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新設鋼桁を既設PC桁の撤去に活用

NEXCO中日本 手取川橋架替えに日本で初めてステンレスクラッド鋼を採用

公開日:2023.12.01

 NEXCO中日本は、北陸道手取川橋において塩害で損傷したPC連続箱桁橋を8径間連続鋼開断面箱桁橋(上部はプレキャストPC床版)に架替える工事を進めている。同橋は手取川河口部に位置し、桁下には絶滅危惧種Ⅱ類に指定されているイソコモリグモ、コアジサシの生息する砂浜があり、重機や車両の進入が制限されていることから、本設桁として使用する開断面箱桁に撤去フレームを設置して、PC桁を張出し架設とは逆の手順で切断、撤去していくもの。阪神高速が喜連瓜破でPC桁を撤去した手法は仮設桁を構築してワーゲンを設置し、切断撤去していくやり方であるが、今回はそれを本設桁しかもPC床版を上に載せていない文字通りの開断面箱桁で賄う手法が大きな特徴といえる。そのため鋼橋は、供用時だけでなくPC桁撤去施工時の荷重も考慮した設計となっている。また、対傾構(5mピッチ)や仮設の上横構などを密に配置し、撤去時に鋼桁にかかる荷重を支持している。長寿命化の観点としては、道路橋としては日本で初めて、鋼桁表面に1.5mm厚のステンレス製の被覆を設けたステンレスクラッド鋼を使用した。さらに内面には関西ペイントの超厚膜(2.5mm)エポキシ樹脂塗料『テクトバリヤー』を採用している。また外面の全断面において溶接構造(炭素鋼部分とステンレス鋼部分で溶材も変えている)とするなど非常に塩害に対して手厚く対応している。現在は既設上り線PC橋直上に進めている鋼橋の架設、撤去フレームの設置工を終え、既設PC桁の撤去が始まっている状態だ。(井手迫瑞樹)


新手取川橋上り線側面図および平面図


希少動物の生息地、これが為、ベントなどは立てられない(NEXCO中日本提供、以下注釈なきは同)

旧橋は有ヒンジPC箱桁 10年もたたずに塩害補修、さらに10年後に二次補修
 下部工は補修補強が奏功し、劣化を食い止める

 手取川は岐阜県境にある白山に源を発する大河川である。あるいは「石川」と呼ばれたこともあり、県名の由来にもなっている石川県の代表的河川である。治承・寿永の乱や戦国時代の戦いでもその流域は2つの勢力の境となる自然境界および交通の要衝であり、橋の重要性は非常に大きいものがある。大河川の河口に架かる橋であるため、橋長は長くならざるを得なかった。また塩害に対応するため、通常の鋼橋では腐食が生じてしまう。そのため既設桁はPC形式にすることで、損傷もしにくい橋梁を目指した。


手取川橋の位置図と架替え開始前のPC橋

 旧橋は昭和43年3月プレストレストコンクリート道路橋示方書(解説)に依拠して設計され、1972年10月に供用された橋長546.520mの8径間連続有ヒンジPCラーメン箱桁橋である。鋼橋よりもコンクリート被りにより耐久性に優れている……筈だったが、供用から約10年で下部工にも上部工にもコンクリートのはくりや浮きが生じ、早くも1983~85年に第一次塩害補修として損傷部の断面修復や露出鉄筋の防錆処理、ガラスクロス+アクリルウレタン樹脂による表面被覆工を施した。


第一次塩害補修

 しかし10年も経たずに再劣化し、1994~97年に第二次塩害補修を行った。補修計画前には塩分調査を実施した。その結果、鉄筋近傍においても腐食が懸念される塩分量が存在したことが分かった。そのため全面的に劣化した被りコンクリートをはつる必要があったが、斫り除去量は約4,000㎡にものぼる膨大な量(耐力上許される表面から50mmまで斫った)になるため、その斫りを効率的に行うべく機械式WJを用いて施工した。


第二次塩害補修



過年度の下部工の補修補強状況

 その後、塩害に強いステンレスアンカー工を用いたCFRPグリッド(鉄筋を使わないことで腐食を招かない)によるひび割れ制御、曲げ補強、剥落防止対策を施し、亜硝酸リチウムとグリコール系の収縮低減材を混入した無機系断面修復材による補修を施したうえで、さらに全面的に表面被覆工を施した。加えて外ケーブルを用いた連続化により、ヒンジ部を一部なくして鋼製支承や伸縮装置を撤去する補強および水回りからの劣化抑制も施した(ヒンジ部や伸縮装置の撤去は、活荷重対策としての側面が強い)。

 しかし、それから四半世紀を経た今、またもコンクリート表面の剥離・ひび割れ、PC鋼棒の腐食などが発生し、コンクリート内及びPCグラウト内への塩化物イオンの浸透が確認(一部に鉄筋近傍で1.74kg/m3が確認)されている。

 要因としては、やはり手取川橋の立地条件に触れざるを得ないだろう。海からの風、特に冬の波浪は厳しく、海岸線にある橋梁はどうしても飛来塩分や波しぶきなどの影響を受ける。表面被覆は、長年の紫外線劣化や飛砂の影響を受け、損傷を受けてしまう。
 一方で2006、7年に耐震補強対策と塩害を兼ねて施工した下部工の補修補強は、塩害に侵された部分をWJによってはつり取った上で、コンクリート巻き立てによる被り厚の増加や、最もサンドブラストの厳しい橋脚にダクタルボードを採用して耐摩耗性を向上させたことにより、塩害の進行を阻止した。上部工も本来はコンクリートの被り厚を増やしたいところではあるが、既に塩化物イオンが浸透していることや死荷重の増加は基礎や下部工の再補強を招くことから、コスト面からも環境面からもそうした対策はとれず、今回架替えを選択することにした。


激しい波飛沫が襲うため飛来塩分量は非常に多く、サンドブラストにより塗装は損傷する


2021年6月に撮影した手取川橋の損傷状況(井手迫瑞樹撮影)

下部工の補修の成功が、架替え範囲を上部工だけにすることに寄与した

結局架替えを選択した

隠し玉はステンレスクラッド鋼『JSL310Mo』 被覆厚は1,500μm
 耐摩耗性能は100年以上持つ 接合は全て溶接構造

 荷重が軽く下部工以下をいじめずに済むという効果があるとはいえ、当初決まった際は驚いた。塩害が非常に厳しい箇所における、手取川橋で架替え形式に鋼橋を選んだことである。さらには開断面箱桁(上部はプレキャストPC床版を架設)である。二重にビックリした。これを主唱したのは受注したJFEエンジニアリング・ピーエス三菱JVである。隠し玉はステンレスクラッド鋼『JSL310Mo』であり、これは海洋構造物に採用される耐海水性ステンレスに分類される耐食性に優れた材料である。


新しい手取川橋に採用する工法・技術

 ステンレスクラッド鋼は「炭素鋼の表面にステンレス鋼板を接合したハイブリッド鋼」(NEXCO中日本資料より)である。耐食性と強度および経済性を両立していることから原子力発電所の圧力容器やプラント、タンカー、砕氷船など過酷な環境におかれる構造物や船舶に使われている。本橋のステンレス鋼板による被覆厚は1,500μm=1.5mmという厚さである。既往のPC橋の表面塗装や被りコンクリートの損傷を考慮し、現場の自然のサンドブラスト作用にも耐えられるよう配慮した。予め手取川河口部の砂を調査し、冬季の風速なども考慮して、6号珪砂を用いたブラスト機による投射実験も行った結果、摩耗は塗膜が消失する期間で15μm程度という結果となり、試験レベルの想定ではあるが、耐摩耗性能は100年以上持つことを確認した。

 さらに同橋の接合は全て溶接構造とし、接合部から劣化する弱点を無くしている。溶接は内部のほとんどの板厚が炭素鋼、外面の1,500μmがステンレス被覆である。そのため両材料を考慮した溶材により溶接した。但し、ウエブやフランジの端部など炭素鋼が一部露出し、電位差による腐食を起こす危険性がある箇所については、ステンレス用溶材を使ってバタリング処理を施すことにより、防食を施す手法を採用している。

バタリング処理状況


風防で覆い全周溶接を行っている(井手迫瑞樹撮影)

 溶接はウエブ横断面が約10mごとに開断面箱桁の全周、桁下部の左右ブロックの接合部は全長に渡って施工する。炭素鋼(上フランジ)の溶接延長は約180m、クラッド鋼の溶接延長は実に約1200mに及ぶ。風の影響を避けるため風防設備を設置し、慎重に施工していった。

桁内面は「テクトバリヤ―」を採用 塗装厚は実に2,500μm
 免震支承の鋼部材には溶射+テクトバリヤ―+支承カバーの三重防食 

 桁内面は底部から立ち上がり100mmまでの範囲を超厚膜型エポキシ樹脂塗装『テクトバリヤー』を用い、それ以外はD-4塗装を従来より1層増塗りした塗装を採用した。テクトバリヤーの塗装厚は実に2,500μmである。こうした塗装を採用した理由は、「基本的に桁内面に塩分が入った水が滲入することはないと考えているが、気温差による結露水はどうしても生じてしまう。結露水による腐食を生じさせないため、こうした手厚い塗装系を採用した」(JFEエンジニアリング)ということだ。


内面もテクトバリヤ―を採用している(白い部分)(井手迫瑞樹撮影)

 支承は免震支承を用いているが、鋼部材の早期劣化を防止するため溶射+超厚膜エポキシ樹脂塗装(テクトバリヤー)を施し、さらに羽田空港のD滑走路の桟橋部で用いたことのある支承カバーを設置するなど三重の防護を施している。

床版は2方向プレキャストPC床版
 コンクリートに石灰石骨材を使用してASRに配慮

 上面は2方向プレキャストPC床版を用いる。軽量化のため鋼床版を用いることも考えたが、疲労耐久性や路面凍結に対してPC床版の方が有利であったということと、クラッド鋼を用いた鋼床版という点では、桁に適用するにあたって検討しなければならない点以外の課題も多く、今後の技術開発が望まれる点である。PC床版は2方向プレキャストPC床版を用いており、継手部にもプレストレスが導入される構造とした。プレキャストPC床版内部の鉄筋やPC鋼材は全てエポキシ樹脂塗装鉄筋、同被覆PC鋼材を使用した。また、コンクリートに石灰石骨材を使用することにより当該地域で懸念されるASRに配慮している。
 開断面箱桁の上フランジとPC床版はスタッドで繋ぐオーソドックスな構造としている。

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