道路構造物ジャーナルNET

Vol.5 地域価値を高める橋を構想する―設計条件を考える(中)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.11.16

はじめに

 今回もご覧いただきありがとうございます。
 前回は「設計条件」のうち「自ら設定する条件」として、「空間の履歴」と、「場所の風景」として「風景の主役」を取り上げました。
 今回は、「場所の風景」の続きとして「風景のスケール」を、そして「人の活動」、「経済性」について考えていきたいと思います。


図-1 橋梁設計における外から与えられる条件と自ら設定する条件

ガンター橋における風景のスケール

 もしコンクリート橋の人気ランキングがあれば(既にあるのでしょうか?)、クリスチャン・メン先生のガンター橋(Ganterbrücke)は間違いなく上位に入るのではないでしょうか。ビリントン先生の「塔と橋(The Tower and the Bridge: The New Art of Structural Engineering)1)」の表紙にも使われていますし、オンライン会議の背景に使っておられる方もよく見かけます。僕も大好きな橋です。
 人気の秘密は、構造の斬新さもさることながら、存在感を示しつつも風景に美しく収まる、その姿にあると思います。スイス南部の町、ブリーク(Brig)からシンプロン道路を進むと前方に現れる、3000m級の山々をバックに大きな谷にそっと置かれたような姿(図-1)や、放牧小屋や草地の間からすっと立ち上がる姿(図-2)など、遠景でも近景でも絵になる橋ですよね。


図-2 シンプロン道路から見たガンター橋


図-3 主塔や橋脚断面、基礎形式など全体から細部まで工夫がみられる

 ただガンター橋は、主径間174m、主塔の最大高さ150m、橋脚幅10m、柱頭部の桁高5mと、橋の規模も大きいですし、全ての部材寸法が小さいわけではありません。でも、ゴツくもないし、華奢でもない、ちょうど良いバランスに見えますよね。
 これが風景のスケールと合っている状態だと思います。

風景のスケール

 ガンター橋に限らず、メン先生の作品は、事務所を主宰していた時期の橋、例えばライン川のタミン橋(Rheinbrücke, Tamins)やフェルセナウ高架橋(Felsenauviadukt)を見ても、その後のETH時代のシャンドリーヌ橋(Pont de Chandoline)や、ズンニベルク橋(Sunnibergbrücke)を見ても、風景のスケールとのバランスがとても良いと感じます。


図-4 ベルンのフェルセナウ高架橋。高速道路A1の橋で1974年竣工。最大支間144mのPC橋、1970年のコンペで選定

図-5 シャンドリーヌ橋。高速道路A9の橋で1989年竣工。橋長240m、最大支間140mの PC斜張橋。トラスウェブも美しい

 メン先生のセンスが良いのか、それともスイスの地形によるものなのか、はじめはよくわからなかったのですが、ある時、先生の著書「鉄筋コンクリート橋2)」で下記の文章を見つけて、その理由が理解できました。大切な内容ですので引用します。

 Das Erscheinungsbild einer Brücke kann nie nur aufgrund geometrischer Ansichten oder Perspektiven beurteilt werden. Die Dreidimensionalität des Erscheinungsbildes sollte immer an einem genügend großen Modell studiert werden. Dabei ist es notwendig, das Modell aus allen, und vor allem auch den ungünstigen Blickwinkeln zu betrachten und solange zu verbessern, bis eine befriedigende Lösung gefunden ist.

 橋の外観は、図面やパースだけで判断することはできない。それは、常に十分な大きさの模型によって検討されるべきである。その際に必要なことは、すべての視点、特に都合の悪い視点からも観察することであり、その上で満足のいく答えが見つかるまで改良することである。(筆者訳)

Christian Menn: Stahlbetonbrücken, Springer-Verlag, Wien New York, 2nd edition , p.86, 1989.(初版は1986年初版。原著と1990年出版の英訳版とで、この部分のニュアンスが少し異なるので、原著から引用しました)

 建設分野で仕事をしている方は、2次元の図面をもとに、頭のなかで立体をイメージする習慣が身に付いていると思います。ただ、周囲の地形や街並みも含めて、さまざまな角度から立体をイメージするとなるといかがでしょうか? さすがにそれは不可能ですよね。
 だからこそ、メン先生は、十分な大きさの模型を作成し、様々な角度から観察して、改良することの大切さを説いているのだと思います。

 1979年に、スイスの土木建築雑誌「Schweizer Ingenieur und Architekt」に掲載された、ガンター橋の論文3)には、検討時に作成されたと思われるガンター橋の模型写真が掲載されています(版権をクリアしていないので掲載できないのが残念です……)。
 縮尺は定かではありませんが、地形に加え小屋や樹木も配置されていて、スケール感が伝わる模型です。ガンター橋以外にも、先生が関わった橋で検討時の模型写真を掲載した論文4)がありますので、設計の際には、模型を作成し、風景との収まりや部材間のバランスなどを丁寧に検討していたのだと思います。

 お隣の分野の建築では検討用の模型を造ることが多いのに対し、土木では模型を造らないのが当たり前です。土木のほうがずっと大きな構造物や空間を創り出しているのに、本当にそれで良いのでしょうか。メン先生が模型をつくるのは、設計段階で実際に出来上がる姿を確認することで、自分の仕事に責任を持つためだったのだと思います。
 
 日本の土木分野にも、数は少ないですが、模型をつくり丁寧に検討している設計者の方たちがいます。そうして出来上がった橋は、細かいところまで考えられていて、明らかに質が高いです。
 模型は、総工費からみれば微々たる費用で作成することができます。土木でも模型を造るのが当たり前になるようにしたい。模型はとても重要なテーマですので、後日、稿を改めて取り上げます。

松江・新大橋での風景のスケール

 風景のスケールにかかわる事例としてもう一つ紹介したいのが、松江の新大橋です。宍道湖から中海へと流れる大橋川は、100mを越える川幅を持ちながら、まちと水面の距離がとても近く、現在の日本ではとても貴重な川です(図-6)。とくに松江大橋から新大橋にかけては、歴史を感じる街並みが残り、柳の並木とあいまって、情緒豊かな水都・松江を代表する風景となっています。
 大橋川の橋のうち、最初に架けられたのが松江大橋で、現在の橋はなんと17代目にあたります。1937(昭和12)年竣工ですので、今年(2023年)で86歳です。新大橋は、大橋に対する「新」で、現在は2代目、1934(昭和9)年竣工ですので、今年(2023年)で89歳と、大橋川のなかで最年長の橋です。


図-6 松江大橋から見た新大橋。写真左側の左岸には柳と低層の建物が並ぶ

 大橋川が洪水対策のために拡幅されることになり、新大橋の架け替えが必要になりました。管理者である島根県庁は、市民の愛着が高く、松江の景観にとって重要な橋であることから、2016年に新大橋景観検討委員会を立ち上げ、丁寧に検討することにしました5)。新大橋の予備設計はパシフィックコンサルタンツ、詳細設計はエイト日本技術開発、景観検討はエブリプランとイー・エー・ユーで、僕は委員会の委員長を務めました。ちなみに島根県は、津和野川や岸公園、出雲大社神門通りや天神川水門など土木学会デザイン賞6)の受賞作品も多く、土木デザインの先進地域でもあります。
 
 さて図-6の現在の新大橋は、5径間の鋼桁橋で、橋長140m、最大支間32mと、まちの風景のスケールとよく合う橋です。みなさんなら、新たに架ける橋をどのように考えますか?
 現在の橋脚基礎と被らないように3径間の橋にする。これが一番スタンダードな解かもしれません。ただ3径間にすると、今よりも桁高が大きくなり、縦断線形も高くなってしまいます。そうすると、沿道建物と道路の高低差が大きくなって、川沿いの道へ向かう勾配もきつくなります。さらに風景のスケールに対して橋が大きくなりすぎる可能性が高い。つまり橋単体でみれば3径間のメリットは大きいのですが、歩行者の利便性や風景のスケールの観点でみるとデメリットも大きそうです。
 こうした考えのもと、地域価値を高めることを目指し、歩行者の利便性や回遊性を確保し、まちの風景のスケールと合う橋にすること。これが、僕たち関係者が自ら設定した条件です。
 その条件をクリアするために、現橋の橋脚基礎と同じ位置に新たな橋脚の基礎を造るための技術検討や、総合的な観点からみた5径間の優位性の検証に取り組みました。
 かなりの議論をおこなった結果、新大橋は5径間の桁橋で、図-7・8に示す橋としてまとまりました。全体形状もですが、張り出し部のブラケットや地覆といった細部まで風景のスケールを意識したものとなっています。現在は、施工に向けて準備が進められています。


図-7 架け替える新大橋のイメージパース。まちの風景のスケールを大切にしている(出典:新大橋デザインノート7)(島根県))

図-8 架け替える新大橋のイメージパース。張出部を支えるブラケットや地元の焼き物を用いた地覆など
ヒューマンスケールを意識したデザイン(出典:新大橋デザインノート7)(島根県))

 風景のスケールは感覚的ではありますが、それに対して橋が大きすぎると、周囲の街並みや自然地形を橋が踏みにじるように見えてしまいます。そうした事態を避けるためにも、模型や3次元CGなどを活用して、風景とのスケール感を確認していきたいものです。

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