道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ㉖補強工事を決定! しかしどこに変状があるの?

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.06.01

3.どこが変形しているの?

 A橋の補強事業が予算化され、請負業者も決まり、現場に建設足場が架かったので私は再度現地確認に行くことになった。変状報告になぜか疑問を感じていた箇所、3径間ゲルバー袴桁の変形量を詳細に自らで確認することとした。足場階段を登り、狭隘な桁下空間を這うように横移動、確認したい変形箇所に近接し確認作業が始まる。しかし、写真で確認したはずの問題の変形は何処にもない(再度写真-1を見てみよう)。ゲルバー吊桁、定着桁の全箇所の袴桁部分を隈なく調べたが、残念ながらいずれの箇所も変形はなかった。現場で先の担当者が「現場からの報告では、確かに写真に写っているように、変形して隙間も開いていた、とのことでしたが。元の状態に戻ったのかな? 変ですよね」。

 やはり彼は、現場を自分で確認することなしに、私に説明したのだ。その後、気まずい雰囲気の中で私と担当者、事務所の担当とのやり取りが何度か交わされ後、私は現場を離れた。悪いことは重なるもので、現場調査に行った翌週、私の基に国の研究所から電話が入った「髙木さん、C環状線に架かる跨道橋の中に、今、桁交換と床版取り換えの工事を行っていると聞いたのですが、本当ですか?」、まずいことに研究員のBさんからであった。「Bさん、どこから聞いたのですか? よくわかりましたね。橋の名前はA橋です。側径間に疲労亀裂、中央径間にも変状があって補強することに決めたんですが。要は、住民からの苦情や将来的な事も考慮して対策を行うこととし、今工事に着手したばかりですが」。するとB研究員は「髙木さん、今お話のその現場、私も見に行きたいのです、可能ですか?」、日頃からの付き合いもあって、忖度したわけではないが「Bさん、いいですよ、何時でも準備しますから、現場に来れるのは何時ですか?」と言った心の中で、『まずい、中央径間の桁変形だけは避けて通ろう。現場と業者には硬く口止めしておかなければ、私の技術力を疑われるぞ』まあ、私の技術力を疑われても大きな問題とはならないが、組織としてもメンツが優先した。

 その後、B研究員が現場に来た時は中央径間部分の変形箇所は遠くから観察(Bさんも不思議だったと思う。私が現場案内する時は、先頭をきって変状箇所を見せ、原因と対策を細かく説明するのに今回は違っていたからなのだが)、不信感を抱かれないように側径間の疲労亀裂発生箇所は、必要以上に時間をかけ説明した。運よく降っていた雨にも助けられ(ビニールカッパを着用しての足場内の行動は結構疲れるので)B研究員は満足感? を感じたか分からないが、日も落ちた頃、何時も行う意見交換の場、懇親会も無しにお帰り頂いた。

 しかし、このような事がなぜ起こるのか? 定期点検もそうだが、その後の詳細調査及び委託設計の段階でも変形していない箇所を変形していると報告する、その真意が私には分からない。要するに、現場主義とは良く口にするが、業務を請け負った建設コンサルタントの技術者も行政技術者も現場に行って対象部材を間近に見て、肌で感じて考えることを放棄しているとしか思えないのだ。そう言う私も、偉そうな事は言えない。A橋の変形箇所には大きな疑問を抱いていたにも関わらず、最後まで細かく調べずに、担当者の言うことを信じたことを反省すべきであったと今でも後悔している。

 写真-1を見ると確かに変形しているように見える、しかし、写真の撮り方で如何様にも見えることを再認識した。機器を100%信頼するとこのようなとんでもない事態となることを痛感したのだ。データ改ざんではないにしても、人と機器の違い(人は3次元的に、それもあらゆるものを適正化する能力がある。機器は、特にレンズを通した画像には歪や隠れた部分が映らないことが多々ある。)がここでも明らかとなった。だから現場に行くのだ、皆さん理解していますか?私のここで示した読者の皆さんに伝えたいその真意を。

4.補強工事から長寿命化対策へと鞍替え

種々な課題を残してA橋の補強工事は進められた。市街地の跨道橋、それも12時間交通量が4万台を超える状況下での工事である。図-3に示すように施工区割りは幅員方向に3分割し、上りと下り各1車線及び側道分部の通行機能を確保する条件下で行われた。中央径間の鋼床版桁の架設は、西側から東側に向かって3分割施工とし、比較的広い作業帯が確保できる第Ⅰ期と第Ⅲ期については図-4に示すように架設桁を使った既存桁撤去及び架設、中央部の狭小作業帯となる第Ⅱ期は門型クレーンによる架設とした。また、側径間は、跨道部でないことから図-5に示すようにトラッククレーンによる鋼床版架設を採用した。既設桁の撤去、新規桁の架設を狭隘な空間で事故なく安全に行うために、部材吊り上げ能力に細心の注意を払い、主径間区域の3径間を橋軸方向に9分割、橋軸直角方向に5分割、合計45ブロックに分割する施工となった。

 

 なお、側径間の疲労亀裂発生箇所の補修は、溶接ディテールの改善で十分との判断から、亀裂発生箇所の溶接ビード部をグラインダー等によって除去、半自動CO2溶接で成形・再溶接を行っている。写真-4にA橋の施工状況を鳥瞰的に、そして写真-5に交通量の少ない夜間に行われた中央径間桁架設状況を示した。以上がA橋の補強施工概要である。

 ここに説明した工事を行なっている段階で組織としての重要な施策『既設橋梁の長寿命化、予防保全型管理への転換』が本決まりとなった。当然、長寿命化着手橋梁の話題となる。報道や議会筋にも予防保全型管理への転換を強く押し出している。具体的にどのような工事を行なうと長寿命化となるのかを説明する箇所がない。そこで、公にはしたくなかったA橋の登場となる。補強箇所として定期点検結果から選定された箇所ではあるが、大きな変状(結局確認出来なかった桁の変形)を解消し、既存不適格構造物から現行基準適合構造物への改善、それも下部構造の改善をも行い、寿命算定を行なえば、確実に施工後100年は達成できるとの結論がそこにある。そのために、上部構造の軽量化、下部、特に基礎への影響が最小限となるよう支承条件を見直し、免震化することが最善策と決定、全支承をBタイプ、それも一部ゴムバッファを使用した機能分離型支承に交換している。

 A橋補強事業着手の切っ掛けとその後はお粗末ではあったがここで役立った。結果的には、私が望んで強く進めていた道路橋長寿命化の代表事例に一つとし紹介できる最適な題材がまさにA橋となった。私の周囲、特に担当者を含む関係者の間では『噓でしょう!長寿命化の事例がこれですか。バレませんか例のこと』であったが、私にとってA橋が主要幹線道路に架かり、それも適合構造物への改善工事施工中であったことは幸いな事であった。心臓に毛が生えた私?は、A橋を議会説明や報道陣への紹介に最大限活用させていただいた。読者の方々は、“災い転じて福となる”と言ったからにはもっと凄い話になるのかと期待された方には申し訳ない、この程度なのだが。

 私がその時考えたのは、第一の理由は、国が進めていた『こまめな対策を継続的に行うのが長寿命化である』との公式発言に、長寿命化とはこのような構造的改良を指すのだ、と一矢を放ったと考えている。小まめな対策を行うことは維持管理の常識であり、今更、これを重要な施策としてPRするのは無理と考えるが如何か。  もう一つは、計画幅員通り完成している主要幹線道路内(そもそも都市内の高架橋は道路公害問題から完成幅員内での施工が義務づけられる、可能であれば幅員変更して緩衝緑地帯創りを地元が要望する)で、架け替え工事、それも私が考えていた上部構造のみの架け替えを狭隘空間の中で施工できるとの証明ともなる。自前の劣化予測式によれば、上部構造は150年程度、下部構造はその倍程度十分に耐用年数があるとの計算結果がある。高齢化イコール架け替え、それも上・下部全てを更新するのが常識化しているのが嘆かわしい。本当に考えることを嫌い、複雑なことから何とか逃げようとする現状、無駄ではないですか?今、数多くの道路橋架け替え案が進められていると思うが、見直しませんか。中には下部工を残し、上部構造や支承交換によって十分既存適格構造物に改善に可能となる道路橋があることを学び、資源の有効活用を忘れてはならない。私は上部工のみの架け替え、それでも最低200年は持つと考えているが。市街地橋梁の架け替えに苦慮している組織の方々、私が今回紹介した事例を参考(あまり良い事例とは胸を張って言えないが)に、是非、困難な条件にトライアルし、経済的で周囲に影響の少ない既存橋梁の、それも上部工のみの架け替えを行ってもらいたい。困難な事項に取り組むこそ、技術の進歩に繋がると私は確信しているからだ。(次回は7月1日に掲載する予定です)

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