道路構造物ジャーナルNET

Vol.5 地域価値を高める橋を構想する―設計条件を考える(中)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.11.16

橋によって生み出したい活動を考える

「橋の目的を考える」で紹介したように、橋は、両岸の回遊性を高めたり、交流を生み出すことができます。また橋自体やその周辺に人々の居場所をつくることも可能です。ですから地域の魅力を高めるためには、橋によって人々の活動にどのような変化を生み出したいのか、どのような体験を用意したいのか、まずは自ら条件を設定することが大切だと思います。
 ただ、どんな橋でも同様の行動が生まれるわけではないですよね。事例とともに見ていきましょう。

「渡れる」のではなく、「渡りたくなる」ことを目指す

 前回も紹介した太田川大橋は、自動車専用道路ですが、地域の利便性を高めるために、歩道を添架した橋です。2007年に国内2番目の国際コンペティションによって設計案が決定されました8)。募集要項の条件には、歩道を添架すること、その線形は自由であることも記載されていました。今思えば、これらの条件を設定した広島市はすごかったなと思います。とくに後者の「歩道線形は自由」という条件がなければ、今の太田川大橋の姿にはなりませんでした。そう考えると、設計者だけでなく、行政側もまた、積極的に自ら条件を設定していくことが重要だと思います。

 さて僕たちのチームは、応募要項を受けて、歩道を使ってもらうために、渡りやすいことに加え、渡るのが楽しくなる歩道という条件を追加しました。
 これはチームで導いたものですが、僕自身の体験で言えば、学生の頃、友人の家に行くために荒川の橋を渡ったとき、橋に上がるために延々とつづくスロープをのぼらなければならず2度と渡りたくないと思ったこと、博士課程の頃に篠原修先生のお供で新西海橋に行き、橋から吊り下げた歩道を渡り、西海橋や針尾瀬戸の眺めに感動したこと。そういう体験がこの条件を追加した背景にありました。
 僕が大切にしている言葉に、篠原先生の「まず普通の人が見ること使うことを考える」というのがあります。実際のプロジェクトでは、設計基準や予算などさまざまな条件があって、じつは素直に考えることは難しい。でも僕たちの造るものは市民の皆さんが使うものですから、まず一市民としての自分がどう感じるのかを発想の原点におきなさいという教えです。

 太田川大橋に話を戻しますと、渡りやすさを確保するには、多くの利用者が、近道だとか便利だと感じることが重要です。そこで、添架歩道を橋梁本体から切り離し、堤防と堤防を結ぶことで、縦断勾配を2.5%以下に抑え、右岸側は周辺の住宅地からアクセスしやすいよう橋の上流側に入口を設けました。


図-9 太田川大橋の添架歩道の考え方(設計:エイト日本技術開発、協力者:イー・エー・ユー、空間工学研究所、二井昭佳)

 そして、渡るのが楽しくなる工夫は、歩道線形を右岸の上流側入口から海側へと振ったことです。橋をくぐり眼前に広がる朝靄の島並み、友人と自転車を並べて眺める夕日。季節や天候、時間によって変わるふるさとの風景を日々感じることのできる場所をつくることで、おこがましいかもしれませんが、元気づけたり、慰めたり、勇気づけたり、橋が利用されるみなさんの時間にかかわる存在になれたらという思いを込めています。

 結果的に、コンペの審査でも歩道を評価してもらいましたし、なにより竣工後に日経コンストラクションの「土木のチカラ9)」で、利用者の皆さんが歩道を高く評価していただけたことが心に残っています。


図-10 太田川大橋から見る夕日

人の行き来が新しい交流を生む

 続いて紹介するのは、ドイツ・シュツットガルトのバート・カンシュタット鉄道橋(Neckarbrücke Bad Canstatt)10)です。設計は、本連載でもおなじみのシュライヒ・バーグマン・パートナーで、鋼板を吊り部材に用いた興味深い構造です。
 近年ヨーロッパでは、吊部材やアーチ主構、橋脚などに、鋼板そのものを用いる事例が増えていると感じます。箱形状にするよりも厚板そのものを利用するほうが安価だからなのでしょうか(ご存知の方がいらっしゃればお教えいただきたいです)。いずれにしても、鋼板による新しい形が生まれています。


図-11 バート・カンシュタット鉄道橋と歩道橋

 この鉄道橋は、シュツットガルト21と呼ばれる、シュツットガルト周辺の大規模な鉄道ルートの再編とルート変更にともなう都市開発プロジェクトの一環で、ローゼンシュタイン城公園付近のネッカー川に架けられた橋です。全長345m、最大支間78m、幅員24.2mで、鋼板の最大厚はなんと250mmです。橋は2021年に竣工していますが、2023年9月時点ではまだ線路が敷設されていませんでした。
 ローゼンシュタイン城公園には橋を眺める展望スペースが設けられているのですが、写真をご覧いただくと、鉄道橋の下に潜るように歩道橋が見えると思います。ここには1846年から1915年までシュツットガルト中心部とカンシュタットを結ぶ鉄道橋があり、その後、工事前には木製の歩道橋が架けられていました。
 鉄道橋の新設に伴い木橋を撤去することとなり、先ほどのシュツットガルト21プロジェクトに関連して新たな歩道が設けられました。とくに、ネッカー川を渡る部分は、鉄道橋から吊り下げる形式なのが特徴です。4.5mの幅員の歩道は、シュツットガルト中心部・ローゼンシュタイン城公園と、カンシュタット地区を結ぶ回遊動線となっていてシュツットガルト市の歩行者・自転車回遊ネットワークを強化する役割を担っています。


図-12 ネッカー川沿いの公園と高台のローゼンシュタイン城公園を結ぶ

滞留を生む設え

 滞留に重点を置いた橋として紹介したいのが、ドイツ・ジーゲン(Siegen)のジーク橋です。この街は、1960年代にジーク川の上に整備した駐車場の老朽化問題をきっかけに、水辺を核とする都市再生に取り組んだ興味深いまちです。ドイツ都市開発地域計画アカデミー主催の2016年度ドイツ都市開発賞ベスト5や、ドイツ造園家協会主催の2017年度ランドスケープアーキテクト賞の最優秀賞を受賞しています。関心のある方は、ぜひ拙稿11)をお読みいただけたらと思います。


図-13 魅力的な水辺空間へと生まれ変わったジーゲンの中心部

「ジーゲン―新しい水辺」と題されたプロジェクトの一環として架けられたのが、旧市街である上町と、駅周辺の下町の動線上にあるジーク橋です。橋の歴史は古く1466年まで遡ることができるようですが、その後、幾度もの架け替えを経て、2015年に現在の橋になりました。橋長30m、幅員20mのRC床版橋と構造に特筆することはありませんが、興味深いのは橋面です。
 写真を見ていただくと分かるように、高欄にベンチが組みこまれていて、さながら広場のロングベンチのようです。上町と下町をつなぎ川と交差する結節点であることから、広場として使える橋という条件が、こうした形として結実したといえるでしょう。


図-14 ジーク橋の高欄兼用ベンチ

 橋の工夫によって人々の活動に変化をもたらす事例をいくつか紹介しました。これらの事例に共通しているのは、人の素直な気持ちに寄り添っている点だと思います。利用者の行動はシンプルです。居心地が良さそう、楽に行けそう、気持ちよさそうだと感じられるかどうかが大きく影響します。繰り返しになりますが、まずは設計者である自分がそう思えるか、妻や夫、子供など身近な家族はどう感じるか。具体的にイメージできる人を基準に考えるのが確実な方法だと思います。

経済性とはなんでしょうか

 最後に取り上げるのが経済性です。そもそも経済性は自ら設定する条件なのか? と多くの方が違和感を感じたと思います。それは、そうですよね。だって普段の業務で最も求められているのが、経済性と安全性だと思いますので。
 しかしよく考えてみると経済性ってどういうことでしょうか? 例えば、5人乗りの車があり、価格が安いほうを指して経済性に優れるというのは理解できます。でも8人乗りと5人乗りの車を比べて、5人乗りのほうが安い場合に、5人乗りのほうが経済性に優れるというのは違和感がありませんか? だって、そもそも前提となる条件が違うわけですので。つまり経済性を比較するには、本来、スペックが同じという前提が必要ですよね。

 ただ現実には、スペックが同じものの費用を比べる場合と、スペックを問題にせず費用のみを比べる場合の両方の使い方が存在していると感じています。
 個人的な印象だと、前者は公共建築物で、後者は土木構造物で使われることが多いように思うのですがいかがでしょうか。市役所や図書館など重要な公共建築物では、上限金額はあるにしても、必要な床面積や設備に加え、まちの顔や市民の居場所、建物の美しさなど定性的なものも含めたスペックの観点から案が決定され、それを確保した上で費用をギリギリまで絞っていく印象があります。
 一方、土木構造物では、スペックが異なる案も横並びにして、費用を重視して案を決定することがほとんどではないでしょうか。このやり方だと、場所の特性や人の活動も関係なく、常に最も安い案が求められることになってしまいます。

経済性はスペックを定めることから

 どちらも税金で造るものですから、土木構造物でも公共建築と同じように進めることができるはずです。連載の最初で橋の役割を取り上げたのは、橋ごとに必要なスペックを定めることで、費用のみを重視するやり方から脱却したいと考えているからでもありました。
 例えば、山の中でそれほど交通量も多くない橋であれば、維持管理を重視したスペックを定めて設計する。まちの重要な場所であれば、まちの顔や市民の居場所といったスペックを追加するというように、それぞれの場所によって必要な橋のスペックを定め、それを確保した上で最も安い案を選ぶ、あるいは選んだ案のコストを下げる。
 そういう方法に変えることで、設計者の創造力を引きだし、真の意味で、投資する税金に見合う橋を提供することが可能になるのではないでしょうか。
 経済性を考えるには、まずスペックを決めないといけません。これが、経済性を自ら設定する条件に入れた理由です。スペックを決めるのは、行政の大切な仕事です。もちろん設計者も積極的に提案したほうが良い。行政・設計者の双方が、この橋に必要なスペックについて議論を交わす。そういう仕事の進め方ができると、都市計画や観光、産業系といった行政内の他の部署も議論に関わりやすくなりますし、橋梁デザインが大きく広がる気がするのですが、いかがでしょうか。

 ということで、今月はここまでとさせていただきます。来月は外から与えられる条件を取り上げます。もしよろしければ、次回もお読みいただけると嬉しいです。

【参考文献】
1) デビッド・P. ビリントン(翻訳:伊藤学, 杉山和雄):塔と橋ー構造芸術の誕生,鹿島出版会,2001.
2) Christian Menn: Prestressed Concrete Bridges, Birkhäuser, 1990.
3) Christian Menn, Hans Rigendinger: Ganterbrücke, Schweizer Ingenieur und Architekt, Vol. 97, Nr. 38, 1979.
4) Bernhard Meier, Ugo Guzzi: Viadotto della Biaschina, Schweizer Ingenieur und Architekt, Vol. 97, Nr. 38, 1979.
5) 島根県庁新大橋景観検討委員会ウェブサイト https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/kikan/matsue_kendo/sinoohasi/shinoohashikeikankentouiinkai.html
6) 土木学会デザイン賞ウェブサイト http://design-prize.sakura.ne.jp
7) 新大橋デザインノートウェブサイトhttps://www1.pref.shimane.lg.jp/infra/road/kikan/matsue_kendo/sinoohasi/index.data/shinohashidesignnote.pdf
8) 二井昭佳, 椛木洋子, 西山健一, 岡村仁, 渡辺康人, 安仁屋宗太,長谷川政裕・山川健介・原光夫:広島南道路太田川放水路橋りょう -デザイン提案競技の概要と選定案の特徴-,土木学会景観・デザイン研究講演集,Vol.6,2010.
9) 土木のチカラ「使い勝手から生まれた独特の線形 太田川大橋(広島市)」・日経コンストラクション 2014/04/28号,2014.
10) Schlaich Bergermann Partnerウェブサイトhttps://www.sbp.de/projekt/neckarbruecke-bad-cannstatt/
11) 二井昭佳,岡田一天:ドイツ・ジーゲンにおける 水辺・道路空間再編による都市再生,土木学会景観デザイン研究講演集,Vol.16,2020.

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