道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ⑱架け替えか補強が妥当かのせめぎ合い

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター 
上席研究員 

髙木 千太郎

公開日:2016.10.01

2.S橋の補強対策案の概要

 S橋に発生していた変状は、架け替えを行う流れとなっていたこともあり日々の維持管理を行っていないこともあって予想以上に進展していた。特に、運河を渡河している橋梁であることから、飛来塩分と海水の巻き上げ現象が激しく、主桁端部は大きく断面欠損し、層状になったさびは、写真-8に示すようにピンセットで摘まめる状況であった。更に、架け替え案が主流となった大きな理由である橋台の側方移動は更に進行し、断面欠損している主桁をパラペットが押し込み、腐食で全く移動機能を失った支承が動きを止めたことから主桁の下フランジは座屈している箇所が散見された。架け替えルートに乗ったからと言って、主桁下フランジが座屈している状態でよくもここまで放置したものだと感心すると同時に、桁が落下する可能性を考え背筋の寒くなる思いであった。
 当然、緊急工事で仮支保工の設置を指示(写真-9)、桁が座屈し路面に段差が生じるのを防護することとした。しかし、鉄筋コンクリート床版のある鋼桁は強いものである。先の写真に示したように主桁断面が著しく欠損し、写真-10に示すように下フランジが座屈しても路面上に変状は確認できないのである。当時実際にどの程度の利用者がいるのかを測定し、その結果を活かして施工ステップ図や疲労損傷予測に使うこととした。実測した結果(平日24時間)は、一日車両が33,704台(大型車混入率24.5%)、二輪車が1,631台、歩行者・自転車が16,293人と多くの人々が当該橋梁を通行している状況であった。この結果を見て、やはり、これだけ多く利用する歩行者のためにも縦断勾配のきつくなる橋梁への架け替えを行わなくて良かった、と思った。以下に当該橋梁の補強対策の概要を説明する
 
1)既設下部構造の補強
 当該橋梁の変状の原因である橋台の側方移動を止める対策である。側方移動は、通常橋台背面の盛土やその下の軟弱地盤層、橋台の基礎が関連して発生することが多い。対策としては、背面盛土荷重の低減、軟弱地盤の補強、移動を抑止する橋台基礎の剛性を増加させることである。今回の対象橋梁も同様な考えベースに以下の対策を行うことを考えた。
・橋台と橋脚のフーチング連結
・橋台竪壁前面と橋脚の鉄筋コンクリート増厚
・フーチング連結部の増杭

 図-2に示すような橋台と橋脚のフーチングを連結する構造は、既設橋梁での採用は無いが震災復興事業で多く採用された構造で軟弱地盤上に建設する橋台の側方移動を抑制する効果がある。当該橋梁の場合も同様な考え方で橋台と橋脚の連結によって、上部工や支承、伸縮装置などに有害な変形や応力を与えないための対策であり、これについては本構造をFEM解析によって安全性が十分保てることは確認している。また、連結することによって橋梁全体の耐震性能が向上し、地震時慣性力に対して増設部のフーチング及び増設杭が抵抗することで、既設杭の負担を軽減できる特徴もある。さらに、フーチング連結に加えて、橋台および橋脚の壁を増厚することによって、地震時の曲げ耐力およびせん断耐力を確保できることになる。
 しかし、当該橋梁の鋼管杭頭部については、構造上の問題から補強することができないため杭頭曲げ耐力を満足しないこと橋台後趾部についても、供用下での補強ができないため地震時の耐力を満足しないが明らかとなった。
 ここで他に例を見ない供用中の下部構造連結構造は、
①橋台と橋脚フーチングを連結することによって、橋台竪壁、フーチング、橋脚壁で形成するU型構造が地震力に抵抗する構造である。
②地震時に既設杭頭部がヒンジとなったとしても、周辺地盤の拘束によって杭の変形は抑制されることや、杭体の応答塑性率は許容値以下であること、杭の支持力も十分にあることから、構造物の安定度は確保される。
以上の考えを基にFEM解析(図-4参照)を行い、構造系の妥当性を検証している。
以上が側方移動している既設橋台と橋脚の補強対策概要である。

2)既設上部構造の補強
 1962年(昭和41年)の一等橋であることから、現行の基準に適合されるには以下の対策が必要となる。主要路線であること、交通量の多いことなどから主な補強対策目的は、耐震性能の向上、B活荷重への対応、疲労耐久性の向上などである。当該橋梁の上部構造補強を表-1に示す。

①ゲルバー部の連続化
 上部構造の耐震性能の向上対策としては、王道の既設ゲルバー部の連続化を採用することとした。また、ゲルバー桁を連続化することで弱点となっていたヒンジ切欠き部が無くなることになり疲労耐久性の向上にもなる。
②主桁及び床版の補強
 B活荷重への対応としては、主桁、床組み及び床版の補強が考えられるが、既設桁端部の交換を行うこと、既設床版の鋼鈑接着部分の損傷が進行していることや死荷重の軽減も行えることなどから、図-5に示すように鋼床版への交換を行うこととした。主桁については、床版を鋼床版化することを前提にB活荷重化、桁連続化に伴う構造系の変化について照査した結果、床版交換、桁連続化施工ステップにおける応力度超過は現状と同程度以下であること、対策工事完了後においては応力度超過がないことから主桁等の桁補強は不要とした。

③疲労対策
 定期点検及び詳細調査で確認した疲労損傷が著しい部位の対策、応力度による通過交通データを基に疲労照査結果に基づく対策として、同構造で疲労損傷事例の多い部位(支承ソールプレート溶接部)について対策を行うこととした。
④腐食部位の取替え
 主桁端部は、長期間塗装の塗り替えや腐食対策を行ってこなかったことから、断面欠損や一部変形も確認されている。そこで、断面欠損部を含む腐食の著しい部位の交換を基本として図-6に示す構造で対策を行うこととした。新設部材への交換は、施工ステップから最適な支承交換及び桁遊間確保対策と同時期に行うこととした。

 以上が、S橋の下部構造及び上部構造の補強対策概要である。

3.S橋の現状

 S橋の補強検討は、先に示した下部構造、上部構造、附属施設及び施工ステップを考慮した内容で行われ、対策概要や予算要求も通り国内外初めての上・下部構造長寿命化対策実施となるはずであった。しかし、ここでまた、大きく方向転換する事態が起こった。それは、既設桁を一部撤去し、床版交換を行う際の桁変形や施工ステップごとの安全な施工体制確保が可能なのかの議論が起こった。確かに、ここに示すような大規模な補強を行った事例もなく、請負業者の技術力も不明である。新設工事と異なって発注形態も単年度施工が原則、地元業者優先契約等の状況下でこのような難工事を最終形まで問題なく施工するのは至難の業であるとの評価となった。
 結局、M課長には悪いが補強対策の難易度の高さに、言い方は悪いが行政技術者の方で嫌気がさし、安易な方法である架け替えに逆戻りしたのが現状である。私の想い、M課長の決断、維持管理を取り巻く環境へのトライアル精神、いずれも活かされることなく、架け替えへの逆戻りであった。
 今、S橋は、再度架け替えに向けた詳細設計中であり、架け替え工事は、東京都としてのビッグイベントが終わる2020年以降に着手するようである。莫大な事業費を抱えるのは、多くの住民と利用者、首都であるから当然であるのかもしれない。しかし、現実今起こっている種々な問題は、国内外から首都東京の先進的な技術屋集団との評価を受けるには程遠い。東京都に、行政技術者に、どのようなことがあっても成りたいと思う希望者が続出する東京都にレベルアップすることを祈るばかりである。

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