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-分かっていますか?何が問題なのか-㉔予想しなかったプレストレストコンクリート橋の欠陥と業界の体質(その3)

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.04.01

2.間詰床版抜け落ち再現実験の概要

 今回のPCT桁間詰床版の抜け落ち事故が特異なものか、またその他の同様な橋梁でも起こり得る変状であるかを判定するために、横締めの導入しているプレストレス量や横締めPC鋼材配置間隔等をパラメータとして写真‐1に示す試験体を製作し、静的な載荷実験を行うこととした。製作した試験体は、K橋ほか同様なPCT桁橋の間詰め床版と床版を支持する両側に挟み込む状態で位置とするコンクリートT形状桁である。本実験の供試体は載荷実験の精度を確保するため、実寸大の試験体によって実験することとした。製作した供試体の詳細及び載荷プレートを図‐2に示す。間詰床版(場所打ち部)はK橋と同様に無筋とし、両サイドのコンクリート桁部材は同等の配筋を行った。なお、間詰床版の横締めPC鋼材は当然配置しプレストレッシングするが、床版を挟み込むコンクリート桁は橋軸方向のプレストレッシングによる影響は少ないと考え、PC鋼材は配置せず、PC構造でなくRC構造とした。
 次に本実験に重要な横締めプレストレス量である。K橋は、設計図書から1.5N/㎜2である。しかし、現在の横締めプレストレス量は標準が3.0N/㎜2である。K橋の設計当初の考え、現状の設計を考え、プレストレス量が抜け落ちに関係があること、現状のプレストレス量に問題ないか等を検証する目的で何種類かプレストレス量設定して実験を行うことを考えた。第一の設定は、プレストレスが導入されていない状態の0.2 N/㎜2 (0とするとそのままの状態で抜け落ちるので)、第二の設定は当初設計値の1/3である0.5 N/㎜2、 第三の設定はK橋と同様な1.5 N/㎜2、第四の設定はJIS規格の標準値である2.7 N/㎜2 、第五の設定は載荷点の両サイド横締めの片ぎき状態(橋軸直角方向の2本の鋼棒のうち1本を緊張しない状態にした0.75 N/㎜2の状態)行うこととした。さらに、ある幅でプレストレス量を変化させた場合、抜け落ちとどのような関係があるかを検証するために、シースにグラウトしない供試体を製作し実験することとした。これまで説明した各値とその関係ついて、表‐1に示したので参考にするとよい。ここまでが、横締めプレストレス量に関係する実験の概要説明である。
 さらに、抜け落ちた個所が端横桁に近接していたことも関係があると考え、それも検証することとした。この理由は、横桁があることによって、横締めを行おうとしてもマイナス拘束として横桁が機能し、設計通りのプレストレス量とならないのではとの考えである。横桁の影響を確認する目的で供試体を製作、これも抜け落ち実験を行った。これも重要なポイントであるが、載荷点についても設計上の考えと供用実態両面を比較し、不利な条件を考慮することとした。その理由は、間詰床版に作用する荷重は、普通車ではなく大型車の輪荷重、それも間詰床版の直上に作用する荷重である。実験上カギを握るのは荷重載荷面(プレート)である。昭和30年代の設計基準も現行のB活荷重(T荷重)も載荷面は、橋軸方向200㎜、橋軸直角方向500㎜である。載荷面の設定を設計通りに行うとすると供用実態と矛盾することがある。それは、抜け落ちたK橋の間詰床版幅(橋軸直角方向)が280㎜であることから、載荷位置がPCT桁部に左右で10㎜かかり、間詰床版に直接作用しないことになる。過去の設計において前輪幅は125㎜であったことや間詰床版に直接荷重が作用する厳しい条件(押し抜きせん断破壊)を作用させるとの考えから、載荷幅(b)を500㎜の1/2となる250㎜を標準とした。今回の載荷試験に使用した載荷装置の詳細を図‐3に示す。しかし、補足的に設計条件となっている載荷面標準幅である500㎜を使った設計照査的実験も行った。また、横締めPC鋼材の間隔は、K橋と同様な1000㎜幅と現行の550㎜、使用するPC鋼材もK橋と同様なφ23㎜と現行のφ32㎜の2種類についても検証を行うこととした。要するに、検証実験を行うからには可能性のある全ての条件を網羅するような考え方が求められるのである。この時に、中途半端な妥協をすると、実験の成果も中途半端となるので、想定される全てを何度も洗い直し、実験を行うことが必要であると言いたい。
 今回の間詰床版抜け落ち検証実験で発生したひび割れ発生の流れイメージを図‐4に示す。ここで示した抜け落ちの流れでお分かりのように、間詰床版の抜け落ちはT桁部と間詰床版と境界部に目地開きが発生した後、作用する荷重を増加すると中央分部に間詰床版部のずれが発生する。この時の状態は、ずれは微小ではあるが間詰床版が桁部分から離れることによって、横締めされている位置で半固定ピンのような支持状態となると想定される。これは、間詰床版長手方向の支間中央部において正の曲げモーメントが発生、横締め位置では負の曲げモーメントが発生することになる。このような状態となることで、支間中央部においては下縁側、横締め位置では上縁側に曲げひび割れが発生しやすい状態となる。今回実験した供試体のほとんどが、先に示した境界部のずれが発生した時点が最大荷重となり、その後間詰床版は荷重の支持力を失うことになっていた。その後さらに載荷を続けると、ずれが大きくなり最終的に間詰床版部が抜け落ちるか、もしくは間詰床版部抜け落ちとT桁部の押し抜きせん断が複合した形で破壊に至ることが明らかとなった。
 各供試体の載荷実験過程での目視によるひび割れ等発生荷重、破壊荷重及び破壊形態を表‐2に示した。また、各供試体におけるプレストレス量と破壊耐力の関係を図‐5に示した。表‐2及び図‐5で明らかなように各供試体の破壊耐力は、当然ではあるがプレストレスの増加に比例するように大きくなる傾向がある。図‐5の中で表現した赤の実線は、載荷点を挟んでPC鋼材が2本配置され、横締め間隔、載荷条件が同一の供試体の試験結果を結んだものである。読者の方は、表‐2及び図‐5を見られてS6供試体の破壊耐力が一番小さくなるはず、との私が想定した結果と試験結果が異なっているのでは、と疑問を抱いたであろう。確かにS6供試体は、破壊耐力が380 kN とS1供試体よりも大きくなっている。私もS6供試体試験結果が分かった時に同様に違和感を覚え、何故かと考えた。何かが異なっている、ひょっとしたら製作した供試体に問題があるのでは? そこで間詰床版部分の形状を詳細にチェックした。その結果を表‐3、形状確認箇所詳細を図‐6に示す。ここでお分かりのように、S6供試体は、中央部及びS端部の下端が上端と比較して-2、3㎜小さい出来形となっていたのである。これは、抜け落ちにくいテーパー形状を意味する。
 そこで再度供試体を作り、床版形状に十分留意して製作した供試体がS6’である。S6’供試体は、両端及び中央部の形状が280㎜と幅が均一としてある。その結果、再製作したS6’供試体と同一条件3供試体の関係は、プレストレス量と破壊耐力がほぼ直線関係となっている。今回の実験結果から判断できることは、プレストレスがほとんどなく、形状が設計通りの供試体S6’は、破壊耐力が100 kN と耐力に劣っていることが明らかとなった。また、S2供試体の破壊荷重が612 kN と設計輪荷重100kNの約3倍の耐力のあることも分かった。横桁のある供試体S9は、期待通りとはならなかったが、プレストレス量が同じで横桁のないS2と比較すると破壊耐力が若干小さい結果となった。今回の実験で抜け落ちにはプレストレス量が関係すること、設計当初のプレストレス量でも十分耐力があること、現在の桁側面のテーパーが抜け落ちには機能することなどが定量的に説明することが可能となった。裏を返せば、プレストレス量が不足したり、間詰床版の形状が逆テーパー状態であったりすると抜け落ちやすくなるという結論である。さらに、実験した供試体を確認して明らかとなったことがある。着目すべきは、K橋の破壊形態を再現したと考えられるS8供試体である。何度も紹介しているK橋の抜け落ちた間詰床版写真‐2とS8供試体の破壊耐力実験によって抜け落ちた間詰床版の写真‐3をここに示す。互いを見比べれば明らかなように、酷似した抜け落ち形状となっている。S8供試体実験は、私の個人的な我が儘をA社の技術者にのんでもらった実験でもある。本来であれば、私が少し齧っていた疲労載荷試験を今回行いたかったのであるが、実験設備も無ければ時間も無かったので、止むを得ず行ったことない流れの実験である。私の我が儘で行ったが、結果には外部を説得する要素が十分あった。ここで、わざわざ取り上げたS8供試体の実験趣旨を再度説明する。ポイントは、緊張力を1.5N/mm2から0.2N/mm2まで変化させ、間詰床版の変状、挙動および破壊耐力の実験である。実験ステップとしては、
①第1ステップ(プレストレス量を1.5N/mm2で固定)図‐7参照
載荷荷重を設計荷重、設計荷重の2倍、3倍と繰り返し載荷を行って発生する変状を観察し、床版と桁の目地の開きを確認した時点で終了とする。
②第2ステップ(衝撃荷重も含めた130 kNで載荷荷重を固定)図‐8参照
第1ステップをクリアした場合、実荷重のT荷重相当(130kN)まで作用させる荷重を下げ、荷重を一定にした状態でプレストレス量を1.5N/mm2から0.25N/mm2刻みで0.5N/mm2まで、次に0.5N/mm2から0.1N/mm2刻みでプレストレスがほとんどない状態の0.2N/mm2まで下げて変状及び破壊耐力等を確認する。なお、緊張力を低下させている段階で変状が発生した場合は、終了とする。

③第3ステップ(T荷重の繰り返し載荷)図‐9参照
第2ステップをクリアした場合、プレストレスを0.2N/mm2に固定し、載荷130kNで繰り返し載荷を10回行い、変状を調査する。
④最終ステップ
 第3ステップを経ても間詰床版が抜け落ちない場合は、載荷荷重を増し、破壊荷重を確認することとした。
 以上がどうしても紹介したくなったS8供試体の4ステップ実験の内容である。実験の結果、K橋と類似した抜け落ち形状となったS8供試体実験においては、間詰床版と桁の目地開きはT荷重の3倍弱となる370 kNで発生した。その後、第2ステップの130kNに載荷荷重を固定し、プレストレス量を1.5Nmm2から0.2Nmm2まで減少させたが間詰床版にひび割れ等特別な変状発生しなかった。続いて第3ステップの繰り返し載荷においても第2ステップと同様に特別な変状は現れなかった。そこで、最終ステップとして載荷荷重を徐々に増加させたところ、174kNで間詰床版部分が抜け落ちた。要するに、目地開きが発生した状態(間詰床版が収縮、横締めプレストレスが減少)となると耐力が低下し、抜け落ちる可能性が高くなると言うことである。このような状態にK橋がおかれていたことが推測される。
 今回の実験結果としては、プレストレス量が小さい場合は、間詰床版部の抜け落ちによる破壊形態が顕著であり、プレストレス量が大きくなるに従って一般的な押し抜きせん断による破壊形態となる傾向が確認された。また、当初設計通りのプレストレス量があれば耐力は十分あるが、間詰コンクリートの完成形状やプレストレスが何らかの理由で想定通りでない場合は、耐力として不十分であることが明らかとなった。
 ここまで実験を進めると、当初五里霧中状態であった原因究明の到達点もだいぶ先の見通しが良くなってきた。なお、各供試体の実験結果、供試体実験で確認した載荷荷重と間詰床版のたわみ値、変形量等については説明が細部で複雑となるので、今回は概要のみに留めることとにしたのでご容赦願いたい。
 しかし、近年の研究部門の技術者は悲しいもので、成果主義(アウトカム)が種々な研究業務に導入されたことから目先のアウトプットに追われ、昔のような最終到達点が見えなくなっても徹底的に研究に没頭する研究者の姿は少なくなってきている。これは、日本の将来を考えると悲しむべき状態である。

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