道路構造物ジャーナルNET

Vol.1 あらためて橋の目的を考える(上)

まちづくりの橋梁デザイン

国士舘大学 理工学部
まちづくり学系
教授

二井 昭佳

公開日:2023.07.05

4.「渡す」以外の橋の目的(役割・機能)を考える

 渋滞の緩和や老朽化による架け替えといったように、土木施設では、整備の主たる目的が明確なことが多いです。そのため、あらためて、その土木施設の目的について議論しないままに計画・設計業務が進められることが多いのではないでしょうか。ただ、和泉川のように、主たる目的は治水であっても、そこに地域にとって必要な目的を追加することで、より投資効果の高い公共空間を生み出すことができます。であれば、その議論をし、目的を追加したほうがいいですよね。

 橋の第一義的な目的(役割・機能)は、離れた二つの地点をつなぎ、人や車、鉄道や水をここから向こうに「渡す」ことです。では、それ以外にどのような目的を追加できるでしょうか。僕の講義では、橋梁デザインの演習に先立って、この一連の話を伝えた上で、「渡す以外の橋の目的(役割・機能)を10個考える」という課題を出しています。まずは、いったん自分のなかにある「橋ってこういうものだよね」という橋の常識を取り払い、橋の可能性を考えてみるという頭の体操です。

 学生たちは、実務を経験していないこともあってか、発想が柔軟で、さまざまな目的を思いつきます。本務校の国士舘大学と、非常勤講師で通っていた東京工業大学での例を紹介しますと、「国家の友好関係」「地域のシンボル」「観光名所」「地域をつなぐ」といったリアリティあふれるものから、「生態系の保全」「バンジージャンプを楽しむ」「日陰や雨よけ」「吊り橋効果(恋愛感情の芽生え)」など、バラエティに富んでいます。講義では学生のアイディアを紹介した後で、僕自身が考えた10個の目的を、実際の橋とともに紹介しています。今月はそのうちの3つを、そして来月は残りの7つを紹介したいと思います。

1)場所の印象づけ(意味づけ)

 橋のランドマーク性やシンボル性といった言葉が使われることが多いので、あまり違和感のない目的かもしれません。ただ、これはなかなか奥深い目的でもあります。

 哲学者のハイデガーは、「建てること、住むこと、考えること」という技術をめぐる講演で、建物の例として橋を取り上げて論を展開しているのですが、そのなかに次の文章があります。

「橋は既存の両岸を結びつけますが、そればかりではありません。橋が懸かることで、両岸は、はじめて両岸として現れ出るのです。橋は、両岸をことさら相対峙させます。向こうの岸は、橋によって、こちらの岸に対してくっきりと浮かび上がるのです。(中略)橋は両岸と一緒になって、それぞれの背後に広がる岸辺の風景を川の流れに結びつけます。橋は川と岸と陸を、お互い隣り合わせの間柄にします」

出典:マルティン・ハイデガー (著), 森 一郎 (編集, 翻訳):「技術とは何だろうか 三つの講演」,講談社学術文庫,2019.

 この講演はとても難解で残念ながら僕には解説する力がないのですが、この部分を頑張って考えてみますと、次のようなことを意味としていると思います。

 橋ができることで、それ以前には強く意識されなかった両岸は、互いに対岸との関係で人々に意識されるように変化する。同様に、以前は特に注目されることのなかった川のある地点が、他とは異なる、橋の架かる場所として人々に意識されるようになる。つまり、橋という場所ができることで、その周辺に対する、人々の見方や認識が変わるということです。
 たとえば帝都復興当時、隅田川の最下流の橋であった永代橋が「帝都の門」と呼ばれたのはよく知られています。水運が主流の時代には、橋をくぐることで、ある領域に入るという意識があったのでしょう。永代橋のすぐ上流と下流とで大きく何かが変わるわけではないけれど、永代橋ができたことによって、帝都の内と外という境界が人々に意識されるようになる。橋にはたしかにそういう力がありそうです。

 また両岸の関わりということで印象的なのは、ロンドンのミレニアムブリッジです。セントポール大聖堂に軸線を合わせ、テート・モダン(バンクサイド発電所)と結ぶように配置されています。正面に大聖堂を見ながら歩く橋上の体験は強烈な印象を与えますが、同時に、なぜ橋の逆側がかつての発電所なのかということも気になります。ロンドン市民の心の支えとも呼ばれる大聖堂と、100年間に渡り市民に電力を供給してきた発電所をミレニアムブリッジで結ぶこと、ロンドン市民がどのような意味を見出しているのか、とても気になりませんか。

 いずれにしても、橋が架かることによって、人々の地域への見方や認識がどのように変化するのかを想像しながら、デザインをすることが大切だと言えそうです。


図5「帝都の門」と呼ばれた永代橋(筆者撮影)

図6 ロンドンのミレニアムブリッジとセントポール大聖堂(筆者撮影) 

2)滞留できる広場空間

 橋の上は眺めが良くて、風も吹き抜ける気持ちの良い場所です。そう考えれば、佇むための橋、つまり広場としての橋があっても良さそうです。その目的で造られたわけではありませんが、広場としての橋の代表格は、パリのセーヌ川に架かるポンデザール(Pont des Arts)でしょう。歩いている人よりも座っている人の方が多いのではと思うほど、広場のように使われています。一人で、恋人と、あるいは友と、多くの語らいが橋の上で行われてきたはずです。ポンデザールという場所とともに記憶された多くの思い出が、1982年の架け替え時に、支間割を変更しつつも、初代1802年の形を継承することを後押ししたように思えます。名もなき多くの物語を持つ橋は、人々の大切な存在となり、長く使われることになるはずです。


図7 多くの人が佇む橋、ポンデザール(筆者撮影)

 物語を生み出すということで引けを取らないのは、夕方になるとオープンバーへと姿を変えるドイツ・ビュルツブルクのアルテ・マイン橋です。現存する橋は2代目で、15世紀末から16世紀中頃にかけて建設されているので、すでに500年近く現役だということになります。ビュルツブルクは、ロマンティック街道の起点や、世界遺産のビュルツブルク・レジデンス(バロック様式の宮殿)に加え、フランケン地方の白ワインの集積地としても知られる美しい街です。橋のたもとには、かつての水力発電所を改造した素敵なレストランがあるのですが、そのレストランが、橋の上でワインのグラス売りをしています。これを目当てに人々が橋に集まってくるというわけです。ライトアップされたマリエンベルク要塞とマイン川、川沿いの街並みを眺めながら、恋人や仲間と飲むワインは格別ですよね。


図8 ワイン片手の人々で賑わうドイツ・ビュルツブルクのアルテ・マイン橋(筆者撮影)

 先の2つの事例は、結果として広場的に利用されている橋ですが、最近では、広場になることを目指してデザインする橋も登場しています。ローラン・ネイさんによってデザインされたオランダのナイメーヘンにあるレントロパー橋(Lentloper bridge)もそうですし、国内では、岡崎市の桜城橋や福岡市の春吉橋があります。春吉橋は、架け替えに伴う仮橋を本設仕様にすることで、仮橋としての役割を終えた後も使い続けるという、これまでの架け替えの常識を覆す画期的な橋です。イメージスケッチをみると、周辺の賑わいが橋上に続くように描かれていて、これからの広場としての使われ方が楽しみな橋です。


図9 広場として計画された春吉橋迂回路橋の検討時の利用イメージ(出典:博多と福岡を結ぶ国体道路の空間利活用検討会・提言書(令和3年8月))

3)商業空間

 今回の原稿の最後に紹介するのが、商業空間としての橋です。店舗が並ぶ橋として思い出されるのは、フィレンツェのベッキオ橋(Ponte Vecchio)やベネチアのリアルト橋(Ponte di Rialto)ではないでしょうか。14世紀に建設されたベッキオ橋も16世紀初頭に建設されたリアルト橋も、店舗の設置を前提として設計された橋です。今の常識からすると、橋の上に店舗なんてという印象かもしれませんが、ヨーロッパでは18世紀頃までは橋の上に建物が建つことはそれほど不思議なことではなかったようです。

 公園でも民間が設置して運営するPark-PFI制度が定着しつつある現在、日本の橋でもそう遠くない時期に、民間が設置して管理するものが出てくるのではと思っています。


図10 リアルト橋、通路に向かい合うように店舗が並ぶ(筆者撮影)

 そうした橋の上に店舗をという大胆な取り組みにチャレンジしようとしているのが、広場化のところでも挙げた岡崎市の桜城橋です。これは、乙川リバーフロント地区公民連携まちづくり基本計画における拠点のひとつとして造られた公園橋(歩行者専用橋)で、乙川の北側にある籠田公園と中央緑道と、南側の名鉄東岡崎駅を結ぶ動線上に位置しています。総幅員19m,有効幅員16mという幅広の公園橋です。橋自体が公園に指定されていることから、Park-PFI制度を活用した民設民営による橋上の公園施設が目指されてきました。残念ながら、現在は事業が一旦中止されているようですが、ぜひ実現してほしい興味深い取り組みです。


図11 現在の桜城橋の様子(写真提供:岡崎市)

 最後が、鉄道の高架下空間です。それまでの高架下空間のイメージを覆したJR山手線の2k540 AKI-OKA ARTISAN(2010年オープン)を機に、鉄道各社が競うように高架下空間を活用するようになりました。その使われ方も、従来の飲食や物販に加え、保育園や病院、シェアオフィスやホテルなど、沿線地域の特性に合わせて多様化しています。鉄道高架橋の工夫によって鉄道敷に歩行空間を設けた中央線のののみちや、隣接する水辺や公園を取り込み面的な場所を生み出している東京ミズマチなどの成功事例も増えており、人とまちをつなぐ都市の貴重な空間として定着しているといえるでしょう。橋の下も、大きな可能性が広がる場所だと言えそうです。

図12 鉄道高架橋の張り出しによって生まれた歩行空間のある中央線ののみち(写真提供:田口凌介)

 中途半端ではありますが、今回はここで終わりにしたいと思います。次回は、残りの7つについて、同じように事例とともにお伝えします。もしよろしければ、ぜひご覧ください。(次回は2023年8月1日に掲載予定です)

二井 昭佳(にい・あきよし)
 1975年生まれ。国士舘大学理工学部まちづくり学系教授。東京工業大学大学院社会工学専攻修士課程修了。博士(工学)。アジア航測株式会社で橋梁設計に従事した後、東京大学大学院社会基盤学専攻博士課程修了。専門は土木デザイン、景観防災論。主なプロジェクトに、太田川大橋(土木学会田中賞・土木学会デザイン賞最優秀賞)や西仲橋(土木学会デザイン賞優秀賞)、桜小橋(土木学会デザイン賞優秀賞)、大槌町吉里吉里地区復興まちづくり(岩手県大槌町)など。共著書に『土木デザイン: ひと・まち・自然をつなぐ仕事』(学芸出版社、2022)、『鉄道高架橋デザイン(建設図書、2022)、『コミュニティのかたちと復興区画整理: 岩手県大槌町町方・吉里吉里の地域デザイン(鹿島出版会、2023』など。

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