちで何でもかんでも地元企業に発注すればよいと言う風潮が未だある。しかし、高度化する社会ではそれは通用しないのである。仕事は“プロ”に依頼するもので“アマチュア”には、依頼する意味が無い。「地方創生」や「ひと・まち・しごと」委員会などから地元育成の声が上がる、一方グローバル化の流れにもあり、海外に出て行こうとする意欲のある企業がある一方で逆行するはなしである。だいたい、守りを固めておいて、外に出て行こうと言うのは、なんかどこかが欠けている。外を攻めるには、人員も必要だし、兵站が伸びることになる。ましてや海外では。自分や自分の企業の実力は各々が分かるはずである。天才的な能力を持っている方も中には居るが、我々の世界はキャリアにかかっている。
 たとえば、点検を実施し、その原因の特定や更なる調査の必要性を感じたときの、非破壊検査や破壊検査であるが、どれだけの知識をお持ちだろうか?意外と、ここが皆さん弱いところである。打ち合わせ時に聞いていると、まったく途方もない手法や、精度を話している方々が居る。いわゆる嘘である。これは、知見がないからである。私は、其れまでの自分にこの部分も欠けていると思い、非破壊検査会社に数年間お世話になった。


補修後の再劣化事例

 私に対して意外と、富山市職員からの質問が無い。そのために居るのだが。これが不思議でたまらない。何でも分かっている優秀な職員ばかりいるのか? さらに、民間業者からの相談も少ない。すばらしい方々である。まがりなりにも、それなりな実績はある。他人のやらないこともやってきたが、失敗もしてきた。答えは出せなくとも回答へのプロセスやヒントはあたえられるし、明らかに間違った考え方は指摘できるのだが、やはり、他人に聞くのは嫌なのだろうか? 大きな失敗をしなければ良いが、と日々思っている。それよりも、嫌われているからなのかもしれない。
 役所内や地元からの質問や相談は無いが、遠方からの相談はある。理由は分かっている。「プライド」なのだ。知っている、分かっているふりがしたいのだ。他人に聞くのが面倒くさいと言うのもある。世の中で滑稽なのが、経験も知識も無いかたがたが集まって議論している姿、上辺の結果しか出ないのが落ちであるが、世の中それがまかりとおっている。非常に非効率で危うい世の中である。これは、いわゆる“虚業”のせいであると思っている。
 私が修行中の身であったころは、上司であり師匠たちは皆厳しかった。厳しいけど、悩んで、相談すると「なに悩んでいるんだよ。」と言いながら教えてくれた。今はそういう関係が希薄なのか? ちょうど、さきほど、最初に居た「巴コーポレーション」の技報が送られてきた。なかなか、技報を出すのは大変であると思う。しかし、其れは、技術に真摯に取り組んでいるという証しのひとつでもある。この場を借りて敬意を表したい。しかし、公共事業に関しては、こういった技報にも載せるのが厄介だったりする。もったいないことだ。何かやったらば公表することが重要である。税金を使っているのだから、何かやったら公表し多くの方々の役に立てるのが筋だ。
 個人的には、今、「補修の失敗事例集」みたいなものが欲しいところである。(成功ではなく失敗であるところがみそ。)
 ツールの話を書いたが、最後に「ルールとツールは使いよう」である。必ずしも守らなければならないというものではない。自分の覚悟と責任において、其れを守らない、守れないことがあった場合には、キチントした考えを持って、決断を下しても良い。おそらく、老朽化問題に関しては今後、そういう場合が生じてくるかもしれない。其の時には覚悟と責任を持って判断を下せばよい。(次回は8月中旬の掲載予定です)

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