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-分かっていますか?何が問題なのか- ㉖補強工事を決定! しかしどこに変状があるの?

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.06.01

1.補強工事を決めるとは?

 供用している道路橋の中から、補強事業対象として管理者が選別するには2通りの方法がある。代表的なのは全国的に行う計画事業、例えば、耐震性能を向上させる対策や耐荷性能を向上させる対策などがある。その外には、供用中に性能に影響を与える変状が発見された時に行われる不定期な対策、これが定期点検結果から決定する補修・補強事業と言える。

1)国策、耐震補強の概要と課題
 全国的に進める計画事業は、道路橋の置かれている環境が法規等の変更によって見直される、例えば、阪神淡路大震災や東日本大震災、古くは、新潟地震のように耐震の考え方が大きく変更となった場合、道路を利用する車両重量、車両制限令などが変更になった場合など、全国規模で実施される計画的事業である。このような事業を進める場合、問題となるのは対象をどこの範囲までとするのか、優先順位はどうするかとなる。対象となる橋梁の数が少ない場合や予算(当然国費補助となるが、裏負担分の単独費の話)が十分であれば全てを行うことは容易であるが、多くの地方自治体の場合、範囲を絞らざるを得ないのが実態である。

 どこの範囲までと決めるのは、本来、新たな基準で再設計し、耐力が不足することが明らかで、重大な変状に進展した場合、その影響が大きいと判断された場合が該当する。近年行われている計画的な道路橋の補強事業は、阪神淡路大震災以降の耐震補強事業があげられる。阪神淡路大震災によって被災した構造物は、社会基盤施設のほぼ全てであったこと、被災レベルが甚大であったことから国民や技術者の受けた衝撃は非常に大きかった。私自身も、被災直後、現地調査に参画したが、目の前の構造物の破壊形態に驚くと同時に、自然災害に対する人間の無力さを痛感した。連日、新大阪の宿舎から神戸、六甲、臨海部、長田地区など被災地を早朝から夜まで徒歩で歩き回った記憶は忘れることができない。被災した状況等は数多くの書籍や資料が公開されているので省略するとして、今回は、対象箇所の選別に右往左往した当時の状況とその後の対策について経験談を交えて少し話をしよう。阪神淡路大震災以降に行った耐震補強事業の話だ。

 現在も行われている耐震補強事業は、1956年度(平成8年度)に全国一律に行われた耐震性調査の『道路防災総点検』結果を基本として、地震に強い道路橋に改善する目的の国策である。過去にも何度か行われた『道路防災総点検』では、国から点検実施の要請があり、路線の重要度、桁下の状態(鉄道や幹線道路)、適用基準などから対策箇所や優先順位を決定する。耐震補強対策の内容は、当時の道路橋示方書(平成7年復旧仕様を含む、平成8年、平成14年)で規定された耐震性能を満たす耐震対策、例えば、橋脚補強、落橋防止システム設置などを行うことである。耐震補強のイメージを図-1に示す。私が所属していた東京都の場合、全管理橋の約四分の一、緊急輸送道路等に架かる橋梁401橋を対象として計画を策定した。このように数多くの橋梁を盛り込んだ計画策定ができる背景は、首都機能を維持する主要幹線道路の位置づけや東京都の持つ莫大な財源からかもしれない。ここに401橋と対象数量を示したが、ここまで絞り込む作業も一大作業と言える。対策対象路線や桁下重要度が分かっていれば、自動的にそれも容易に決定できると考える人は行政の実情を理解していない素人だ。

 対策対象数を出すと言うことは、当然、架け替え予定橋梁とその時期、復旧仕様等で暫定処置した橋梁、橋長や構造から対策不要橋梁、以上をまず除外するかしないかを選別しなくてはならない。次に対策優先度、対策実施困難性、対策事業費等を明らかにし、実施計画を策定する。これらを正しく行わない限り住民や議会、報道に対して正しく説明ができない。実際、ここに示した数も何度も見直しを行い修正した数値で、一時期対象数が500を超えていた時期もあった。四苦八苦して決定した耐震補強対象橋梁の内訳が表‐1である。

 ここで示した最も対策優先度の高い路線、緊急交通路とは、災害応急対策に従事する車両(緊急自動車のほか、災害対策基本法に基づく標章を掲示している車両等)以外は通行できない路線として都道府県の交通管理者、警視庁及び県警が指定した路線である。一方、緊急輸送道路とは、地震発災直後から発生する緊急輸送を円滑に行うため、高速自動車国道、一般国道及びこれらを連絡する幹線道路と知事が指定する防災拠点を相互に連絡する道路をいい、都道府県単位で決定される。ここで示した第一次緊急交通路上の主要な橋梁165橋の対策を完了するのに、東京都でも何と7か年を要している。単純に耐震補強完了数を年数で割ると、1年に24橋弱となるが、この数通りに事は進まない。その理由として計画当初は、比較的補強工事を行ない易い箇所から着手するので、対策完了数は容易に積みあがる。ところが、計画事業も5年となると残った箇所が跨線橋や跨道橋、対策工事施工困難箇所となることから、対策進行度は目に見えて遅くなる。中には、全径間の一部を耐震補強したことで完了箇所として算定するような好ましくない事態も生んだ。この原因は、国策として行う事業であるとの認識か、国や都道府県が計画実施率や実施数の集計、公表を進める現状に大きな問題がある。数の管理は誰でもが行えるが、実施困難箇所の実態把握は容易でないことや桁下管理者(鉄道事業者、河川管理者等)の協力が得られ難い事実を理解していないことに原因がある。要するに、アウトプット(対策管理数)の管理を優先し、アウトカム(対策完了度)の管理に目を瞑るのが実態だ。

 今、首都直下地震、東南海地震、南海地震等の大地震発災の確率は年を追うごとに高くなっている。私は危惧している。ここに挙げた起こってほしくない大地震が発生した時に、事前に予測していた道路網(緊急交通路や緊急輸送道路網)が確実に確保出来るのかを。最悪の事態は、耐震補強完了箇所が通行止め、それも、完了箇所の未対策径間が崩落することが現実となることだ。全国の管理者に言いたい、再度耐震補強完了箇所の実態把握を。それも精度高い、誤魔かしのない完了箇所詳細調査(アウトカム調査)を行うことを。

 偉そうに何を言っているのだ!と高をくくっている人に補足しよう。私が阪神淡路大震災後に行われた耐震補強完了箇所の実態を、周囲の反対を押し切って十数年後に行ってみたが惨憺たる結果であった。調査の詳細は、①橋脚補強、②基礎補強、③桁かかり長、④落橋防止構造、⑤変位制限構造(現行の横変位拘束構造)、⑥段差防止構造、以上の5~6の耐震対策全て完了している箇所(私の話がお分かりにならない方、分かりたくない方にあえて話すと、完了箇所数は橋梁単位で径間単位ではない。要するに、未対策径間が残っている事実に目を瞑るのですか)が皆無であったこと、特に重要な、①橋脚補強、③桁かかり長、④落橋防止構造、⑤変位制限構造でさえも完璧に完了している箇所が数えるほどであったことを付け加えておく。私は、管理者の考えているリスク管理に何度も異論を唱えているが、多くの住民がこれだけは死守してくれとの思い、耐震補強完了実態からも行政のリスク管理の甘さが見え隠れする。1橋梁に、複数径間があるのは当たり前。側径間や連単する小橋梁には当然施工困難箇所が存在する。出来ないと諦めるのではなく、施工困難箇所も完璧に対策を行うのが技術者ではないのか?今なら間に合う、やり残しを直ぐ処理しよう、それが技術者の務めだ。

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