道路構造物ジャーナルNET

⑧斜面防災カルテの導入と維持管理への反映

JR西日本リレー連載 鉄道土木構造物の維持管理

西日本旅客鉄道株式会社
鉄道本部
施設部 土木課(斜面防災)

佐々木 良

公開日:2023.05.16

個々の変状や不安定性の位置関係が一目でわかる
 経時変化を継続的に把握

(3)カルテを用いた維持管理の事例
 図 1 に示すブロックでは、線路は河川の右岸に位置し、道路を挟む急崖斜面下部を片切片盛で通過する区間であることがわかります。また、中生代白亜紀の花崗岩と切土上方斜面には礫混じりの扇状地堆積物が広く分布しているなど、地形や地質、立地条件・周辺環境等といった区間の概要を把握することができます(図2中の①)。斜面の状況は、図2 に示すような調査スケッチにより、個々の変状や不安定性の位置関係が一目でわかるようになっています。
 例えば、変状に対しては、切土のり面の一部に格子枠工(枠内石張)が施されていますが、背面の空洞化が進行し石張に沈下が見られることや、のり面下部にある石積み壁にせり出しが生じていることがわかります。また、不安定性として格子枠工周辺ののり面に少し不安定な状態が見られることや、切土の上方斜面に点在する人頭大の転石の存在が抽出されています(図2中の②)。
 さらに、当該ブロックにおいて定期的な検査時に確認すべき内容や想定される災害形態(崩壊)が示されています(図2中の③④)。抽出された危険箇所に対しては、変状や不安定性に対する評価と対策の効果を加味した列車運行への影響度を組み合わせて健全度判定を行います(表1)。

表1 健全度判定マトリクス

 この例では、沈下やせり出しは顕著であり、これらが崩壊した場合には列車運行に及ぼす影響が大きいことから、変状および不安定性調査による評価区分は「a」、列車運行への影響度は「1」と判定し、健全度判定は「A」となります。また、転石については落下した場合に列車運行への影響度は大きいが、既設の防護設備の効果を考慮して、それぞれ「a」、「1」と判定し、健全度判定は「B」となります。なお、こうした評価は、ブロック内に存在する個々の変状や不安定性に対して行い、その中で最も危険度が高い判定をブロックの総合評価としています(図2中の⑤)。すなわち、当該ブロックでは、石張や石積み壁の変状と格子枠工周辺の崩壊に対して注意が必要であることがわかります。カルテにはその他に、排水溝の一部破損といった局所的に注意を要する箇所や、過去に発生した災害履歴を記録しています。当該箇所では、格子枠工が切土のり面の一部に施工されており、災害の復旧対策として実施されたことが把握できます(図2中の⑥)。

(4)カルテの活用方法
 図 4 は、JR 西日本におけるカルテの位置付けと活用方法を示したものです。まず、定期的な検査では、カルテに示した検査の着眼点を確認することとしており、現地に携帯して活用しています。図2に示す箇所では、検査時の着眼点(図2中の③)として、石張の沈下や石積み壁のせり出しの進行性、新たな変状の有無、防護設備背面の土砂の堆積状況が挙げられており、これらの経時変化を継続的に把握しています。また、カルテには沈下量などの計測結果をその都度追記するとともに、定量的な評価が難しい環境変化などは、状況写真を比較することで定性的に把握するようにしています。なお、その工夫として調査スケッチに写真の撮影方向を矢印で示しています。


図4 カルテの位置づけと活用方法 / 図5 新たに実施した対策工の一例

 次に、対策へのカルテの活用では、当該箇所ではその後の検査を踏まえて、切土のり面には吹付格子枠工が(図5)、石積み壁にはロックボルトが施工されており(図3 右下)、従来であれば、変状した箇所のみに対策を実施することが考えられますが、カルテに示された格子枠工周辺のり面の不安定化、過去の災害履歴、想定される災害形態(崩壊)といった情報を参考に、切土のり面全体に吹付格子枠工を実施しています。すなわち、今後想定される災害への備えとして、カルテを有効に利用した一例といえます。そのほかカルテを活用することによって、線路近傍からは確認困難であった斜面上方の古い崩壊跡や浮石や転石の分布状況、渓流の状態などが効率的に把握できるようになっており、その結果、防護設備や検知装置などの防災対策のみならず、豪雨や地震時における警備箇所の見直しに活用するなど、維持管理体制の強化に繋がっています。なお、実務での留意点として、検査や対策の都度、カルテは最新の情報に更新しますが、記録を蓄積することで経時変化がわかるようにしています。また、対策が完了した場合には、対策工の位置や施工の範囲を調査スケッチに示すとともに(図2)、設計計算書や設計図面等が一散しないように合わせて管理するように努めています。

4 カルテのデジタル化に向けた検討の紹介

(1)カルテの課題
 カルテは2005年に導入して、整備や更新を行いながら、土工等設備の維持管理に活用してきました。しかしながら、これまでのカルテは、スケッチなどがアナログデータのため、検査・工事の記録、災害類似箇所の抽出などの作業や分析が必要となる場合に労力や時間を必要としています。また、カルテの整備や更新には、現地の入念な目視を主とした点検・診断・記録が必要なため、労働力人口が減少する中、これまでの方法から、効率化を図ることが課題として挙げられます。
 そこで、カルテの情報を、デジタル化4)して日常業務で使用できる形式で整備し、業務の効率化や生産性の向上を図ることを検討しています。

(2)数値立体地図を利用した斜面管理マップ
 カルテのデジタル化の検討として、図6に示す斜面管理マップ情報に位置情報を与え、数値立体地図に転記しました(図7)。これまでのカルテは作成者の違いにより、同じ情報(不安定な浮石・転石、崩壊跡地、落石止柵等)でも表現が異なっていたため、各種情報の用語を統一して、検索機能を備えています。また、情報別にレイヤー分けして、確認したい情報だけを表示することもできます。デジタル化したカルテ(以下、「デジタルカルテ」という)は、急崖地や崩壊跡地等の微地形だけでなく、盛土、切土、のり面工からなる土工設備や落石、斜面崩壊等の災害リスク因子、対策済みの防護設備の配置などが、現行のカルテと同じように一体的に把握できます。また、自分の位置を容易に特定できるため、効率的に現地の踏査を進められるという利点があります。


図6 斜面管理マップの調査スケッチ / 図7 デジタルカルテ(図6と同じ箇所)

(3)斜面管理マップの情報と連携したデータベース
 デジタルカルテの各種情報は、位置情報を与えるだけでなく、データベース構造にすることを検討しています。データベース化によって、多種多様なカルテ情報の一元管理が可能となっており、数十~数百キロに及ぶ線区について健全度の区間特性を可視化し、災害リスク因子となるデータ項目の抽出や分析が可能となります。

(4)デジタルカルテに期待する機能
地理空間情報をもったカルテの記録は、三次元の数値地形データと関連づけられるため、例えば不安定性要素の位置とその内容(岩塊の大きさ等)、線路に対する高さや斜距離、傾斜方向(落石の推定落下経路等)に待ち受ける既設防護設備との関係を踏まえた数値シミュレーションが可能になるものと期待しています。また、カルテ範囲上方の斜面を発生源とする落石や土砂流入に対して、数値地形データを活用することで、リスクの抽出が可能になることを期待しています。特にカルテ上方斜面の調査を、これまでと同様な方法によって、実施することは現実的ではないため、例えば森らの小規模土砂流入による渓流災害の危険度を数値地形データに基づく採点方式で判定する手法4) や長谷川らの航空レーザ計測データによる災害要注意箇所の抽出手法5)を適用・応用していくことで効率化が図れると考えています。

5 おわりに

 連載第8回の記事では、カルテの導入経緯、概要、活用事例、カルテのデジタル化に向けた検討などの内容を紹介しました。
 JR 西日本ではカルテの整備以降、カルテを活用した検査により、不安定性の高い箇所においては事前に対策等を実施してきたことで、斜面災害に起因する重大な事故は減少しており、このことはカルテ活用における成果といえます。
 現在検討を進めているデジタルカルテにより、さらに活用の幅を広げ、激甚化する自然災害に対する列車運行の安全性確保に努めていきます。

 参考文献
 1)細岡生也,村田一郎,杉山友康,沖村 孝:鉄道における土構造物管理のためのカルテの考案,土木学会第61回年次学術講演会,2006.9
 2)小林 徹:土構造物管理のための斜面防災カルテ策定について,日本鉄道施設協会誌,2008.2
 3)髙馬太一,泉並良二,深田隆弘,森 泰樹,荒巻 智:土構造物維持管理のための斜面防災カルテの利活用,第47回地盤工学研究発表会,2012.7
 4)細岡生也,北村啓太朗:DX時代に対応する斜面防災カルテ,日本鉄道協会誌,2023.3
 5)森泰樹,藤井昌隆,杉山友康,里深好文:線路への小規模土砂流入の危険度評価手法に関する研究,土木学会論文集B1(水工学),Vol.75,No.1,31-48,2019
 6)長谷川淳,太田岳洋:航空レーザ測量データによる斜面災害要注意箇所の抽出,土木学会第8回土砂災害に関するシンポジウム論文集,2016.9

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