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㉙技術者の育成~暗黙知・形式知・実践知~

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2022.02.01

(1)はじめに

 直下型地震としては未曾有の被害を出した阪神大震災から27年が経過した。毎年この時期が来ると震災当時を思い出す。通常であれば四半世紀が過ぎれば記憶が薄れていくものであるが。本誌2020.2.1号「阪神・淡路大震災を振り返って」にも書いたが、震災の翌週の月曜日に神戸市内の商工貿易センタービルにたどり着いた。兵庫県西宮市内の橋梁調査とアドバイスが主たる任務であった。新尾道駅から新幹線で途中駅まで移動。その後は動いている路線を経由して何とか三宮に到着(どういうルートで行ったかは記憶が定かではない)。

 新長田界隈は焼け野原。JR三ノ宮駅周辺は、道路に巨大なビルディングが横倒し(斜め)。神戸市役所2号館は、8階建てであるが中層部分の6階部分が圧壊し、8階建てビルが7階に。生田神社も崩壊した。また、新交通のポートアイランド線の鋼製橋脚は至る所で座屈。3号神戸線(東灘区深江地区)では、ピルツ構造の17基の橋脚が柱中間部で破壊、一体構造の桁(635m)は北側に倒壊した。毎日、JR神戸線塩屋駅から歩いて10分程の高台にある宿舎(公団の寮)から垂水の岸壁まで移動し、公団船で西宮あるいは尼崎の岸壁まで移動していた。移動する船から見た垂水~神戸~芦屋~西宮の岸壁は至る所で荷役用のクレーンが倒壊、エプロンは波打っていた。西宮には震災の2年ほど前まで住んでいた。そのあたりもグチャグチャだ。

 あれから27年、阪神大震災の後遺症もなく、すっかり復興した。行政、民間が復興のために一丸となって戦った。「がんばろうKOBE」の掛け声のもとに(神戸市民を代表してオリックスが頑張った)。震災から11年後、2006年4月に阪神高速道路に出向した。大ダメージを負った阪神高速道路3号神戸線、5号湾岸線を僅か623日間で復旧させた凄い組織である。良い組織だから良い業者が集まる。良い学生も集まる。相乗効果が発揮されやすい環境だと感心した。また、震災経験を風化させることなく後世に継承するため、さらには今後の防災対策の研究のために「震災資料保管庫」を東神戸大橋の下に設置している(写真-1参照)。数十回、国内・国外の研修生や研究者等を案内したが研修室、震災被災物展示室等レイアウトや内容、実にうまく作られている。是非一度は「震災資料保管庫」を訪れ、当時の震災の凄さを目や耳で感じ取って欲しいものである。
 今回は、「技術者の育成」~暗黙知・形式知・実践知~と題してこれまでの経験を踏まえて述べることとする。

(2)ふとした出会い~半生を養鶏に捧げた人~

 昨年の12月23・24日、南紀の吊橋営業と調査に出かけた。当社の中堅・若手技術者に吊橋診断や補修技術(営業も)を継承するためである。国道311号を北上すると30分ほどで「北郡橋(ほくそぎばし)」に到着した。支間長115m、有効幅員3m、2t車の荷重制限がかかった補剛ポニートラス桁吊橋である。この橋は、熊野古道の一部となっている(写真-2参照)。

 赤いポニートラスとしっかりしたRC主塔、健全なケーブル、整備された床板、丁寧な維持管理が為されていることに非常に感心した次第である。吊橋の中央付近でレクチャーしている時のことである。元気なご老人(写真-2.1参照)に声を掛けられた。何と40年かけて「大江メソッドのボカシ菌」(詳細は調べて下さい)を研究・開発された方とのこと。端的に言うと、鶏の餌、鶏糞を改良することで安全で臭いの少ない鶏肉や卵を産み出すことに成功したのである。数年前に志を引き継ぐ後継者(農園や店舗を経営)に技術を継承し、自身はアドバイザーとしてサポートされている。「志」とは、安全・安心な鶏肉・卵を作る、地域の活性化(中辺路の人口減少に歯止め)、和歌山に無くなった大きな養鶏場を残す、とのこと。吊橋の上でのふとした出会いから志を一つにした師匠と弟子の話を聞き感激した次第である。これこそ、暗黙知を形式知に、さらに実践知を示して技術を継承。

<思いもよらぬお土産>
  お別れしようとした時、「卵あげる」から家においでと。養鶏場(写真-3.1参照)を見せて頂いた後、卵を10個ずつ頂いた(写真-3.2参照)。実は大変貴重で高価な卵らしいと後から聞いた。

(3)技術者育成手法~OJTとOFF-JT~

①OJTとOFF-JT
 技術者の育成手法と言えば「OJT」(On-The-Job Training)だ、という人がいる。新人教育の為の手法の一つである。職場の先輩や上司が実業務を行いながら、知識やスキルを伝えていく手法である。上手くいけば、実務の実践を通じて「仕事」を覚えていくので、効率的・効果的に業務スキルを習得出来ることもある。この「OJT」と対極にあるのが「OFF-JT」(Off-The-Job Training)である。「OFF-JT」とは、集合研修と呼ばれるもので、研修ルームなどに教育対象社員を集め、カリキュラムに沿って教育訓練を行う手法である。一言で言えば「形式知化」されたプログラムの教育に向いている。以下に「OJT」に向いているもの(「OFF-JT」に不向きなの)を示す。
  「OJT」に向いているもの(「OFF-JT」に向いていないもの)
   ・形式知化が難しいもの
   ・状況に応じた多様な対応を必要とするもの
   ・勘とか経験値といったものが優先されるもの
  
  「OJT」に向いていないもの(「OFF-JT」に向いているもの)
   ・形式知化し易いもの
   ・状況や内容が固定的である、機械的に判断が可能なもの
   ・経験を必要としない、知識習得など
 仕事の内容(職種)や幅によって、OJTが適すのか、OFF-JTが適すのか、十分に考える必要がある。土木の世界ではOJTとOFF-JTのカップリング研修が必要だと私は考えている。

②暗黙知・形式知・実践知
 これまで国内・外の研修講師(JICA等)や講演会の場で、比較的多く使った言葉に「暗黙知を形式知に変換する」というのがある。「暗黙知」とは、個人の経験や勘に基づく「コツ」や「ノウハウ」などに代表される、言語化出来ない「知」である。対して「形式知」は、言語化されている「知」のことで、マニュアルとか作業手順書、がこれにあたる。「実践知」とは、現場で適切なジャッジをするために必要とする経験に基づく「暗黙知」のことである。この3つの「知」が継承されていけば組織は安泰となるのである。例えば、一時期流行った土木用語の一つに「橋守(はしもり)」がある。固有の橋について、設計~建設~管理までを熟知した人で、暗黙知の達人である。しかし、時代の要請に応じて、暗黙知を形式知に置き換える作業をすべきであるが、「橋守」の高年齢化に伴い、それも進んでいないのが現実である。

③橋梁計画における暗黙知と形式知
 20世紀以降、世界各地で様々な形式の長大橋が建設された。吊橋であり、斜張橋であり、トラス橋等、である。よく見かける適用支間長などは形式知であろう。色々な試設計を繰り返し、たどり着いたのが適用支間長ではないだろうか。この適用支間長には幅がある。吊橋や斜張橋では限界支間長という言い方がある。どうやって求めるのか。吊橋では、ケーブルの材料強度、ケーブル張力、製作長などから求められる(耐風安定性は別問題として)。斜張橋では、中央支間長と桁軸力の関係が線形から非線形になる限界という言い方もしている。吊橋では現状のケーブル材料を用いれば4,000m(土木学会;吊橋の歴史と展望から引用)(炭素繊維やアラミド繊維が開発されればそれ以上)、斜張橋では1,500mとか言われている。例えば、斜張橋や吊橋の世界で仕事を一緒にした(元)綜合技術コンサルタント㈱の野口氏や㈱長大の深谷氏などは暗黙知を形式知に自身で変換しているのではないだろうか。これまで行った数知れない試設計が糧になっているのは間違いない。

④橋梁製作・架設における暗黙知・形式知・実践知
 1)桁製作におけるキャンバーや溶接ひずみ
   昔、ゼネコンの現場所長から教わったことがある。橋桁を水平に作ると撓んで見える。キャンバーを付けることで水平に見えると。このキャンバー量は、正に暗黙知である。・関空連絡橋の失敗事例である。鋼床版連続箱桁橋は、製作工場の岸壁で大ブロック地組立を行う。鋼床版(デッキプレート)の溶接は、溶接収縮量(1溶接線当たり2㎜程度)を考慮してキャンバーを付けることになる。主桁は多点支持の無応力状態。鋼床版溶接時は、ウエブの高力ボルトは2/3程度を締める。この時点でウエブがせった状態であることに気付かず、残留応力が入った状態となっている場合がある。次に、浜出し、現地に曳航、FC大ブロック架設と続く。支持状態が多点支持(地組立ヤード)から支点支持(台船上)、さらにはFC吊り上げ(上面支持)、モーメント連結から支点(支承)支持へと変わっていく。支持場面が変わるごとに断面照査を行うことになるが、関空では失敗した。ウエブがせった状態で架設されたのだ。その結果、十分に補剛されていないウエブが部分的に座屈した。

 2)架設の神様
   横河ブリッジ㈱に凄い人がいる。人呼んで「架設の神様、末吉氏である」。年齢は私のかなり先輩である。入社以来、専業トップの架設技術を継承された方である。私がプロマネした長大橋(写真-4.1参照)の架設計画(写真-4.2,3参照)時には非常にお世話になった。昔流の「べらんめえ口調」(巻き舌で荒っぽく威勢のいい口調)の語り口が印象的である。部下にもきちっと技術を継承している? と思う。

  3)吊橋主塔や斜張橋主塔の鉛直精度管理と端面切削
   吊橋主塔や斜張橋の塔の鉛直精度管理は非常に重要である。特に、塔柱ブロック切削端面(写真-5.1参照)の出来は重要である。鉛直精度管理の為に部材端面を「端面切削機」」(写真-5.2参照)で切削する。部材中心の精度(倒れ)は1/10,000以上、としている。この精度を確保するために、塔柱ブロック端面を機械切削(端面切削機)している。この切削技術も暗黙知・形式知・実践知であろう。

<事例紹介>
 ・明石、来島、多々羅が終わり、次世代プロジェクト(海峡横断道路)に参入する(吊橋主塔工事)ために中小専業さんの一部で端面切削機を導入する計画が浮上した。「やめた方がいいですよ」、と言ったが聞いてくれない。「端面切削機を導入したのでデモを見て下さい」というので見に行った。端面切削機を導入したから端面の仕上げ精度が確保されるわけではない。これまでの経験で岸壁に近い工場では、定盤(切削部材をセットする版)が干満の差により上下することが分かっている。これを制御するのが非常に難しい。これをファブ(造船会社)は長年の経験でクリアしてきたのである。その後、海プロが頓挫したこともあり、主塔の厚板を削ることなく(薄板は切削された)廃棄されたようである。数十億の投資がもったいないと思うのは私だけだろうか。

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