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シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」⑥

山口県の品質確保システムの課題と今後の展望 -地道な取組みを続ける-

山口県
土木建築部
審議監

二宮 純

公開日:2016.02.16

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」
①寺小屋から全国へ それはコンクリートよろず研究会から始まった「コンクリート構造物の品質確保とコンクリートよろず研究会」
② 山口県のひび割れ抑制システムの構築 -不機嫌な現場から協働関係へ-
③「ひび割れ抑制システムから品質確保システムへ -施工の基本事項の遵守と表層品質の向上-」
④「施工状況把握チェックシート -品質確保の効果と協働関係の構築-」
⑤「目視評価法 -品質向上の必殺技-」
の続きです。

1. はじめに

 この連載記事では、第一回から今回までが山口県での出来事「山口県物語」であり、次回からは各地での展開の物語に移る。山口県物語の最終回として、山口県の品質確保システムの課題と今後の展望について述べる。
 第一回から第五回までのとおり、山口県の取組みは多くの人たちとの出会いと協働によって成長し、注目いただけるようになったが、やはり一つの地方自治体として出来ることは限定的である。そのことを率直に認識して、必要以上に背伸びすることなく、欲張らずに、努力を弛まずに続けていきたいという思いから、-地道な取組みを続ける-の副題にさせていただいた。
 まず、2.でシステムの四つの課題について述べ、次に3.の今後の展望について述べるが、3.については、今年3月末に山口県庁を退職し、2005年から携わった山口県システムから離れるため、これを述べることに少しためらいを感じている。しかし、引き続き土木学会「コンクリート構造物の品質確保小委員会(350委員会)」に加わって、山口県システムに対しても幾ばくかの貢献をしていきたいと考えているので、その立場で展開していきたいと考えていることを紹介する。

2. 課題

2.1 システムの持続性と発展性の継続
 これがシステムにとって最も重要な課題である。
 システムの持続性と発展性を継続していくには、システムの利用状況や、国などの動向に注意を払いながら、学会活動への参加や大学・高専との共同研究による学会・研究者との連携や、同様な取組みを行っている他の地域との連携によって得られる知見を参考にして、システムの利便性や信頼性を向上するための改善をタイムリーに行っていく必要がある。
 また、システム利用者が目的を理解しないまま手段を実行する「手段の目的化」が生じれば、システムは直ちに形骸化するので、発注者や施工者をはじめとする利用者がシステムを正しく理解して、運用できるように不断の取組みが必要である。
 ここから、発注者の監督行為において形骸化が生じ、その対策として研修の再構築を行ったことについて述べる。
 本シリーズの第4回「施工状況把握チェックシート -品質確保の効果と協働関係の構築-」では、細田暁先生が2012年10月に施工状況把握チェックシートを使った施工状況把握を体験されたことが述べられているが、その半年前に森岡弘道氏が下関土木建築事務所の工務課長として赴任している。森岡氏は、筆者の後任として2008年4月に県の技術管理課に着任して以来、コンクリートのひび割れ抑制対策のパートナーである。筆者は、下関の事務所に赴任した森岡氏から次の報告を受けた1)2)
 『監督経験の浅い職員の施工状況把握に同行したところ、打込みの様子を漠然と見ただけでチェックシートに安易に丸印を記入しているのを見て驚いた。その職員に各チェック項目を遵守しない場合に生じるトラブルについて質問したが、明らかに理解不足であった。事務所内の状況を確認してみると、理解不足の職員の割合は相当に高いことが分かった。』
 この状況は、2007年4月のひび割れ抑制対策システムの運用開始から5年が経過して、コンクリート構造物のひび割れを抑制するという「目的」が忘れられ、チェックシートに記入する「手段」のみが実行されており、結果として本来の目的が達成されない「手段の目的化」に陥っていることを意味している。また、下関土木建築事務所の固有の事態ではなく、各事務所で生じていることが判明した。
 それまで、ひび割れ抑制システムの運用において監督職員が適切に役割を果たせるように、職員向けの研修を2006年度の運用試行から2007年度の運用開始時点で行っていた。当時は、各事務所の研修を完了して一定の効果があったと考え、それ以降は各事務所におけるOJTによって技術力の向上が進むことを想定していた。
 しかし、下関の事務所で判明した実態は、監督行為の形骸化であった。形骸化に陥った要因の一つとしては、2009年および2010年に大規模な災害が発生した影響もあったと推察される。山口県では、2009年に「平成21年7月21日豪雨災害」3)、2010年に「平成22年7月15日大雨災害」4)が発生し、この2年間は膨大な数の災害復旧工事を速やかに執行するために、被災地域を所管する事務所への土木技術職員の応援派遣を行ったことが影響して、職員研修を行いにくい環境になっていた。
 この対策として、下関土木建築事務所において先行的に研修(これに細田暁先生と半井健一郎先生が参加された)を行い、その成果を基に全県に展開することにして、チェックシートを活用した施工状況把握を監督職員に浸透させることを目的とする研修会を開催し、監督職員の技術力の向上を図った。
 この研修で対象にした構造物および研修後に施工した構造物と、研修に無関係な同種の構造物について、コンクリート構造物の表層品質を目視で評価する手法である「目視評価法」5)、6)により比較したところ、研修対象や研修後の構造物のほうが研修以前の構造物よりも高い評価値となっており、研修の効果が確認できた7)
 この成果をもとに、2013年度からは事務所ごとに施工状況把握の研修を実施することにしたが、2014年6月に岩国土木建築事務所で開催した研修を契機として、既設構造物を用いた研修を追加することになった。この研修では、施工中の橋脚(写真1)に隣接して同じ形状の橋脚が1年前に完成しており、研修に参加されていた田村隆弘先生に、この既設の橋脚に見られる沈みひび割れや明瞭な打重ね線などの不具合と施工状況把握のチェック項目の関係を即席で解説していただいた(写真2)


写真1 工事中の橋脚における施工状況把握研修

写真2 既設の橋脚による田村先生の解説

 現場での研修後に、会場を屋内に移して「振り返り」を行ったところ、既設の橋脚を題材にした解説によって、施工状況把握の目的がよく理解できたという感想が多かった。山口県では多くの技術職員はコンクリート構造物の建設の経験が少なく、施工状況把握の研修では、各チェック項目の適否を判断する技術「スキル」を習得することに偏りがちになる。既設構造物を題材にした研修によって、良質な構造物を建設したいという意欲「マインド」を向上できると考え、施工状況把握研修とは別に、既設構造物を活用した研修も行うことにした。
 それぞれの研修の実施状況を図1および図2に示している。また、図3に各年度の研修実施件数を種類別に示している。

図1 施工状況把握研修(左)/図2 既設構造物研修(右)

図3 職員研修の実施状況

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