1 はじめに
わが国は海に囲まれており、海岸線に沿って敷設された鉄道が数多くあります。そのため、海岸に近接した位置に鉄筋コンクリート構造物が構築されることもありますが、ここで問題となるのが海からの塩分の供給です。鉄筋コンクリートは鉄筋とコンクリートで構成されており、塩分の供給によって鉄筋が腐食する現象である「塩害」が発生します。海岸に近接した位置に構築された鉄筋コンクリート構造物は、建設時や日々の維持管理において塩害に配慮する必要があります。
西日本旅客鉄道株式会社(以下JR西日本)において、長きにわたって塩害対策を実施してきた鉄筋コンクリート構造物として、山口県阿武町の惣郷川橋梁があります。本稿では、惣郷川橋梁における建設からこれまでの塩害対策を中心に紹介します。
図1 惣郷川橋梁の位置および航空写真1)
2 惣郷川橋梁の概要
惣郷川橋梁は山陰本線須佐~宇田郷間に位置し、白須川に架かる延長189mで2層3径間の鉄筋コンクリートラーメン高架橋です(図2、3、写真1)。1931(昭和6)年5月に建設に着手され、 1932(昭和7)年8月に完成しました。本橋梁は一見、多径間の連続高架橋に見えますがブロック間は背割り式となっており、 「波打ち際に美しい曲線を描く、景観に優れた鉄道用のラーメン高架橋」として、平成13年度に、土木学会の選奨土木遺産に認定されています。
図2 惣郷川橋梁側面図および配筋図
図3 惣郷川橋梁正面図/写真1 建設当時の惣郷川橋梁
3 建設時に実施された塩害対策2)
(1)橋梁形式の選定
橋梁形式は、海風や防錆に配慮した構造を選定することを念頭に以下の形式について検討が行われました。まず、モルタルを吹き付けた鉄桁についてです。本構造は、ペイントの代わりにモルタルを鉄桁に吹き付けすることで高耐久かつ経済的となると考えられたものです。アメリカにおいては多くの実績がありましたが、ひび割れが発生することがわかっており、鉄桁の鉄道橋においては列車通過時の振動やたわみが影響し、鉄が腐食する可能性があるとして、この案は見送られました。
次に、鉄骨鉄筋トラス橋梁についてです。橋梁を地組して架設する際の危険性、支保工が波浪により洗掘されることなど、作業の危険性が懸念されたため、この案も見送られました。
そして、鉄筋コンクリートラーメン高架橋についてです。本構造は、かぶりを当時の一般的な諸元と比較すると2倍の柱80mm、桁60mm、床版は50mmに設定し、また、混和材としてセメント量の1割、珪酸白土を入れることとしました。これらにより防錆対策が可能であると判断され、本構造が選定されました。しかしながら、現場でセメントと珪酸白土を混合する際には、相当苦労したとのことです。
(2)施工上の工夫
コンクリートの作業足場状況を写真2に示します。断面100cm×80cmの柱下部を打設する際には、一般的な作業員では突き固めが困難であったため、現在では考えられないですが、熟練した子供に作業させることで、良好な施工が実施できたと記録されています。
また、型枠の存置期間は可能な限り長くしており、柱を14日、主桁側面を21日、主桁下面を28日としています。
なお、当時はまだポンプ車がないため、上部柱や梁、床版を打設するためにはコンクリートを入れたバケットを持ち上げる必要がありますが、電源供給の手段がなく、現在のような大型の電源装置もなかったため、ガソリンエンジン(15馬力)を使用し、14t入りのバケットを30m上昇させていました。しかし、度々エンジントラブルが発生したため、120m3打設するのに22~26時間を要したとのことです。
写真2 作業足場の設置状況
4 2015年に実施した調査および補修
3章で示したとおり塩害に配慮した構造形式の選定や施工時の工夫が為されましたが、惣郷川橋梁を取り巻く環境条件は厳しく、経年に伴い塩害劣化が生じました。表1に示すように、現存している最も古い記録では1962年に調査が実施され、その後、1990年までにモルタル吹付やひび割れ注入、表面被覆工などが実施されています。しかし、床版や柱等でかぶりコンクリートの浮きが見られたため、2015年から床版、梁、柱を対象に、鉄筋腐食度、塩化物イオン濃度、表面被覆材の遮塩性能などを調査し、再度補修を行いました。その結果を以下に示します。
(1)調査
①鉄筋腐食度調査
コンクリートの一部をはつり、確認した鉄筋の腐食度を表2に示します。柱の腐食度は梁や床版と比較して小さくなっています。これは、各部材のかぶりが実測値で柱80~90mm、梁60~80mm、床版60~70mmとなっており、柱が最もかぶりが大きいためであると考えられます。また、柱について、北西面や南東面で腐食度が大きい傾向が認められます(図4)。これは、冬季の風向出現回数が最も多いのが北西であり4)、海側から飛来塩分の供給を受けるとともに、山側の南東面から吹き返しを受けたためと考えられます。
表1 1962年から1990年までの変状調査および補修・補強 / 写真3 鉄筋腐食状況
表2 各部材の各位置および向きにおける鉄筋腐食度
図4 柱の鉄筋腐食度概要