道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか-㉑酉年の新年に期待すること

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.01.01

一刻も早く離脱しろ!

1.衝撃であった橋梁談合事件
 私にとって衝撃的な最も大きな出来事が当概年に起こっている、それは、世を騒がした鋼鉄製橋梁の建設工事受注における「橋梁談合事件」である。事の始まりは、2004年(平成16年)の10月に公正取引委員会が橋梁ファブリケータに立ち入り調査、翌2005年には、橋梁先発メーカー17社が組織する紅葉会、後発メーカー30社が組織する東会の談合組織から東京高等検察庁が談合幹事会社11社・14名の担当者を独占禁止法容疑で逮捕、その後26社を告発、国の処分(指名停止)は、主要メーカー23社に及んだ橋梁業界を揺るがし、橋梁製作・架設会社組織の再編、橋梁からの撤退等のきっかけとなった重大事件である。
 当時の私は、石原知事の基、現役バリバリの行政技術者で橋梁に関する種々な業務に携わっていた。中でも、これからの東京都に必要な施策として、道路橋を主としてアセットマネジメント導入を日々進めていた時代である。平成16年度末の第一回定例議会も無事終了、一般職員の異動も終わってさあ新年度の新たな業務を開始するぞと意気込んでいた矢先に何時ものように幹部の個室から電話、「髙木君、直ぐ来てくれと」との連絡。何かと思って部屋に入ると直ぐ「ドアを閉めてくれ」と。ドアを閉めると「髙木君、当局で橋梁に関係している団体は何処で、どのような過程でそこに入っているのか、現在どのような活動をしているのか教えてくれないか?」とのことである。「一体何が起こったのですか?」との問いかけに、「大きな問題に発生しそうな嫌な事件が起こっている、詳細は話せないが・・・」。
 当局が加盟、後援している団体名、活動内容や団体が行っている委員会に入っている当組織の委員名等を教えると直ぐ、「国が直接関係している団体以外は、団体加盟や後援は全て直ぐに中止してくれ、また、関係団体に委員等を送り込むのも止めてくれ」との指示である。「著名な先生方が中心となっている団体もありますが、大丈夫でしょうか? 機嫌を損ねると今後のアドバイス等を受けることや今後の処理が大変になるので・・・」、橋梁関係団体離脱のマイナス面を説明している言葉を遮る様に「先生の扱いとか何とか、そのようなことはどうでも良い、我々にとって重大事件が起こりつつあるのだ。一日も早く離脱しろ!橋梁関係団体から」との強い指示(命令であったかも)であった。幹部からの指示を聞いていて、頭をかすめたのは関係団体における東京都の占める影響力がどの程度であるかである。

 これまで、東京都の行う橋梁事業において、全体計画から写真-1に示すような風洞実験や環境対策まで種々な面で相談し、アドバイスを受けた教授の顔が浮かぶのは当然である。幸いにも私が関係している団体は、国が直接関係していることから幹部からの離脱対象とならなかったので個人的には大きな影響を受けることは無かった。しかし、東京都は当時、他の地方自治体とは比較にならないほど大量に橋梁事業を発注していた主要な組織であったから、関連団体からの離脱は予想以上に影響が大きいはずである。自席に戻って該当する団体の事務局へ電話をする。主催する委員会等における活動停止、後援組織名の削除等を依頼、嫌な役目だなと思って行動したその日は無事終了した。
 その翌日、直ぐに日頃からお世話になっている著名な先生からの電話があった。「今、東京都が○○会を脱退することを小耳にはさんだのだけど、髙木さん、何とかならない、○○会の後援組織名の削除・撤退。頼んでよ、幹部の○○さんに。撤退されると団体として運営が厳しくなるらしいのだ・・・」。やはり来たか、予想通りだ。「先生、東京都の事情も分かって下さいよ。幹部からの厳しい指示があり、まずはどうにもならないと思いますが」「先生、落ち着いたら、再度、幹部に話し、団体後援、委員復帰をするようにお願いしますから」。何回かのやり取りはあったが、後援等の撤退の話は先生の理解を得られないまま終了した。しかし、嫌な雰囲気は私の周辺の職員も肌に感じたようである。隣で電話の会話を聞いていた同僚が「何が起こったのですか? 電話の相手、T大学の○○教授ですよね。今週、関係している委員会あるのですが出席出来ないのですか?」「電話で話しているように、まずは急用で出られないと事務局に話してみて、依頼されている資料は送っておけば良いから」これに似たやり取りを何人かに行い、結局、橋梁会社が主催する委員会活動等から全て撤退することになった。

寒くなった背筋~1年近く続いた徹底調査~
 独自の発注システムが逮捕者を出さず

 その後、幹部の指示がどのような事件が背景となっているのか分かった時には、自らの背筋が寒くなるのを感じた。それは自分にとって他人事ではない多くの出来事があったからである。毎年のように多くの橋梁工事を発注している東京都である。東京高等検察庁や警視庁が黙ってはいない。私の周辺、東京都のOBを含めて関係者が一様に取り調べを受けたのは当然である。1年近く徹底的に調べられ、半ばノイローゼになりかけた人もいた。しかし、多くの橋梁事業に関係する人々にとって不可思議と思われる方もいると思うが、東京都の関係者からは逮捕者は一名も出なかったのである。
 その理由は、東京都独自の請負事業における起工、発注システムの存在である。私が東京都に入り、橋梁に関係し始めてから何度か疑問を感じ、何とかしてほしいと思っていた起工、発注システムがこのような官を含めた談合事件において逆に機能したのである。何が功を奏するか分からないものである。一般的に、請負の工事や委託の発注は、当該業務を行う組織が計画、積算し、起工、施工するのが一般的である。ところが、東京都の場合は、ある一定額を超えると当該組織が発注業務を行うのではなく、予算を握っている組織、東京都の場合は財務局が全ての権限を持って発注するのである。であるから、発注時における業者選定も当該組織でなく、契約業務を担当する財務局が全てを行うことになる。当然、入札業者を選定する委員会も財務局が行い、執行局は蚊帳の外、必要な時(発注内容が特殊な事案、高度な技術要求される事案、施工が困難な事案等)に呼ばれるテンポラリーでオブザーバー的存在なのである。
 平時の時には、これが大きな障害となって、契約まで辿りつくのに多くの時間と労力が必要となること、意に反するような業者が選定されることなど、融通の利かない当該システムに関係者の多くが苛立ちを覚えていたのである。ところが、こと問題となった談合事件の際はいくら調べられても、業者選定や発注業務に関係者が直接関与していないことから、業者選定や契約行為などに権限が及ばないとの説明が可能となり、言い方は悪いが検察から逃げ切れたのである。個人的な収賄事件と異なって、組織を対象とする談合事件においては、東京都が如何に多くの請負業務発注を行い、OBが関係各社に天下っていても組織的な犯罪とは立証できずに、一人の逮捕者もでなかったのは東京都特有の発注システムが機能したのである。逮捕された発注者側の人には申し訳ないが、不幸中の幸いとなった今も私の頭に残る重大事件である。

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