道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ⑱架け替えか補強が妥当かのせめぎ合い

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター 
上席研究員 

髙木 千太郎

公開日:2016.10.01

1.架け替えか補強が妥当かのせめぎ合い

 ここに事例として紹介するS橋は、1962年(昭和41年)3月当時の一等橋として完成(写真-2参照)、供用開始した道路橋である。
 S橋が供用開始した当時は、いざなぎ景気、3C時代(車、カラーテレビ、クーラー)、朝永博士ノーベル物理学賞受賞、アイビールックなどが話題となった景気が右肩上がりの時代である。S橋は、運河を跨ぎ、軟弱地盤上に架設されることから上部構造は、鉄筋コンクリート床版3径間ゲルバー鋼鈑桁、下部構造は、一般的な鉄筋コンクリートの躯体であるが基礎に鋼管杭、それも水平力に抵抗する目的で当時流行っていた?斜杭を採用、鋼管杭の腐食に対して腐食代をとる方法でなく、外部電源方式の電気防食を行った珍しい橋梁(写真-3参照)でもある。
 供用を開始して10数年が経過した頃から上部構造の鋼鈑桁が写真-4で示すように橋台のパラペットに接触していることが判明、このままの状態で放置すると下部構造の変位が進み、主桁が座屈する可能性が高いと判断された。当時豊洲地域(現在の地下鉄豊洲駅周辺)では、多くの道路橋がS橋と同様に地盤の側方移動及び沈下によって主構造が橋台パラペットに接触する事例が多かったことから、私にとって稀有な事例では無いのである。そこで、変状の程度が大きい橋梁から対策を講じることとし、鋼主桁をPC鋼材で緊張している橋梁の対策を決定、2分割工事で背面に鋼矢板を打設、土圧を軽減する対策を数年かけて行ったことを記憶している。S橋も同様な対策をと考えている時に、突然架け替えの話が持ち上がった。
 供用開始後31年経過した1993年(平成5年)である。S橋架け替えは、事業実施予算化ルートに乗り、1997年(平成9年)には、地質調査が発注された。その後、順調に事は進み、概略設計が発注され、架け替え工事の予算化も間近となった時にS橋架け替えの事実を私が知ることになった。そもそも、30数年しか経過していない橋梁を架け替えることが正しいかである。確かにパラペットに主桁が接触はしているが、写真-5でも明らかなように他に何処にも損傷が無い橋梁を架け替える対策を選択するのは、東京都だからできるのである。

 架け替えの概略設計案を見て、ますます架け替え反対の思いが強くなった。その理由は良くある話であるが、S橋も同様で架け替えとなると桁下管理者の架設条件が変更となったことから、縦断勾配が現行の2%から5%を超える勾配となる。当然、橋梁の前後にある建物ほとんどがかさ上げの必要が生じ、歩行者や高齢者には利用しづらくなる橋梁に変わることになる。総事業費は、架け替え工事費用の数倍となる補償費等も明らかとなった。兵庫県南部地震発生から3年が経過、財政的な余裕が無くなり、建設から維持管理へシフトし始めた時代である。架け替えを知って1週間が経過した時、やはりこの計画は止めるべきとの思いが増し、決断、架け替えを担当しているM課長に直訴することとした。
 「Mさん、話しがあるのですが、一寸聞いてもらえますか?」、M課長「髙木さん、何の話し。わざわざ来たのだから大ごとなんだよね。」と、「今、進めているS橋の架け替えだけど止める事できませんか?」。当然、M課長は「何で?」「もう、架け替えの概略設計も終わってるし、架け替えの事業費を予算要求する段階なんだけど・・・」、私は、「まだ30数年しか供用していない橋を架け替えるなんて可笑しくないですか? 東京都の橋は、長く使えないんだと評判に成りますよ、止めましょうよ架け替え。」と補強案をにおわす。M課長「担当の話だと、主桁が橋台に接触していて危ない状態だと聞いているけど、髙木さん、事実だよね。危険回避で行っている架け替え事業を何で止めたいの?」。私が話す「Mさん、現在管理しているかなりの橋梁が同じような状態となっていて、それを理由に架け替えを進めるのであれば、臨海部を含む多くの橋梁を架け替えなくてはいけなくなると思いますよ。」「s橋の現状を点検して、ゲルバー吊り桁部分に一部疲労損傷(写真-6参照)があるのも分かっていますし、下部構造の問題点も十分に分かっていますけど、起こっている変状、全て治せますよ、架け替えより絶対経済的でもあるし、もったいないと思いませんか?」。M課長「髙木さん、でもね、架け替えで決定した事案、ひっくり返すの難しいと思うよ。・・・」。
 それから、1時間、私とM課長の擦れ違いの議論。私の話を何時も理解するM課長が「髙木さんの言いたいことは分かったし、考え方も分かった。でも、私の課の立場もあるから・・・無理だよね。髙木さんも分かってるよね、理解してよ。」互いの意見を主張した2時間が経過した後、話し合いは終わった。私は、それまで何度となく同じような架け替え事例を見て、維持管理の時代は何時になっても来ないなと感じると同時に「やはり駄目か」との思いでその日が終わり、1か月が経過した。
 そこにM課長からの電話があった。
 「髙木さん、一寸来てくれる、例の件で相談があるから」。M課長の話を聞いてびっくり、架け替えを止めたのである。「髙木さん、確かに、髙木さんが話したもったいない理由も分かるし、変状を治せることも他から聞いて分かった。私が事業を止める理由を上司に話す状況を考えてみてよ。でも、利便性を悪くすることも含めて将来の為に架け替えを振り出しに戻すことにしたから、後は頼むね。次は駄目だよ!」との話であった。さて、それからが大変である。再度、供用中の橋梁を確認して本当に大丈夫なのか?これだけ変状が進んだ橋梁(写真-7参照)を現行の基準に沿った形で補強できるのか、無駄な努力となるのでは」との不安がよぎった。

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