道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ㉗遊具が壊れ子供が落ちた! 管理責任を問われるのか? その1

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.07.01

2.吊り篭遊具が水の中に落下した!

 私のもとにA部長から電話が入った。「髙木さん、ちょっと相談にのってもらいたいことがあるのだけれど、夕方空いている?」「Aさん、何ですか急に。珍しいですね。最近連絡がないと思っていたら、悩みでもあるのですか? それとも飲みに行きたい? いいですよ、Aさんの驕りでね……」といつもの口調で切り返すと、「髙木さん、飲むのはいいけど、今回相談にのってほしいのはあまりいい話じゃなくて、一時を争う一件なんだけど」といつもの明るい口調と明らかに違っている。「Aさん、では夕方時間を空けておきますから私の所に寄ってください」と言って、どうせ職場が変わって、職員対応の悩みかなんかであろうと高を括っていた。

 A部長と会う時刻となり、自分のデスクで待っていると、内線電話で「髙木さん、何処か会議室取ってくれると……」とのいつもとは異なった個室で会うことを要望。何か変だなとは思いつつ、同じフロアーの会議室を急遽確保し、彼の話を聞くこととなった。A部長は開口一番、「髙木さん、悪いね、時間外に。知恵を貸してほしいんだ」。そして1枚の写真を見せられた。A部長が所属する組織で管理運営している水上アスレチックの吊り篭遊具の写真であった。

「何ですか、これは。間伐材でも使った遊具開発に協力してくれないかとの話ですか? それとも、私に遊具を吊っているロープの強度計算でもしてくれとの話ですか」と訳も分からず聞くと、「そうではなくて、写真の遊具はロープウェイのように籠の中に子供が入って左右をぶら下がって行き来するようになっているのだけれど、ロープを固定している金具が鋼製の支柱から外れて水の中に落下、傷害事件になった。髙木さん、遊具事故のニュース見なかった? この籠に乗っていた子供が籠ごと下に落ちて怪我をして、その両親が私を含めた管理者を訴えるとの事態になったのよ。私の考えだと、鋼製の柱からそんなに簡単に吊り具が抜け出ることは考えられず、吊り具を止めてある部分に何か欠陥でもあったのかと。そこで、鋼材や構造に詳しい髙木さんにぜひ相談にのってもらい、何とか全面敗訴から逃れられないかと思ったんだ。このまま裁判が開始されると、管理者として両親の訴えを100%認めざるを得ず、管理瑕疵を問われるのは間違いないとの私の判断なのだけれど。何とかならない髙木さん」との話であった。

 A部長が人払いしてでも私に話をしたかった理由がこれで明らかとなった。「Aさん、私に過大な期待はしないでくださいね。遊具が壊れたのはやはり管理者として重大責任があると思いますよ。お分かりのように、利用者の安全を守るのが我々管理者の責務ですから。悪徳弁護の手伝いはできませんし、しません。でも、原因がどこにあるのか、なぜ数年使っていた遊具が壊れたのか、工学的に調べることには興味が湧きますね。よくある話ですが、遊具製造過程のミスですよ。鋼材の溶接に不具合があり、それが原因となって遊具が破損した事例は数多く聞いたこともありますし、書籍でも読んだこともあります。今話された100%の事故責任について多少薄めることはできる可能性はあると思いますが、ちょっと考えさせてください」と、その後、起こった事故について種々な補足説明を聞き、話は終わった。

 A部長が帰った後、自分なりに対応策を練ることにした。落下した遊具は、吊り篭が水面上の空中を渡る、大人も子供もスリルを楽しめるよくある遊具である。それが、親が見ている前で、こともあろうに籠もろとも子供が川に落下した。裁判に持ち込まれて当然と思える傷害事故だ。当然、子供の両親は激怒、遊具の設置してある水上公園を管理している行政組織を訴えるところまでは予測がつく。訴えられた管理者は、損害賠償請求に応じることは覚悟したが、全責任が管理者にあるとの判決を回避する策を練った。これもよくある話である。A部長は、何とか過失割合を少なくできないものか。少なくとも、点検不足や遊具の構造的欠陥説が主とならないように調査を行うことを依頼しに来たのだと整理した。

 頭に浮かぶのは、遊具にはどのくらいの力が作用するのか? どのような基準で作られたのか? 遊具が何度水面上を往復すると留め金部分が壊れるのか? 過去に同じような遊具が脱落したり、留め具が破壊したりする事例があるのか? 渡された写真を何度も見ながら想像力を働かせた。ここまでくると、考え方、調査方法は、自分の分野である道路橋と同じで、破壊した鋼材破面の現地調査、鋼材の分析、作用荷重と許容荷重の計算、繰り返し荷重と疲労寿命計算、破壊原因の確定の流れとなる。

 翌日、A部長に電話して、「原因調査の流れができたので、専門機関に調査委託に出せそうですよ。このようなことを適切に処理できると思われる検査機関があります。結果は期待通りにはならないかもしれませんが、どうしますか?」と聞いた。十数秒間の沈黙があった後、「髙木さんを全面的に信用しているけれど、髙木さんが今話したような事故分析が正確にできる公的な機関ですか、そこは? これは重要なポイントなのだが、裁判所に提出する資料にもなるので、大丈夫なのかな、できるのかな。その機関には髙木さんが知り合いの方がいるのですか?」と尋ねてきたので、「当然、私が考えた調査を期待通りに行え、調査費用を多額請求することもない、私が良く知っている信頼できる研究者がいます。そこは、多くの載荷試験や分析試験を行っているので私が想定した通りの分析成果を上げてくると思いますよ。何度も言いますが、ただしAさんの都合の良い結果になるとは保証できませんがね。それと問題は、数多くの実験を請け負っているので、今彼が空いているかですね」と回答した。A部長は、「髙木さんの考えは前から知っているので信頼していますよ。それでは知り合いの方にすぐにお願いしてもらえますか、すぐに。調査・分析費は言い値でいいので、何とか内部で用意しますから」と言い、電話を切った。

 持つべきものは友(私が依頼する相手は、私のことを迷惑な役人で友達なんかではないと思っているかもしれないが、この事件以降も長く付き合っていただいている)である。A部長との電話が終わるとすぐに、私が考えていたB試験機関のC部長に連絡。話は意外にもスムーズに進み、翌日にはA部長のもとにC部長が直接行ってくれることになった。その後、私の考えた想定通りの試験を行い、調査、分析、事故原因予測の話が順調にスタートした。それでは、事故を起こした遊具の概要、取り付け金具の破壊状況、調査、分析について順を追って説明するとしよう。

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