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シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」⑥

山口県の品質確保システムの課題と今後の展望 -地道な取組みを続ける-

山口県
土木建築部
審議監

二宮 純

公開日:2016.02.16

4. おわりに

 最後に、「不作為バイアス」について書かれた1冊の本を紹介し、システムとの関係について述べてみたい。
 この本は、「オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く」12)というコンクリートや土木とは全く無関係な分野のもので、スポーツ好きの経済学者がアメリカンフットボール、バスケット、野球、サッカーなどのプロスポーツから得られる膨大な資料を分析している。この中で、スポーツの審判の判定にも不作為バイアスが見られることが解説されている。
 不作為バイアスとは、人が行動することよりも行動しないことを選択しようとすることである。心理学の有名な実験では、次のようなものがある。一種のインフルエンザに罹患すると3歳未満の子供が1万人あたり10人死亡し、予防接種をすれば罹患しないが、その副反応によって1万人あたり5人が死亡するとしたら、あなたは予防接種を受けさせますかと質問すると、ほとんどの回答者は接種しないほうを選ぶ。自分が行動したことで悪いことが起きることのほうを罪深いと考えて選択しないということである。
 著者は、この不作為バイアスによって色々なスポーツの審判に偏った判定をすると述べている。例えば、 MLBのウェブサイトでピッチャーが投げる球のコースが1㌢単位で見られることを利用して審判の判定を分析すると、この一球で四球や三振の判定となる場合に誤判定の割合が高くなっている(著書では「動くストライクゾーン」という表現が使われている)。これは審判が選手に自分の運命を決めてほしいと願って、四球や三振の判定を避けているのだと分析している。
 さて、プロスポーツの観客・選手・審判の関係は、公共工事に当てはめると、利用者(国民)・受注者・発注者の関係に近いのではないだろうか。観客は審判に選手のプレーの正確な判定を期待している。建設されたインフラの利用者である国民も発注者に受注者の施工の適正な判断を求めている。(ただし、選手はチーム同士が対決するが、受注者の対戦相手は地形・地質や社会的要因で制約された条件下での建設工事である。)選手よりも審判が目立たず、発注者も受注者よりも目立たないほうがよいが、目立たないために「ストライクゾーンを動かす」ことを望まれていないことは同じである。
 システムの構築や改善、あるいは施工状況把握をはじめとする監督においても、不作為バイアスを乗り越えて「行動する」必要がある。2.1で「手段の目的化」について述べたが、その根底にも不作為バイアスが作用していると考えられる。人が消極的な考え方や行動に偏ってしまう不作為バイアスは、システムにとっては常に「ブレーキ」として働く。これからシステムをどのように改善しても、利用者の不作為バイアスによってシステムが適切に機能しなくなることは避けられない。したがって、システムの取組みに到達点はなく、地道に取組みを続けていくしかないと考えている。

参考文献:
1) 森岡弘道、二宮純、細田暁、田村隆弘:地方自治体におけるコンクリート
構造物のチェックシートを活用した品質確保の取組み、コンクリート工学年次論文集、
Vol.35、No.1、pp.1327-1332、2013.
2) 森岡弘道、二宮 純、細田 暁、田村隆弘:チェックシートを活用した施工
状況把握の品質確保の効果の検証、データベースを核としたコンクリート構
造物の品質確保に関する研究委員会シンポジウム論文集、日本コンクリート
工学会、pp.33-37、2013.
3) 山口県:災害記録~平成21年7月21日豪雨災害~、2009.
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a10900/bousai/20090721saigai.html
4) 山口県:災害記録~平成22年7月15日大雨災害~、2010.
 <http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a10900/bousai/h220715oame.html
5) 坂田 昇、渡邉賢三、細田 暁:コンクリート構造物の品質向上と表層品質
 評価手法、コンクリート工学、Vol.50、No.7、pp.601-606、2012.
6) 渡邉賢三、坂田 昇、温品達也、柳井修司:目視評価に基づくコンクリート
の表層品質評価方法と品質向上に資する取組み、コンクリート工学年次論文
集、Vol.34、No.1、pp.1354-1359、2012.
7) 細田暁、二宮純、森岡弘道、阿波稔、田村隆弘:施工状況把握チェックシー
トによるコンクリート構造物の品質確保と協働関係の構築、コンクリートテ
クノ、Vol.34、No.5、pp.63-82、2015.5
8) 澤村修司、田村隆弘、二宮 純、森岡弘道、櫻井敏幸:コンクリート構造物
とひび割れと気温の相関について、土木学会第65 回年次学術講演会講演概要
集、V-402、pp.803-804、2010.
9) 河野広隆:よいインフラをうまく使うために、コンクリート工学、Vo.47、
No.9、pp.9-12、2009.9
10) 山口県土木建築部技術管理課:技術講習会(第9回)資料、2015.9
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a18000/hibiware/gijyutsukousyu9.html
11)山口県土木建築部技術管理課:コンクリート構造物の品質確保
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a18000/hibiware/hibiwareyokusei.html
12) Tobias J. Moskowitz・L.Jon Wertheim、望月衛訳:オタクの行動経済学者、
 スポーツの裏側を読み解く、ダイヤモンド社、423p、2012.

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