道路構造物ジャーナルNET

⑥役所側から考えてみる

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市 
建設技術管理監 

植野 芳彦 氏

公開日:2016.05.16

  民間と行政の双方を経験し、何が見えるか?書いてほしいとの話があった。執筆を引き受けたのは良いが全く書く内容に困った。しかし、これから大きく変化する、社会情勢の中で特に、何が今問題なのか?我々は何をするべきなのかを考える一助になればと思い書くことにする。技術的内容よりも、一般論に近いものとなる。書くに当たっては、批判も罵声も大いに結構である。さまざまな考えの方が居て当然であり、私の考えが間違っているかもしれない。大いに批判していただきたい。

 熊本地震、新名神高速道路工事橋桁落下事故において、お亡くなられた方に、謹んでお悔やみ申し上げます。また、被災された方々に、お見舞い申し上げます。

今回は、役所側を考えてみる。

1. それぞれの役割
 まず官と民、それぞれの役割が違う。このことが、お互い理解されていないのではないだろうか? これを、理解しないと、なかなか仕事がうまく回らない。お互いに理解を深めて欲しいところだ。民間の役割に関しては、どうすべきか?皆さんそれぞれ考えて欲しい。

住民を常に意識している役所側  役所はエンジニアではなくマネージャー

 役所は自分たちの弱点を語らない。もっというと、考えていないのではないだろうか? 特に、係長・課長以上になると、其れまでの経験に疑問を持たなくなる。日々の忙しさに忙殺され、なかなか、考える時間が無いと言うのも事実である。ここでよく、「役所は暇なんだろう!」と言う方々が居るが、これは、大きな間違いである。結構、時間が無い。年間4回の議会。これに割かれる労力は相当な物だ。さらに、予算関係に膨大な時間を取られる。本予算、補正予算・・・交付金関係、その他。さらに、この間に災害や、イベントが絡むと負担は大きい。選挙もある。さらに市役所には特有というべき業務に「窓口業務」がある。住民の各種申請や質問から始まり、苦情や要望も受け付けなければならない。これもまた、非常に大変である。私は、立場上傍観しているが、若手職員は実に良くやっている。理不尽な苦情や要求にも、うまく対応している。中には、1時間以上、好きなことを言っていく方も居る。そんな時「良く耐えたね。」とねぎらってやりたくなる。ほとんどが不毛な時間だ。それに、仕事を中断させられるのだからたまらない。仕事だから仕方ないというかもしれないが、その時間は皆さんの税金でもあるわけである。
 基礎自治体の難しいところの一つは、この住民を常に意識しなければならないと言うことである。技術的な判断だけでは、問題は解決しない。ここのところは、おそらく民間の方には理解できないところであると思う。たとえば、現在数橋通行止めにしている。かなり危険な状態なのだが、保守には相当な予算が必要であり、とても市の予算レベルでは1年ではできないので、市長とも相談し通行止めにしている。本来は撤去したいのであるが、撤去にも費用がかかる。しかし、橋があるということは、住民は渡りたい。使いたいので、何で通行止めなのか? いつから渡れるのか? と言う質問が来る。まあ、当たり前の話である。ここで、「長寿命化」という問題に対する、誤ったイメージが大きな問題となる。「長寿命化をやっているのだから、いつまでも使えるのだろう。」ということである。そんな物はこの世に存在しない。しかし未だに、間違った認識の職員も居ることも事実である。あまりにも「長寿命化」と言う言葉を、マスコミも使いすぎた。さらに、潤沢な対応予算が付けられている訳ではない。いずれ、さらに大きな問題となることは明白である。
 役所の職員は、決して技術のプロではない。つまり、エンジニアではなくマネージャーである。技術的な部分の仕事はプロである(?)コンサルに委託しているのである。それをお互いに、理解すれば、少しは違った形になってくる。かつては、官が直営で設計をしていた。しかし、高度成長期以降はコンサルに委託するようになってきた。これにより、官の「考える力」が大きく落ちてしまったのではないだろうか?考えなければ、何も進まない。一番恐れるのは、官も民も考えないで、事業を推進し、問題が発生しても、お互いの言い逃れになってしまうこと。しっかり考えてマネジメントしていくことが重要なのである。 

2.インハウスエンジニア
 インハウスエンジニア(役所の技術職員)の役割は民間の技術者とは異なる。役所は異動(所属換え)が多いので、2~3年で部署が変わってしまう。これによってプロ意識も薄れてしまうわけである。かといって、コンサルにプロ意識があるか?というと疑わしい。プライドは高い。しかし意識は・・・? 疑問である。だから結局、安心して任せられない。これは、お互いの損失である。細かい部分を気にするのではなく大局を見て欲しい。

欲しいのは提案

 コンサルさんが営業に来て、「仕事をください」と言う。「何ができるの?」と聞くと「なんでもできます。」・・・・ダメである。「何でもできる=何もできない」となるのである。何でもできるはずは無い。登録部門もあるだろうに。東京オリンピック関連もいろいろ決まってきている。先を見越せる者であれば、今後建設業界がどうなっていくかは予測が付くであろう。これまでのように、なにか仕事は有るだろうでは、なにも発生しない。「提案」が大切です。そういう面では、点検を行い、それなりの報告書を出して終わりでは、其れまでなのだ。その後、どうするか?が重要である。
 なかなか、発注者側も次に何をしようか? 悩んでいる場面もある。うまくマッチすれば、仕事につながる場合もある。やりたくない仕事をするよりもやりたい仕事をしたほうが、楽しいのではないか?
 私がコンサルで仕事をしていた時は、何種類か新規事業のパンフレットを作成し、持ち歩いて、打合せのついでに、配布していた。今はそういう方をみかけない。コンサルの役割は何か? 「問題解決」である。顧客の課題を解決してどれだけである。
 最近、こちらで問題になった案件で、橋梁の詳細点検業務を発注したら、監督員と協議もなしに河川上の部分に関して、足場や点検車の設置をせずに、ポールカメラを使用って点検していた。同じ使用するにしても、協議さえしてあれば問題は無い。しかし、しないのである。おごりではないだろうか? 監督員としては、報告書提出時に気づいて、注意するべきだったが、そのまま、補修設計⇒補修工事へと進んでしまい、補修工事の業者さんから、ひび割れ量が全然足りないと言ってきた。どうも基本的ルールすら理解できていない業者が居る。おかしな世の中だ。道路橋示方書を平気で無視している、ことも多発している。なんともおかしな状態になってきている。まあ、これはかなり前からも有り、指摘してきた状況だが、治る気配は無い。

技術力自慢は要らない

 何が問題か? 私の感覚では、どうもプライドが先行してしまい、経験や知識が劣っているのではないか? 企業自体を見ても「わが社の技術力は・・・・」と言われる社長さんや営業さんが居る。一番わかっているはずの技術屋さんまで。自己満足の“技術力“を自慢するのは他所でやって欲しい。確実に業務を実行し、議論し纏め上げれば誰も文句は言わない。プライドは隠すべきであり、あまり露骨過ぎると、拒否してしまう。「○○橋をやった・・・・」では「ああそう!でも、それだけ?」世界的か国家的なプロジェクトに携わったのならば、尊敬もする。しかし、世の中には、もっとすごい人が居るのだ。私には何人か「師匠」と呼べる人が居る。「この人には絶対かなわない」と感じ、いろいろ学ばせてもらった。最近そういう方を見受けない。また、おそらく、今の若い方々もそう感じているのでは、ないだろうか? 我々の世代が悪いのかもしれない。反省すべきだ。このへんにマネジメントの基本があるように思える。

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