道路構造物ジャーナルNET

①鋼床版について

鋼橋の長寿命化をめざして

NPO法人橋守支援センター
理事長

坂野 昌弘

公開日:2023.08.07

①はじめまして

 NPO法人橋守支援センター理事長の坂野昌弘と申します。 昨年3月に関西大学を定年退職しました。前期高齢者です。専門は、学生の時から鋼構造の疲労を勉強してきました。未だに悟りを開けない門前の小僧ならぬ門前のジジイです。
 大学卒業後も大学に勤めておりましたので、全く実務を知りません。時々は現場を見せていただいてますが、以前「先生が見てる現場なんて本当の現場ちゃうで」と会社の人から言われたこともあり、またピンボケなことを書いてしまう危惧もありますが、千に三つくらいは当たらずといえども遠からずということもあろうかと思いますので、暫くお付き合いいただけましたら幸いです。

 編集者からお誘いを受け、退職して暇ができたことと、先がそう長くないことから、今のうちに今まで見聞きし、感じてきたことを残しておいた方が良いのではないか、などと煽てられるままに執筆を引き受けてしまいました。(私よりも先が短そうな諸先輩方も数多いらっしゃるのに僭越ですが。。)
 折角書いても、そんなことはみんな知ってるよ、といわれたら身も蓋もありませんが、言い訳はこれくらいにして、とりあえず、筆を進めたいと思います。

②最近の話題(RC床版から鋼床版への取替え)

 先日、阪高松原線の喜連瓜破でPC橋の架け替え工事の見学をさせていただき、PC桁を鋼床版箱桁に架け替えることで、4,000トンが1/3の1,300トンに軽量化でき、下部工の耐震補強が不要(架け替え自体が耐震補強)となるというお話を伺いました。

 似たような話で、国道2号淀川大橋のRC床版から鋼床版への取替えや、中国道池田~吹田間の大規模更新で、同様にRC床版橋から鋼床版橋への架け替え事例などを見聞きさせていただき、編集者からの助言もあり鋼床版について書かせていただこうかと考えました。


淀川大橋全景(筆者撮影)

 ご存じのように、淀川大橋では、12,000トンのRC床版を4,700トンの鋼床版に取り換えることにより、上部工の死荷重が3割軽くなって下部工の耐震補強が不要になりました。


淀川大橋 床版取替前の損傷状況(井手迫瑞樹撮影)

淀川大橋の鋼床版架設状況(国道2号淀川大橋床版取替他工事 IHI・横河住金(当時、現横河NSエンジニアリング)JV提供)

 鋼床版は70億で、PC床版の50億よりも高価ですが、下部工の耐震補強の100億が不要になるので、差し引き(50億+100億-70億)80億ほど安くなるということでした。詳細は、また後日に譲りますが、橋(川)の地下にはJRの東西線が通っており、ややこしい条件だったようです(古い橋が架かっているところは大抵ややこしいですが)。

 中国道でも、都市間で交通量に余裕のあるところでは、RC床版をPC床版に交換するのが一般的でしたが、流石に都市部では長期の通行止めも難しいので、工期が短く、軽量で施工も楽な鋼床版や鋼桁への架け替えが選択肢として出てきたようです。
以前から心配されていた冬季凍結時のスリップ対策についても、鋼床版上の舗装に縦方向のグルービングを設けることで解決できそうです。


中国道で用いられた鋼床版(井手迫瑞樹撮影)

鋼床版上の舗装に縦方向のグルービングを設ける(井手迫瑞樹撮影)

 阪神高速も鋼床版の保有量は多いので、疲労損傷に懲りたらしく、以前、鋼床版使用禁止令が出たと聞きました。その後、喜連瓜破では中国道でも採用した全周溶接平リブ鋼床版を採用とのことなので、世代交代かなあと感じております。なお、平リブの横リブ貫通部の隙間の全周溶接は高い製作精度が要求され、かつデッキ厚が何故か14mmにスペックアップしているので、高級品という感もあります。

 多摩川スカイブリッジ等で採用しているデッキ厚12mmの従来型のバルブリブ鋼床版でも、バルブリブが貫通する横リブスリット下部のスカラップ半径が40mm以上では、これまで疲労損傷が出ていないので、それでも十分ではないかと思います。


開通直前の多摩川スカイブリッジ(井手迫瑞樹撮影)

多摩川スカイブリッジの鋼桁内部と鋼床版上面(井手迫瑞樹撮影)

多摩川スカイブリッジの鋼床版(井手迫瑞樹撮影)

 だいぶ前ですが、三宝JCでバルブリブ鋼床版を再利用した時に、横リブスリット上端部のデッキ側の溶接部からの疲労き裂発生に対する予防保全対策として、スリット上端部にブーツ状の切欠きを設けたり、小型のアングル材でスリットを綴じたりしましたが、今考えると、そこまでは必要なかったかなという思いがあります。

 ただし、当時は、まだ鋼床版の疲労挙動について良く分かってないことが多かったので、安全側を採用したことはやむを得ないことだったと思います。当時、「専門家なのに分からないの?」とよく言われましたが、よく分からないので研究してますと言い訳してました。(参考文献:木2012年9月)学会第67回年次学術講演会、I-290、2012年9月)

 閉断面(Uリブ)の鋼床版の方は、デッキ厚を12mmから16mmにアップして、それでも疲労試験ではデッキ進展き裂が生じるため、厚さ40mm程度のSFRC舗装を併用して疲労耐久性を確保しているようです。

 淀川大橋も、トラス桁部は、横桁支間に合わせてデッキ厚18mmの大型Uリブを採用してますが、やはりデッキき裂が心配なのでSFRCを併用してます。SFRCが健全な間は大丈夫と思いますが、SFRCやデッキとの間の接着剤が傷んでくるとデッキき裂の心配が出てきます。現在の新設の鋼床版の疲労耐久性は、SFRCの耐久性次第ということになります。

 将来、SFRC舗装の打ち換えが必要になったときのために、打ち換えが容易なジベルの開発なども必要になってくるかもしれません。

■鋼床版の疲労き裂対策
(1)Uリブとデッキの間の縦方向溶接部

 既設橋では、Uリブとデッキを接合する縦溶接のルート部から発生してビード方向とデッキ方向に進展する2種類の疲労き裂がありますが、ビード亀裂に対しては、ワンサイドタッピングボルト(TRS:Thread Rolling Screw)を使った下面補修工法が開発され、交通規制なしに下面から補修を行うことが可能になりました。
 本四連絡橋や国道2号、伊勢湾岸道などで採用され始めていると伺ってます。
(参考文献:高速道路と自動車、第60巻、第10号、20~24頁、2017年10月)


伊勢湾岸道での鋼床版補強事例(井手迫瑞樹撮影)

 この下面補修工法は、ビード亀裂に対する事後保全や予防保全に有効ですが、デッキき裂に対しても予防保全効果があります。

 その特長を活かして、新設の鋼床版にも同じような構造を適用し、デッキき裂もビード亀裂も生じない新しいUリブ鋼床版構造を提案しましたが、今のところ施工事例はありません。デッキ厚も以前の12mmのままで問題なしですので、現状の16mmの鋼床版よりも軽量化が可能です(元の12mmに戻っただけですが)。是非、何処かの橋で使ってください。

 ただし、デッキとUリブは溶接しないので、代わりにTRSで接合する必要があり、一工程増えます。小回りが利く協力会社の工場では作れますが、最新鋭の工場の鋼床版製作ラインでは難しいかもしれません。(参考文献:第11回道路橋床版シンポジウム論文報告集、土木学会、103~108頁、2020年10月)

(2)Uリブと横リブ交差部の下側のスロット部

 スカラップ、スリット、スロット等、鋼部材の開口部はいろいろな呼び方がありますが、
 スカラップは語源の帆立貝、スリットはチャイナドレス、スロットはスロットマシーンのイメージで、それぞれ個人的に使い分けてます。

 Uリブに限らず、バルブリブを含めて、縦リブと横リブの交差部の疲労疲労損傷は発生数が最多だったように記憶してます(最近の状況は不明です)。
 ただし、デッキから離れているので、交通規制せずに橋の下面から対応可能であり、比較的楽な損傷と思います。特に、バルブリブでは、スリットの開口部にアングル材をボルトで取り付ければOKなので、対策は比較的容易です。き裂が出るのも、スリット下部の切欠き半径Rが25mmとか30mmとかで多く、40mm以上ではき裂発生事例が報告されてなかったと思います。(参考文献:第七回道路橋床版シンポジウム論文報告集、土木学会、87~92頁、2012年)

 一方、Uリブ鋼床版では、Uリブ下部の横リブのスロット部を当て板で塞げばよいのですが、Uリブは密閉構造なので、通常の摩擦接合の高力ボルトではハンドホールも必要で、ボルト締付け後の気密性の確保が必要になります。

 ワンサイドのハックボルトだと、ハンドホールは不要になりますが、やはり摩擦接合なので気密性の確保が課題となります。そこで、前述の支圧接合のワンサイドタッピングボルトTRSを使った補強方法が提案され、実橋でも採用されています。TRSの水密性(6気圧)と気密性(0.1気圧)については実験により確認済みです。なお、横リブは両面からアクセス可能なので普通の高力ボルトが使えます。
(参考文献:第11回道路橋床版シンポジウム論文報告集、土木学会、103~108頁、2020年;令和2年度土木学会全国大会第75回年次学術講演会、CS3-04、2020年;土木学会第73回年次学術講演会、CS3-008、2018年)

(3)垂直補剛材上端部のデッキとの溶接部

 垂直補剛材上端部も疲労損傷事例としては多い部類に入ります。細かくみると、デッキと補剛材間の溶接部で、補剛材側の止端部から発生して補剛材を進展するき裂と、ビード内のルート部あるいはデッキ側の止端部から発生してデッキに進展するき裂があります。

 補剛材が破断しても、アングル材をTRSを使って下面から当ててやればOKですが、デッキに進展するき裂は、デッキを貫通するとデッキ上の雨水が漏れてきて酷いことになりますし、当然路面の陥没も心配になります。
 デッキに進展したき裂が浅いうちは、バーグラインダーで削り取ることが可能ですが、デッキを貫通するほど深くなると、場合によってはデッキ上面の当て板が必要になり、交通規制が必要になります。このようなき裂に対しては、早期発見・早期対策が必要になりますので、メリハリの効いた点検が要求されます。(参考文献:鋼構造年次論文報告集、815~823頁、第27巻、2019年;第12回道路橋床版シンポジウム論文報告集、土木学会、177~182頁、2022年)

 なお、新設構造についても、半円切欠きやフィレット構造を採用する改良構造について提案しています。垂直補剛材上端部のディテールについては、疲労と耐荷力の両方からのアプローチが必要と思います。(参考文献:構造工学論文集、Vol. 67A、542~554頁、2021年)

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