道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか-㉒予想しなかったプレストレストコンクリート橋の欠陥と業界の体質(その1)

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.02.01

3. 間詰床版の抜け落ちは稀有な事例なのか?

 写真に示すような路面陥没事故は、管理者として判断すると極めて危険度レベルが高い状況であると明言できる。その理由は、都市内の主要幹線上の路面とは、平坦で大きな凹凸が無いと利用者は考えているのが国内の常識である。しかし、写真-5でも明らかなように路面に穴があることは、利用者には全く分からない、底のない落とし穴が道路にあるような重大事である。万が一この穴に車両がハンドルを取られたり、バイクや自転車の車輪が穴にはまって交通事故となった場合、管理者として重大な瑕疵と判断されるだけでなく、住民の信頼を大きく失う事態である。同様な事例として、1990年1月御徒町駅前の春日通り路面大陥没事故があげられる。この事故の時は、記憶に新しい博多駅前路面陥没事故とは異なって、轟音とともに陥没した穴に数台の車両が嵌り、テレビ画面に映し出された状況から組織あげての緊急事態となった。ひっきりなしにかかる報道からの電話への対応、組織の広報や警視庁への対応など事態収拾に1年以上かかった苦い経験である。御徒町駅前陥没事故発生当時、私は道路管理に関連する組織に在籍していたが、事故発生時に不幸にも国の委員会で離席、技術を担当している総括責任者である部長からの電話で「この緊急事態にどこをほっつき歩いているのか!」と叱責されたのが昨日のようだ。この事故が道路管理における大きな教訓となり、事故対応委員会を組織、埋設物や空洞探査の調査要領書を策定、管理区域全域で路面の空洞探査が開始されることになった。
 その教訓があったからこそ、今回の事故内容な軽視できないと考えたのは当然である。PCT桁橋の間詰床版が抜け落ちる変状は、当時は発生した原因が明らかでなかったことから、想定できるあらゆる手段をとって原因究明を行なうことが必要であると考えた。しかし、思い違いとは怖いものである。以前鋼桁の溶接不良について説明したが、今回のPC橋の場合も鋼桁の溶接部と同様な施工上の瑕疵があったのかと思い込み、施工会社は何処か、同一建設年次の道路橋は何処にあるのかを主として調査を開始した。当然事故橋梁前後と分離して架設している逆車線の橋梁を調査し、再度現場に行って抜け落ちた部分をしばらく眺めている時、自分が考えていたことと大きな違いがあることに気づいた。それは、空が見える状態となった間詰床版の両サイドにある桁構造が想定と異なっていることである。主桁の側面に、あるはずのハンチ加工が無い。なぜ、自分が監督したPCT桁架設工事の時にはハンチと補強鉄筋があったのに今回は両方とも無い。直ぐにディスクに戻り、現地の橋歴版(写真‐9参照)から分かった当時の建設会社のα建設会社に電話、発生した状況を話し、直ぐ来てもらうことを依頼した。
 α建設会社の営業と技術者と私を含めた打ち合わせが始まったのは事故の2日後である。私が、一昨日の事故状況、現場で確認したことなどを説明、写真を見せて変状発生の原因を聞いたところ、α建設会社の担当技術者は「今見せていただいた写真のような抜け落ち事故は、私の経験では見たことも聞いたこともない。」、「たまたま、当該箇所に路面上の走行車等から落下物があり、それが引き金となって一部抜け落ちるようなことになったのではないでしょうか。」との説明であった。私から「走行中の車両から重量物が落下したのであれば、所轄警察署や道路パトロールもしくは利用者から通報があるのが普通ですが。確か、現場で聞いた時に担当者からはそのような話は聞いてはいませんし、路面にも傷はなかったと記憶していますが。」と答え、次に私から「言いにくいのですが、α建設が施工した同様な橋梁で同じような抜け落ち事故の報告はありませんか?」と聞いたところ。α建設会社の営業が答えたことは「先ほども説明したように、このような事故は起こってはならないことです。私どもが建設した道路橋は数多くありますが、同様な事故は無いと断言できます。再度、社に帰って調べてはみますが。」と、最終的な結論が出た後で考えれば、この答え方は何とも無責任で、組織的な隠ぺい体質を物語る返事ではあるが。同様なやり取りが何回か続いた後に私は、「まあ、どちらにしても抜け落ちの原因と他の箇所への抜け落ちの進展等を至急調べて下さい。」と依頼し、聞き取り調査及び打ち合わせは1時間もかからないで終了した。
 しかし、何度考えてもα建設会社のプロフェッショナルとして評価されている技術者の説明した内容に大きな疑問を抱くと同時に、何か腑に落ちない気分が増してきた。私の質問したことに対し、どう考えても真摯な対応ではないのである。それまでは、業界の専門技術者と話し、説明を聞くとスッキリした気分となるはずが、打ち合わせ会議が終了しても、もやもやした気分が晴れない。そこで、私が疑念を抱く間詰床版に関する資料を徹底的に調べることとした。第一に建設年次である。橋歴版でも分かるように1961年(昭和36年)1月の竣工である。その過程で、自分自身がPC構造に不勉強で、設計上の構造詳細の変更を何度か行っていることを全く気付いていないことが明らかとなった。PCT桁は、建設し始めた当初、上フランジ側面部分は鉛直形状であり、テーパーが無いのである。プレテンションT桁の場合、1960年制定のJISA5316の構造詳細図にはテーパーは無い。要は、ポストテンションT桁橋の場合は、1969年(昭和44年)の建設省標準公開以降、プレテンションT桁橋は、1971年(昭和46年)JIS改正時に上フランジ側面にテーパーを設けるようになったのである。であるから、私が、橋梁建設現場で見ていた構造には、当然側面にはテーパーがあるだけでなく、補強鉄筋も設置していたので、その場で感じたのは正しかった(写真‐8参照)。ここまで調べて私のα建設会社に対して抱いていた信頼は揺らぎ、不信感へと大きく変わることとなった。構造の変遷が明らかとなった時点で再度α建設会社に連絡、当然、本件について再度聞き取り調査を行ったのは言うまでもない。
 しかし、α建設会社の技術者も変なところで粘り強い。なかなか、抜け落ち事故を起こした構造の弱点を認めたがらない。そればかりか、「構造変更は安全性を向上させるための対策で、テーパーや補強鉄筋が無くても抜け落ちることは無いし、抜け落ちた事例も無い。」とのご立派な見解で答え続けるのは何故だったのか。「それではなぜ構造変更を、JIS改定や建設省標準構造として昭和40年代半ばに集中して行ったのか?」と再度問いかけると、「PCT桁橋の間詰床版は、フランスの技術書に示されている考え方を適用したで構造です。具体的には、PCT桁橋に挟まれる構造の間詰床版は、間詰床版を挟む桁のアーチアクションで持つ原理であることから、主桁が不同沈下したりしなければ抜け落ちることは考えられない。」さらに、「並列している主桁同士の一体性を保つためにPC鋼材で側面から横締めしているので、間詰め部が抜け落ちることは無い。」との立て板に水がごときの説明であった。ご丁寧に、国内にPCT桁を採用し始めた昭和30年代のフランスの資料?を持参し、机上に示しての解説。私に納得のいかない説明を行った技術者の名前は、当人の名誉のため差し控えるが、『私が調べた範囲では抜け落ち事故は今回が初めてです。今後はこのような事故発生はありえない、運が悪かったのですかね・・・』と強気とも感じられる対応にあきれ果てた。私は、彼が話を続けている後半は心の中で他のことを考えていた、『いや、今彼らが説明していることは嘘だ。この事故は、我々技術者に警鐘を鳴らすために起こしてくれた事故だ』と。それと同時に、私を含めた行政技術者を軽視し、業界の不始末を認めない体質を改善するために、間違いを指摘しようじゃないかと強く思ったのはこの時である。
 その後は、彼らの期待を裏切って管理者側が主導権を握った調査を開始することになった。彼らは、私が自らの追求姿勢を諦め、α社の費用で追跡調査等を行うことを私から依頼提案すると考えたようである。私のPC構造対する無知が彼らをそのように考えさせ、行動させたのかもしれない。しかし、私は彼らが日頃付き合っている行政技術者とは違うのである。事故原因や変状の進展を上司に説明するには、種々なデータや分析結果から論理的に、それも分かり易く説明するのが最適であることを実務として学んでいる。それは、先に示した鋼桁の溶接不良事件で痛いほど感じていたからである。であるから調査費用は、管理者側の費用で行うのは当たり前で、色を付けたような業界主導の調査を依頼するような行動は絶対避けるのが私なのである。
 その後、組織内における予備費を今回の調査費用への流用説明が終了し、当然、α社の営業と技術者を呼んで本格的調査を開始することを告げたのは、事故発生から1週間経過した時である。α社の営業は「髙木さん、本当に本件の調査委託を発注するのですか?どのように、どこまで調査し、いつ頃結論をだす考えですか?」と聞いてきた。どうしたら良いのかを教えてほしいお先真っ暗な状態であったのは事実であるが、後戻りできない状態であった。予算管理が厳しい時期に、予備費を流用してまで調査委託を緊急で出すのは、主要幹線での事故であること、事故原因が明らかでないこと、御徒町駅前陥没事故の再来となる可能性があるなどと説明したからである。その後、調査を軌道にのせる1か月の間、連日夜中まで残業をして図‐2に示すPC桁の劣化原因など関連資料を調べ、考え込む日々が続いた。次にPCT道路橋の間詰床版抜け落ち事故に関する調査の流れについて説明する。

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