道路構造物ジャーナルNET

㉜鋼構造物の防食(その2)について

現場力=技術力(技術者とは何だ!)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2022.05.01

(3)塗料メーカーへの疑問

 大鳴門橋の塗替え工事を担当(橋梁課長)している20年前の話である。鋼構造物の防食の重要性については(2)でも述べたように色々な講義や講演会等で熱く語っていた。これは現在も同じである。例えば、「塗替えサイクルを伸ばすためにローカル(局部的)な損傷を素早く見つけて、素早く診断・処置する」、というのもその一つである。吊橋本体(主塔や補剛桁)以外にも暴露面積の多い部材は多数ある。例えば、管理路手すりなど。自然環境の厳しい鳴門海峡で少しでも防食性能や効果が期待出来そうな材料があれば、橋梁のどこかで試験施工を繰り返した。

 しかし、ほとんどの材料がうまくいかない。そのたびにメーカー側から「鳴門海峡の自然環境・施工条件下では厳しい」と言われ続けた。大鳴門橋などの海峡部橋梁の維持管理は協定に基づき子会社が行うことになっている。例えば、大鳴門橋の塗替え工事は、凡そ8年で主塔・側塔及び補剛桁を完了する計画であった。次回の塗替え工事のスタートは、20年後くらいであろうか。第一回目の塗替え塗装は、供用開始後15年後。1998年度にスタートし、2006年度に完了予定であった。塗料メーカーは、摩訶不思議というか、常識なのか、建設時のメーカーがそのまま塗替え時も担当することになっていた。塗料の既存塗膜との相性、色調合わせと言えば聞こえは良いのだが。

 海峡部橋梁で採用している長期防錆型塗装系(新設時・塗替え時仕様とも)は現場管理が非常に重要である。メーカーサイドは、現場管理が重要だからと塗装工事業者を現場管理員名目で1名張り付ける。塗替え塗装工事のスタート時点では、地元の塗装工事業者を技術指導するという観点から百歩譲って認めたとしても、である。地元の塗装工は、私が着任した2003年4月時点で5年間、毎年何万m2も素地調整をし、塗料を塗っている。十分技術を習得している。時期が悪いことに1998年から労務単価がどんどん下がっていった。塗装工事費も当然の事ながら下がる。この中間業者に消えていく費用を削ることにした。しかし、メーカー側は中間業者を切るなら塗料は納めないと。睨みあったが時間も無いので子会社との随意契約を不調(所謂、不落随契)にすることにした。これで何とか中間業者を排除し、子会社と随契が出来た。この一件以来、有機系塗料メーカーとは一切(とは言わないが)口を利いていない。

(4)阪神高速道路での塗装要領改訂

 平成17年に道路協会の「道路橋塗装防食便覧」が改訂されたことに伴い、阪神高速道路の塗装要領の改訂を主査として行った。塗装要領改訂のベースは、道路橋塗装防食便覧と本四橋の塗装基準であるが、プラスアルファとしてこれまでの経験と知見を加えた。(2)鋼構造物の防食の重要性に述べたとおり、防食下地や塩分除去の重要性に配慮した記述とした。
 塗装要領の改訂と併行して5号湾岸線甲子園浜(写真-2参照)において塗替え塗装の試験施工を実施した。1種ケレンによるケレンダストの遮蔽効果の確認、スプレー塗装の施工性、産廃発生量の確認と協議、等である。


写真-2 塗替え塗装の試験施工(5号湾岸線甲子園浜1丁目)(著者撮影)

(5)無機形塗料との出会い

 有機系塗料に疑問と限界を感じていた頃、無機質コーティング協会の平良会長に出会った。当時ビックリしたのは本四岡山側陸上部の六間川橋および淡路島の大日川橋で無機形塗料による塗替え塗装工事(平成6年度)が行われていたことであった(写真-3参照)。既に10年以上が経過していたのにもかかわらず、有機系塗料特有のチョーキングが全然見られず、塗膜は健全であるということが確認されていた。

 ここで、無機形塗料の特徴についておさらいしておく。大きく8点である。

 ①揮発性有機溶剤を不使用(VOCレス)
 ②地球環境保全(温暖化対策)
 ③夏季における大都市圏での光化学スモッグ対策(環境保全)
 ④臭気対策(揮発性物質を含まない)
 ⑤耐候性に優れている(光沢度低下、チョーキングがほとんどない)
 ⑥不燃性であること(揮発性物質を含まない)
 ⑦塗膜が硬い(施工性や振動・たわみで塗膜割れの恐れ)
 ⑧省工程、工期短縮(1日2コートが可能)

 上記の特徴の内、⑦を除けば全てメリットである。


写真-3 無機形塗料による塗替事例(著者撮影)

 

 これまでに経験した塗膜損傷事例を写真-4に示す。無機系塗料が期待に資する塗料であるとするならば、どのような戦略で、どのような場所に使用するのが良いか、ということを考え始めた。


写真-4 塗膜損傷事例の一部

(6)VOCの低減・削減に向けた国の動き

 地球温暖化対策が叫ばれる中、国では「VOCの低減・削減に向けた取組み」として、低溶剤
型塗料や水性塗料の研究・開発が行われていた。
 2008年頃、富士吉田市の土木研究所の暴露実験場に建設省土木研究所の守屋主任研究員を訪問した。当時、開発されていた「ブリストルブラスター」(ブラスト面形成動力工具)のデモンストレーションと水性塗料の供試体の確認である。ブリストルブラスターは、ブラスト研掃材が届かない狭隘な場所への適用性を確認した。即、購入検討を指示したのは言うまでもない。水性塗料については、VOC削減効果のメリットがあるものの、塗料のダレの発生や確実な塗膜硬化の確認など、解決すべき課題はあったように思う。

(7)VOC削減に向けた個人的な思い

 VOC削減という国家レベルの環境保全目標に対して何で貢献できるのか。塗料という観点からは、国で研究をスタートさせた「低溶剤型塗料や水性塗料」の使用や、完全な水性塗料の使用が挙げられる。しかし、水性塗料には施工性の改善が必須と考える。施工時の温度により水が抜けない、乾燥しない、乾燥したかどうかの判定が難しい、という大きな課題があると私は考えている。現時点で課題が全て解決されているのであれば話は別である。
 「VOC大幅削減」という壮大な目標を達成する可能性のある材料、それは「無機形塗料」であると私は考える。無機形塗料の利点はチョーキングが発生しない(ほとんど)から耐久性がある。しかし、塗料が硬い、施工しづらい、という欠点がある。平成10年代、栃木県小山市の歩道橋(国管理)で塗替え後、数カ月もしない間に上塗り塗膜がパラパラと剝離した事故が発生した。原因究明に当たられたのが当時の土木研究所の守屋主任研究員である。無機形塗料の未成熟な部分が表面化した事例である。

(8)最後に

 今回、長期防錆型塗装系について簡単に述べた。塗料の重要性と設計・施工にあたってのポイントである。30年ほど前から地球温暖化が叫ばれ、VOCの削減が社会からの要請となってきた。この社会要請に応えるのは、水性塗料なのか、無機形塗料なのか、次回以降に続く。(次回は2022年6月1日に掲載予定です)

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